どうしよう。やってしまった。ついつい頭に血が上って言ってしまった。でもあれは仁一(じんいち)が悪いよ。ハシヴィーハシヴィーうるさいし、現実を見ようとしなかったから。ってそんなの表子(ひょうこ)には関係ないよね。私のことを唯一気の置けない友達として、秘密を告白してきたんだから。誰にも言わない約束なのに、破ってしまった。ヘドロのように不細工な嫉妬心で。

 きっと友達の多い仁一のことだ。もうすでに何人かには噂が広まっているだろう。
 すぐ内緒にしておいてねって言えば良かったのに、そんな気を回すことも出来なかった。

 結局私はいつも通り表子と適当なおしゃべりをして過ごした。でもさすがに帰宅まで一緒にする気にはなれなくて、「忘れ物したから先に帰っててー」なんて適当な言い訳をして、時差下校することにした。

 15分くらいあとに教室を出た。階段を下りて行く途中、階段裏のデッドスペースから物音がした。

「あの、組基(くみもと)さん」

 仁一?

「好きです。付き合ってください……!」

 昼間に聞いたバックボードの振動音が、頭の中でボーンと響く。
 ガシャンと音がしたのは、多分驚いた表子が掃除道具入れを蹴ってしまったのだろう。

「あ、あああ、あの、え、どどどうして?」
「実は、朝撫(あさなで)に聞いたんだ。組基さんがハシヴィーだって」
「うぇええ!?」
「安心して。誰にも言ってないから」

 ふー、ふー、と荒い息が聞こえてくる。元々気の弱い表子だ。こんな驚きの連続に、過呼吸になってもおかしくはない。なんて冷静に聞いていた。なんかまるで私がここに居ないみたいな感覚だった。

「ずっとハシヴィーの配信見てたんだ。カワイイ声や笑えるリアクションを見る度にどんどん引き込まれて行った。ただ単に楽しいだけじゃあなくて、心が落ち着いていくこともわかってさ。バスケの試合の前日は絶対に配信見ることにしてる。次の日いいプレイができるんだ」
「でも、三笠火(みかさか)君が好きなのってハシヴィーであって私じゃあないんじゃあない? 私、こんなだし」

 少しだけ沈黙が流れた。

「正直言うと俺は組基さんを見た目で判断して、内側まで見ようと思ってなかった。それはマジでごめん。でも、ハシヴィーの正体が組基さんだって知っても好きな気持ちは変わらなかったし、寧ろ組基さんのことをもっと知りたいって思った」

 こんなの、落ちちゃうじゃん。表子もきっとまんざらでもない。

「あの、三笠火君の気持ちは嬉しいんだけど、その」

 ——え。
「ダメかな?」
「未来香《みらか》ちゃんはこのこと知ってるのかなって思って」

 なんで私が?
「朝撫?」
「いつも一緒に居るでしょ? 付き合ってるんじゃないの?」

 そういうことか。

「ないない! ただの友達! 俺は二股かけるような不埒(ふらち)な男じゃあないから」
 純粋、だもんね。

「未来香ちゃんの気持ちは聞いたことが有るの?」
「なんで聞かなきゃいけないの?」
「三笠火君の話をするとき、とても楽しそうで嬉しそうで……きっと未来香ちゃんは三笠火君のことが好きなんだと思う。だから、抜け駆けするような真似はしたくない。未来香ちゃんは私なんかにも優しくしてくれる最高に素敵な人なの……!」

 目頭が熱くなった。感動したわけじゃあない。情けなくなった。自分が。正直見下していた。そんな相手に同情されて。でもそこにはまったくバカにする気持ちなんてなくて。ただただ純粋に友達思いなだけなんだ。そんな子を、見下していた自分が情けない。

「そのことなら大丈夫。だって俺がハシヴィーと結婚したいって言ったら正体は組基さんだって教えてくれたんだから。俺のこと好きなら教えないでしょ?」

 それは仁一の気持ちを見くびっていただけだよ。

 でも……いや、だからもう、いいよ。私なんてそもそも仁一と釣り合い取れてなかったんだよ。誰よりも友達思いの表子が、付き合う権利を持っていると思うよ。

 沈黙が流れている。遠くで野球部の声がする。



 あ、でも、もしも表子に仁一を好きな気持ちが1ミリもないんなら、私にチャンスをください。仁一のことを見くびっていた自分と表子のことを見下していた自分をちゃんと裁いて、二人に向かい合えるように頑張るから。だから待っ——

「よろしくお願いします」