「続きやらねえのか?」
 
 メンバーの顔を見るが、俺じゃないって顔で首を横に振っている。
 確かに、女性の声だった。
 観客席に目をやると、一人の女性が俺の顔を見ている。
 俺の代わりにノッチンが答えた。

「御覧の通り、ギターが」

 俺のJazzmaster(ジャズマスター)を指している。

 女性は軽く舌打ちをして頭を掻いた。さらさらとしたロングヘアが揺れる。

「なんだよ。折角面白くなってきたと思ったのに、そりゃあないぜ」

 言うと彼女はそのままこちらに近づいてきて、ステージに上がった。

 ステージに上がった彼女は俺よりも背が高かった。ヒールの高いブーツを履いていると言うのもある。そのブーツの上には、すらっと長い脚があり、スキニーフィットのジーンズが張り付いていた。細い体に、黒い革のダブルライダースを羽織った彼女を、こんな状況でありながら俺は素直にカッコイイな、と思った。

 彼女はブーツを脱いでドラムセットの横に立った。

()らねえなら代わってくれ」

 メンバーは言われるままに退き、彼女に椅子を譲る。

「あの。失礼ですけど、貴女は?」

 ノッチンが皆の代わりに問い掛けた。

「ああ? ドラムセットの前に座ってスティック構えてりゃドラマー以外の何者でもないだろ」

「いやいやそうじゃなくて」

「ああ? なんだ、自己紹介しろってか」

 皆がこくこくと頷くと、彼女は軽く溜め息を吐いて、スティックをくるくると回し始めた。
 その回転がスネアドラムに当たった瞬間。

 ――ズダダダダダダダダッ!

 爆竹が炸裂した。

 そう勘違いするほどの音圧とスピードに、近くに居たドラマーは吹き飛び尻餅を()いた。
 スティックを振るモーションと鼓膜に響く音の数が合ってない。
 一度しか叩いていないのに音は二度聴こえてくる。

 そんな幻覚を見せつけられて、ただただ俺は、いや、そこに居る全ての人々は硬直以外の行動が取れずにいた。息を呑む暇さえない。
 このレベルのドラムのリズムに乗れるなんて、そんな高等技術を持っている人間はこの会場には一人もいなかった。

「解った?」

 解った。
 今まで自分たちがやってきた音楽が、ごっこ遊び、だったってのが。

 メンバーは乾いた笑いを小さく漏らして、ステージの裾の方へ逃げて行った。

「じゃあ続きやろうぜ」
「続き?」
「歌の」
「ギターも無いのに?」
「あほか。オマエには声があるだろ。のども楽器だって教わんなかったか?」
「でも何を唄うとか、俺達の曲とか、分からないだろ」
「オマエらの曲なんてどうだっていいんだよ。さっき暴れまわっていた時の感情をこのまま殺していいのかよ」

 言われてマイクを握りしめる。

 いいのか? 言葉にせず視線を向ける。

「構うかよ。好きなようにやれ。オマエの魂、アタシが全弾撃ち落としてやるよ」

 赤い唇を吊り上げ、にやりと笑う彼女は、ぞっとするほど綺麗で悪魔的だった。だがこの悪魔の方が、善意をひけらかして脅迫してくる天使たちより、よほど慈悲深く思えた。