チュンチュン。
 ああ、もう朝か。
 窓からの朝日が眩しいなあ。

「お姉ちゃん、何かボーッとしているよ」
「色々な事があったんだよ。そう、色々な事が」
「うん?」

 ベットの上でボケーっとしていると、ミケが下から顔を覗き込んできた。
 昨夜俺をターゲットにしたファッションショーは、とても酷かった。
 ミケよ、お前も嬉々として参加してたではないか。何かあったのって顔をしない!
 女性陣に強引に服を脱がされパンツ一丁になって、また別の服を着されて。
 髪型も色々いじられて、何回も化粧をされて。
 何着も試着させられて、精神力が尽きたよ。
 おかげで、男性としての自信がなくなりそうです。

「うう、男性に戻りたい」
「まだ言っておるのか。今日を乗り切れば、女装も不要じゃろう」
「俺は、今すぐに男に戻りたいのですよ」

 今度は朝食時にテーブルの上に突っ伏してグダグダしていたら、ビアンカ殿下から昨夜の事をバッサリと切り捨てられた。
 確かに、今日を乗り切れば女装をしなくて済む。
 でも今日は今日で、イベントがいっぱいで長くなりそうだ。

「行ってきますね」

 それでも時間は進んでいくので、気持ちを入れ替えて頑張ろう。
 自治組織に行くリンさんとルキアさんを見送って、従魔も送り出した。
 ちなみに馬にバスク領との街道の魔物退治をお願いしたら、是非やるとヤル気になっていた。
 ちなみに、門番に草を食べに行くと書いた紙を見せて外に行くらしい。
 あのアホな門番だ、すんなりと馬を外に通すだろう。
 馬は意気揚々と城門に向かっていった。
 
「オリガさん、マリリさん。そちらの準備は大丈夫ですか?」
「いつでも大丈夫です」
「もうバッチリ」
「補充も大変と思いますが、よろしくお願いします」

 俺とミケとオリガさんとマリリさんは、オース商会で開店の準備を始める。
 開店準備をしていたところ、あの大阪のおばちゃんのような人が俺を手招きで呼んでいる。

「ちょっとちょっと」
「どうかしましたか?」
「いやね、ここのところ用心棒やっていた馬が城門に向かって歩いて行ったから、何かあったかと思っちゃったのよ」
「ご心配をおかけしました。馬はストレス発散に街道で走ってくるだけですので」
「そうなの? 馬が勝手にどこか行っちゃったと思ったのよ」
「賢い馬だから大丈夫ですよ。ちゃんとお昼までに帰ってきますので」
「はー、普通じゃない馬だと思ったけど、本当に凄いのね」
「ええ、昨日も助けて貰いましたし」
「まあ、あの門番達はバカばっかりだから大丈夫だろうけどね」
「ははは」

 あっ、そうか。
 普通の人からみたら、馬が脱走しているかと思うよな。
 賢いから最近は気にしてなかったな。
 しかしながら門番は、おばちゃんにも酷評されているぞ。

 その頃、城門には無事に馬が到着していた。

「おい、人が乗っていない馬が来たぞ」
「ったく、誰だ持ち主は」
「何か口に咥えているな」
「何々? 紙だな。草を食べに行きます。お昼には戻りますって書いてあるぞ」
「ぶはは、わざわざ外まで食事に行くんかい」
「ははは、中々面白い馬だな。通してやるか」

 予想通り門番は馬が外に出ることを気にするどころか、わざわざ外に草を食べに行くと知って大笑いしていた。
 そのおかげで、馬は難なく城門を通過できたのだった。

「ブルル(馬鹿な門番だな)」
「ヒヒーン(動物の方がまだ賢いぞ)」

 門番は、おばちゃんだけでなく馬にも馬鹿にされていた。

「はあ、敵ながらここまで酷いとは。こちらもさっさと武器を使えなくしないと」

 ちなみに城門の武器庫で武器をグルグル巻きにしていたポチも、ちょうど馬と門番の対応を見ていた。
 門番の対応に呆れていたポチは、途中からはもう門番の事を意識から外していた。

「いらっしゃい!」
「今日もミケちゃんは元気ね」
「いいねえ、こう明るい声は」
「こっちも明るくなるよ」

 今日もミケは色々な人に大人気。
 おばあちゃん達が、ニコニコしながらミケの事を見ていた。
 まるで自分の孫を見るような視線だな。
 しかし今の俺には、ミケを見てやる余裕がない。
 何故ならば、次々にお客さんが俺に声をかけてくるからだ。

「姉ちゃん、昨日のナンパ撃退はスカッとしたな」
「店員さんカッコよかったですよ」
「噂でしか聞いてないですけど、本当なんですね」
「美人なのにカッコいいとはいいな」
「あはは、ありがとうございます」

 昨日のナンパ野郎撃退劇が、早速街中に広まっている。
 でも、このくらいなら全く問題ない。
 いつもの雑談の延長線上だ。
 話しているのは、いつものお客さんだし。
 問題なのは、いつもお店にこないで噂だけを聞いたお客さんだった。

「握手してください」
「有名な女優さんですか? サインしてください」
「私を罵ってください」
「私を靴で踏みつけてください」

 俺を女優と勘違いして握手やサインをしてくるのならともかく、後半二つは明らかにジャンルが違うでしょう。
 なんか恍惚とした表情で言われたので、素で引いてしまったぞ。

「流石サトー様にミケ様、お客様に次から次へを声をかけられていますね」
「うーん、私の想像以上の展開になっている。さっきのは私でもないなあ」

 ちなみに今日も売れ行きが好調なので、補充部隊は大忙し。
 そんな中、オリガさんは俺とミケの接客ぶりに感心をしていたが、マリリさんは特に俺に詰め寄ってくるお客の反応に引いていた。
 マリリさんが素で引いているなんて、かなり珍しい。

 だが、お昼に近づくにつれて徐々に客足は少なくなってきた。
 お客さんも帰って、今日の誕生パーティの準備をしないといけないからだ。

「サトー様、もうそろそろ私たちもお店を閉めましょう」
「分かりました。直ぐに閉店準備します」

 そんな様子を見て、トルマさんは少し早いけど店じまいをするように言ってきた。

「そういえばネルさんとかは、この後はどうするのですか?」
「あたし達も帰ってから準備の手伝いだね」
「街中の飾りつけは全員でやらないといけないの」
「以前サボった人が行方不明になったからね」

 完全に監視社会だな。きっとワース商会が、サボった人を連れ去っているのだろう。
 そういうものは、今回で終わりにしないと。

 そんな事を考えていたら、馬がポクポク歩いている。
 どうやら街道の魔物退治は終わったようだ。

「お帰り、道中大丈夫だった?」
「ブルル」

 馬は何も問題なかったって言ってそうだ。
 俺も何となく分かった。

「もし誕生パーティー中に街に魔物が出たら、またやっつけてね」
「ヒヒーン」

 あ、今度は任せろって言った。馬がいい笑顔になったから間違いないだろ。
 そのまま馬は宿の方へ歩いていく。
 ちなみに宿の護衛していたビアンカ殿下とエステル殿下は暇していて、いつの間にか街の子ども達と遊んでいた。
 というのも誕生パーティーはワース商会が関わっているので、さっきからワース商会から人がひっきりなしに出入りしている。
 俺達の相手をしている暇はなさそうだ。
 さて、俺達も一旦宿に戻ろう。

「サトーさんおかえりなさい」
「ただいま戻りました。リンさんも早いですね」
「どこも誕生祝いの準備で、自治組織も忙しいみたいです」

 オース商会手伝い組やビアンカ殿下やエステル殿下と宿に戻ると、リンさんとルキアさんも自治組織から帰っていた。
 他の従魔も既に帰っている。
 事前準備はうまく完了したようで、これでワース商会の戦力はガタ落ちだそうだ。
 後は、こちらも誕生パーティに向けて準備しないと。

「街の護衛陣は街娘衣装で、ミケちゃんはメイド服。その他は執事服で行きましょう」

 リンさんのこの意見は最もだと思う。
 周囲と出来るだけ違和感のない衣装にしないと。

「サトーさんは渾身のメイクアップをして、華やかなドレス姿を披露しないと」
「いや、それはやめておいた方がいいかと」
「何で? サトーを領主夫人に見せるいい機会よ」
「だからです。その領主夫人よりも目立つのはまずいでしょうが」

 エステル殿下は納得いかないって感じだけど、華やかなのはダメでしょう。
 お金と宝石が大好きな領主夫人だ。きっと衣装も派手に決まっている。
 そんな人よりも目立つのは、きっとNGだ。

「サトーの言う通りじゃ。ここで下手に着飾るのは悪手じゃ。最低限のマナーで済ますぞ」
「うー、そこまで言うなら諦めるよ」
「きっとどこかでサトーの本気のドレス姿が見られるかもしれないのじゃ。その時まで待つのじゃ」

 ビアンカ殿下、俺はもう女装は懲り懲りです。女装は今日が最後です。
 何ですか、俺の本気のドレス姿とは。

「じゃあ、サクッと着替えちゃいましょうか」
「そうですね。どうせサトーさんは地味なドレスでも美貌で目立ちそうですし」
 
 そして俺は、エステル殿下とリンさんに両脇を抱えられて強引に二階へ引きづられていく。
 もう、そこまでしなくても逃げません。
 だから他の人も、俺の背中押さなくていいですよ。