逃げ延びた先で、俺は一人の男と出会った。

 傘も差さないで走っていた俺を訳アリと察した彼は、俺を捕まえた。
 警察に引き渡されて終わりか。
 そう思っていた。

 あの吐き気のする家に帰らなければいけない。

 だが男から発せられた言葉は意外だった。

「君、ギター弾けるのか?」

 俺の指を見てそう察したらしい。
 その男は近くに事務所を構えている音楽プロダクションのオーナー兼プロデューサーだった。聞いたことのない名前だったが、俺はその男についていく事にした。

 事務所で着替えとタオルを貰って、髪を拭いている時に聞いた。

「こんな怪しい学生、警察に突き出さないのか?」

「警察なんてとんでもない。ギター弾けるんだろ?」

「ああ」

「じゃあ弾けばいい。うちで、思う存分」

 オーナーのその言葉に鼓動が高鳴った。

「その代わり親には連絡しろよ?」

「なんだよ。結局帰れって事かよ」

「そんな事は言わない。親を説得しろって事。じゃないと僕がただの誘拐犯になってしまうだろ? 絶対説得してくれよ?」

 俺は前のめりになってその男の言う事を聞いていた。

「いいね。その目」

「きらっきらしてるとでも言いたいのかよ」

「いや、クソほど世界を嫌っているっていう底無しのドス黒さが堪らない」

「え?」

「いや違うか。君が嫌っているのは世界じゃないね。人間だ。その人間が作り出した社会クソ喰らえって感じ? そういう目を出来る子はそうそういない」

 目の前の男が俺の事を褒めているのか(けな)しているのかは分からなかったが、認めている事だけは確かだった。

 この俺、多利末(たりすえ)睦歩(むつぶ)を一人の人間として。