その日は暑い雲が張っていたというのに、彼女は登校して来なかった。昨日のことを怒っているのだろうか。なんにせよ心配だ。

 僕はその日の帰り道に、帰るのとは逆方向の電車に乗って百貨店へ向かった。彼女のためにお小遣いをはたいて日傘を買ったのだ。紺の地に白いレースで蔓薔薇《つるばら》が描かれ、フリルで縁取られた可愛らしいものだ。雅《みやび》やかで怜悧《れいり》な空科さんに絶対に似合うと思った。
 仲直りをしたいから、と言う願望ももちろんあるけれど、それ以上に彼女の願いを叶えてあげたかった。そしてなにより僕自身が、太陽の下で笑う彼女を見てみたかった。

 トークアプリを送って夜の公園で待ち合わせた。

 ベンチに座っていると、彼女が現れた。僕はプレゼントを引っ提げて駆け寄っていく。

「空科《そらしな》さん。この前はごめん」

 包まれたプレゼントを彼女の前にずいっと差し出すと、彼女は困ったような顔を一度してから、両の手でしっかりと受け止めてくれた。

「うん。わたしも感情的になってしまったこと、反省しているの。ごめんなさい」

 その言葉だけで胸がいっぱいになった。熱いサイダーが咽喉《のど》と鼻と目の後ろ側に詰まるような感覚。空科さんも同じように思っていてくれたなんて。

「開けても?」

 コクリと頷く。

 外灯の下、ラッピングを丁寧にほどいた彼女は、中身を目にした瞬間に細い瞳をパッと開いた。オニキスがきらりと光って、それから元の大きさに戻る。

「可愛い……あれ、でもこれ」
「日傘」

 不安げな瞳が僕の視線を捕まえる。彼女の動揺が瞳に伝わって振動している。僕は揺らぐ水面を止めるため、彼女の手を握った。日傘ごと、握った。

「今度、晴れた日にその傘を差して出掛けてみよう。もしも空から音がしたら、すぐに隠れよう。いきなり晴れは無理でも、例えば薄曇りの日とかを選んでさ。天気予報を見たら、今週の日曜日が丁度そんな感じの天気になるみたいなんだ」
「でも、怖いよ」
「大丈夫。今日は一日分厚い雲に覆われていた。僕がその傘を買ったことも、君が受け取ったこともあいつらは知らないんだ。傘をしっかり差して身を隠していれば、バレようがないよ」

 彼女はゆっくり頷いてから、確かめるように何度も何度も小さく頷いた。
 それから俯いて、震えだした。やはり怖いのか。そりゃあそうだ。初めての挑戦だし、失敗したら死ぬ。手をぎゅっと握っても、それでも震えは止まらない。だから彼女の肩を抱いた。
 やっぱりやめようか?
 僕がそんな言葉を放つ寸前に、彼女の唇がほどかれた。

「空多《くうた》君」

 僕を呼んだ声は切なさに湿らされていた。だと言うのに彼女の顔は輝いていた。

「ありがとう」

 予想外の一言に、眼の裏側に空気がくるんと回って入り込む。

「わたしのためにこんなにも考えてくれた人、初めてだから」

 一人で涙を拭わなくてもいいように、僕は彼女の頭に手を回して胸に押し付けた。ワイシャツに染みた熱さはすぐさま冷える。それをエイトビートで繰り返す。この人は寒さと熱さを短い時間で与える才能があるんだなと思った。