それから何度もメンバーと練習し、家を出てから一年が経った今日、ようやく念願の初舞台を迎える事になった。

 オーナーはライブハウスのアポを取ってくれただけで、今この場にはいない。だから自分達だけの力でやってのけなくてはいけない。

 バックヤードからチラッと会場を見るとそれなりに入っている。

「え? なんでこんなに人いるの?」

 緊張から口走ったわけではない。単純な疑問だった。
 まだ売れるどころか、名前も知られていないバンドだ。他の有名バンドのバーターとして出演すると言うのなら、まあ前座として聴く人もいるだろうが、今日はシナプスしか予定が入っていない。言ってみれば空振りみたいな日だ。

 しかしメンバーの三人は専門学校の人間だ。学校の中で宣伝したのかも知れない。

「チケット配ってくれたのか? 俺にも言ってくれれば道端で配ったのに」

 そう言って振り返ると、三人とも目を逸らして唇を噛み締めている。
 なんだかよく分からないが、とても気まずい。
 そんなに俺は信用されてないのだろうか。

 もう一度オーディエンスの方を見ると、テレビカメラが見えた。二度見する。テレビカメラだ。このライブハウスの機材ってわけじゃあない。テレビ局が来ている。なぜ?

「どうしてこんなところにテレビが……!?」

 叫びだしたいほどの驚愕を胸に秘め、努めて小さな声で三人に聞く。
 するとリードギターのノッチンが重い口を開いた。

「実は、睦歩(むつぶ)の事、話したんだ」

「え? 俺の事?」

「お前、昔、小さい時、病気してたんだろ?」

 心臓が止まるかと思った。なんでそれを知っているんだ。

「お前はさ、テレビとか見ないから知らないかも知れないけれど、家出したお前の事、テレビでやってたんだ」

 つまり、俺の正体を誰も知らないと思っているのは、俺だけだったって事?

「で、なんでテレビ?」

「テレビ局に連絡した。そしたらライブの様子を撮りに来るって」

 あ?

「お前にも言うべきだったんだけど、言えなかった。言ったらお前が出たがらないだろうと思って」

「それを解っていて、どうして呼んだんだ……?」

「有名になりたいからだよ。なあ、解ってくれよ睦歩。オレ達は専門学校生だ。今年で二年目。卒業までに道を決めなきゃいけない。このまま鳴かず飛ばずの誰も相手にしてくれないようなバンド続けて行けるほど余裕があるわけじゃあない」

 まだ始まったばっかりなのに。

「親に金出してもらって通ってるんだ。有名になって恩返ししたい」

 これからなのに。

「このままじゃあサラリーマンやらなきゃいけないんだ。ここでこのライブを成功させたら、メディアに取り上げられて一気にスターダムを駆け上がれる」

 クソ……!

「睦歩、頼む! お前にはお前の事情ってのがあるかも知れないが、オレ達だって人間だ。それぞれに人生がある。音楽でやっていきたいんだよ」

「そう言うのって、実力で成るもんじゃねえの……」

 ボソッと、本心が零れた。
 ノッチンは俺の肩をそっと、しかし強く握った。

「ねぇんだよ……! オレ達には……! 才能が圧倒的に足りねえんだ……! でもな、お前のその境遇は才能なんだよ。オレらみたいに凡庸(ぼんよう)に生きてきた人間じゃ絶対与える事の出来ない感動を与えられるんだ。頼む。その才能に乗っからせてくれよ……! 情けねえって笑いたいなら好きなだけ笑ってくれて構わない。ただその代わり、オレから音楽を取り上げないでくれよ。頼むよ」

 今にも泣きそうな顔をしている。
 卑怯だ。
 卑怯者だ。
 でも、純粋だ。
 どんな手を使っても音楽をやりたいっていう貪欲さがある。
 なんにしろ、今ここで降りる事は出来ない。

 今後の事はともかくとして、今はただこのライブを終えよう。オーディエンスもいる。一度、俺の心はここに置いて行こう。

「行こうか」