「うーん、これ以上はどうしようもないですね」
「サトー自身の美しさもあるから、どんなドレスを着ても目立つのじゃ」
「あーあ、女性からすると羨ましい悩みだよ」

 ルキアさん、ビアンカ殿下、エステル殿下が、俺の前でうーんと悩んでいる。
 俺の場合、地味なドレスや質素な装飾品をつけても目立ってしまうという。
 これが普段なら贅沢な悩みだけど、今は致命的な問題だ。
 メイクやウィッグとかを工夫しても、どうしても目立つという。
 かと言ってあまりにおかしいメイクは、ドレスコードに引っかかる。

「この際、ノーメイクでいいんじゃないですか?」
「一回試してみましょう」

 俺がノーメイクを提案したら、ルキアさんも賛同したので試してみることに。

「うーん、素肌もキレイだから最低限のメイクでも目立ってしまいますね」
「じゃが、これが限界じゃろう。くう、羨ましい悩みじゃ」

 ルキアさんもビアンカ殿下も、素肌にちょっとのメイクで限界だと言う。
 どうなるか分からないけど、今日はこれで行くらしい、
 そしてビアンカ殿下を筆頭にミケ以外の女性の皆様、俺の事を睨まないで下さい。
 俺にはどうしようもない問題です。

「サトーさーん」

 宿の前で領主邸に向かう馬車の用意をしていたら、お昼の閉店後に別れたはずのネルさん達がこっちに歩いてきた。

「みなさん、どうしたのですか?」
「もちろんサトーさんのドレスを見にきました」
「とっても美しいですわ」
「ええ、美人は目の保養になります」

 三人はキラキラした瞳で、俺のことを見てうっとりとしていた。
 たまたま道端で俺のことを見た人も、うんうんと頷いていた。

「あのー、これでも領主夫人よりも目立たないように、かなり地味にしたんですよ」
「服装とお化粧を見れば分かりますわ」
「でも、元が美しいから、どんな服を着ても問題ないですね」
「うんうん、美しさが隠せていないですわ」

 どうもネルさん達も、化粧をしていた時のルキアさんと同じ意見だった。
 そして周りには人の輪が出来ている。
 あのー、いつの間にか人だかりが出来ているんですけど。
 中にはキャーキャー言って、はしゃいでいる若い女性もいるぞ。
 こっち向いてとか、手を振ってとか、どこのアイドル会場ですか。
 おい、そこの禿げたおっさん。目の前に女神が現れたと、俺に向かって涙流しながら祈らないように。
 周囲の人も、納得って感じで頷かない。
 
「はっはっは、流石はサトーさん。とてもお美しいドレス姿で」
「トルマさんまでいつの間に」
「これだけの人が集まっているので、直ぐに気が付きました」
「ですよねー」

 こっそりとうちの馬車の後に、トルマさんは馬車をつけていた。
 俺の方を見て、うんうんと頷いているよ。

「さて、サトー様。そろそろ出発のお時間です」
「そうですね。リンさん、オリガさん、マリリさん、お願いしますね」
「こちらは任せて下さい。サトーさんも気をつけて」

 トルマさんから時間だと言われたので、リンさんに後を任せて出発することに。
 ちなみにトルマさんの馬車はトルマさんと秘書の人で、秘書さんが御者をするという。
 中々美人な秘書さんだ。
 こちらは偽装を兼ねて、ルキアさんが御者をするという。

「では、行ってきますね」

 俺は、せっかく駆けつけてくれたネルさん達に挨拶をしたつもりだった。
 だか、群衆がわっと盛り上がってしまった。

「いってらっしゃい、美人店員さん」
「無事に帰ってこいよ」
「領主夫人に負けるなよ」
「ミケちゃんも気をつけてね」

 まるで戦場に送り出される兵士の様な言葉だったが、ある意味間違ってないな。
 群衆に軽く手を振り、馬車の中に入った。
 そこには、笑いを必死に堪えているビアンカ殿下とエステル殿下の姿が。

「ぐふふ、サトーが女神とは。腹が痛いのじゃ」
「中身を是非教えてあげたい。だめ、笑い声が漏れそう」

 あなた達、何気に酷いですよ。

 トルマさんの馬車を先頭にして、ゆっくり進んでいく。
 程なくして領主邸に到着。
 門番に招待状を見せたら、あっさりと通過を許された。
 念の為にシルに毛布を被せて見えないようにしたけど、ノーチェックだった。
 本当に何もチェックしないでいいのかと思ったよ。

「領主夫人には誰も反抗できないと思っているのです。なので毎回ノーチェックですよ」

 馬車を降りたトルマさんがこっそりと教えてくれた。
 ちなみに秘書さんは馬車に残るらしい。
 ということで、俺とルキアさんとトルマさんで領主邸に入っていくんだけど、まあ物凄い豪華絢爛な領主邸だ。公爵のバルガス様のところよりも凄いよ。
 庭は細かく手入れされていて、いたる所に像が置かれている。
 玄関から中に入ると更にすごい。
 ホールには大きなシャンデリアが飾ってあり、絵画や大きなつぼや鎧が廊下の両端に飾ってある。
 この領主邸の住人だったルキアさんも、思わず呆れてしまうほどの美術品だった。
 しかも、今回の誕生パーティーはホールで行わず、庭に面した大きな部屋で行うという。
 その大きな部屋も豪華なシャンデリアがあり、煌びやかに光っていた。
 カーテンとかも豪華だし、調度品も豪華だし、とにかく何でも豪華だった。
 元々は別の用途で使っていた部屋を改修したらしく、ルキアさんも知らなかった。

「ルキアさん、凄いですね。凄いとしか言いようがありません」
「はい、私も何も言えません」
「サトー様とルキア様のお気持ちはよく分かります」

 ルキアさんとトルマさんとひそひそ話をしていたが、みんな同じ感想だった。
 ドレスに隠れているタラちゃんやヤキトリも同じ意見の様で、タラちゃんはともかくヤキトリまでため息をついていた。
 気持ちはよく分かる。

 立食形式なのか、特に決まった席は用意されていなかった。
 壁には休憩用の椅子が並んでいた。
 この椅子も、彫刻がすごいなあ。
 その脇では、メイドさんが忙しく動いて料理を運んでいた。
 料理の見た目は豪華だけど、きっとタラちゃんの方が美味しいんだろうなって思っていた。
 そして上座の壁を見ると、デッカイ女性と子どもの肖像画が飾ってある。
 この女性と子どもが、領主夫人とその子どもだろう。
 この絵を見る限り、普通の人の印象だ。もちろん豪華に着飾った姿だけど。
 俺達は上座なんて行けないので、下座の方に移動していく。
 すると、この中では数少ない知り合いから声をかけられた。

「サトー様、ルキア様、トルマ様」
「モルガンさんもきていたんですね」
「はい、ケリーもレオもおります」
「サトー様は何をきても似合いますね」
「どう見ても美人にしか見えないな」
「ははは、ありがとうございます」

 自治組織のモルガンさんとケリーさんとレオさんが、誕生パーティの会場にきていた。
 一応街の有力者の名目だが、本当は昔支えていた人に見せびらかす為という。
 そして、もう一人知り合いがいた。

「あら、美人店員さんじゃない。今日は一段と綺麗ね」

 そう、店の常連だった大阪のおばちゃん風の人だった。
 流石に今はドレスだったが、何でここにいるんだ?

「サトー様、彼女はレオの奥さんです。私たちとも付き合いは長いのですよ」

 すかさず、モルガンさんが補足してくれた。
 何でも元冒険者で腕のたつ人だったとの事。
 レオさんと結婚して家庭に専念しているそうだ。
 だからルキアさんも知らなかったんだ。

「ちなみに、美人店員さんとルキア様の事は旦那から聞いているわ。それとは別に私が美人店員さんのファンなのよ」
「はは、いつもご来店ありがとうございます」

 おばちゃんは俺にウインクをしてきたが、実は色々情報を知っているとは。
 それって、俺が女装しているのも知っているのでは?
 突然の事で頭が混乱していると、会場がザワザワとし始めた。

「サトー様、ギルド長と国教会司祭様と人神教会司祭様です」
「うん、三人ともキラキラしていますね。一目でわかります」

 トルマさんが教えてくれた人が、領主夫人と息子の次の重要人物なのだが、これは見間違える事はないな。
 三人とも頭が禿げていて、かなりの肥満体。
 豪華なネックレスや指輪などを沢山つけていて、いかにも金持ちという雰囲気だ。
 服も豪華な装いで、金の刺繍がキラキラしている。
 当然の様に上座に集まり、ゲラゲラと笑いながら話始めた。
 
「モルガンさん、警備が薄いですね」
「この街で領主夫人に反抗できる人はいないかと、当然でございます」

 モルガンさんにこっそり聞いたが、室内には数人しか警備がいなかった。
 外の気配を探っても門番くらいしかいないし、本当に逆らう人がいないと思っているんだな。

「皆様、お待たせいたしました。只今より領主様、ご夫人様、並びにご子息が入場されます。盛大に拍手でお迎えください」

 と、ここで司会が領主夫婦が入場するとあった。
 ルキアさんのお父さんのダミーもいるのか。
 会場の来場者と一緒に拍手をして今かと待っていた。

 扉が開かれると、中年の男性とどう見てもオークにしか見えない親子が入場してきた。