「サトーよ、父上から連絡が入った。バスク領に小隊を派遣するそうじゃ。名目はバスク領のワース商会事件の調査じゃ」
「もしかしてブルーノ侯爵領の対応にですか?」
「バスク領からなら遅くても二日あればブルーノ侯爵領に着く。昨日の城門の兵の件が、閣僚含めてかなりのインパクトだったそうじゃ」

 朝になって着替えていたら、ビアンカ殿下が部屋に入ってきた。
 昨夜のビアンカ殿下から国王陛下への連絡をうけ、早速動いてくれたらしい。
 飛龍部隊なら一日あれば王都からブルーノ侯爵領に着くとの事だが、数人しか運べない。
 小隊だから大体四十人位だけど、訓練受けていない兵なんか相手にならないだろう。
 ちなみに国教会は今日の調査結果待ちで、大まかな内容は既に教会本部に連絡してあるそうだ。
 教会に入るだけで入館料取っている時点でアウトだろうな。
 
 今日も朝から宿の奥さんの治療。
 だいぶ回復してきて、ベットから起きて少しずつ食事もできるようになってきた。
 スラタロウ特製のおかゆを食べて、早く元気になって貰いたい。
 娘さんも、お母さんの回復具合に笑顔になってきたのは良いことだ。

「では、行ってきます」
「お気をつけて」

 俺達も朝食を取り、各自行動を開始する。
 既に馬は宿の玄関口でスタンバイ、もとい寝ている。
 ワース商会の方を見ると、昨晩の人間ミノムシは既に回収されていた。
 今日もならずものはくるのかなと思いつつ、オース商会へ向っていく。
 ちなみに当初はビアンカ殿下とルキアさんが一緒に行く予定だったが、ミケも一緒についてきている。お店の手伝いをしたいらしい。
 うーん、流石に接客はやらせられないから、陳列や商品の補充で頑張ってもらおう。
 ということで、店前を掃除しているネルさんに早速紹介しよう。

「おはようございます、ネルさん」
「おはようございます、サトーさん。今日は大勢なんですね?」
「こちらの二人は私と一緒にトルマさんと話があるのですが、この子は今日一緒に手伝いをしたいそうです」
「まあ、この小さなメイドさんがですか?」
「おはようございます。ミケはミケだよ! お手伝いいっぱいするんだ!」
「ミケちゃんは元気ですね」
「元気が取り柄ですから。力はあるので、陳列とか掃除とかは手伝えるかと。まあ子ども手伝いみたいなものですから」
「いえいえ、大丈夫ですよ。挨拶も出来てやる気もあるので。こちらは気にしないで下さいね」
「すみません、ありがとうございます」

 ミケをネルさんに任せて、俺達は二階のトルマさんのところに向かう。
 事前にアポはなかったのだが、逆にトルマさんの方からこちらに話があったらしいので、すんなりと話が始まった。

「トルマさん、突然の訪問となり申し訳ありません」
「いやいや、こちらからもサトー様にお伝えしないといけない案件がありまして」
「トルマさんからのお話とは?」
「はい、実はこの街には自治組織があります。その組織のメンバーから、サトー様へ会談の申し入れがありました」
「自治組織ですか?」
「はい、元は領主邸に勤めていた文官や執事にメイド、それに騎士からなります。全て今の領主夫人が権力を持つと同時に解雇された者です」
「聞く限り、かなりの数の人が解雇されたようですが」
「はい、領主夫人は自分の言うことを聞く人間のみ手元に置くようになりました。今の領主邸には奴隷も多くおり、恐らく違法奴隷の可能性もあります」
「成程、自分の好きなように政治をするためですね」
「その通りでございます。しかし、統治レベルの低下は街のあらゆる面で不具合を生じさせます。それを回避するために、解雇された人々を中心として自治組織が結成されました」
「ふむ、これだけ統治者に問題があり騎士も機能してない割には問題がおきておらぬわけじゃ。その自治組織が優秀なのじゃろう」
「はい。組織が優秀なので、ワース商会といえども迂闊に手を出せません。今回の会談の名目上は、コマドリ亭をならずものから守ってくれたお礼をいうためになります」
「真の目的は別にあると、トルマさんはそう思っているのですね?」
「はい。恐らくはサトー様の実力を知って、力を貸してほしいのだとおもいます」

 これはかなり都合がよいと言うか、こちらが知りたいことが全て分かってしまった。
 後はこちらも相手にどこまで話せば良いか。

「ビアンカ殿下、ルキアさん。こちらにとっても非常に都合の良い話です。この度の調査の件に非常に役立つでしょう」
「ふむ、たがこちらとて全てを打ち明ける事は出来ぬ。相手の組織をよく見極めないと」
「それは私の出番になると思います。私の知っている人で、信用のある方なら問題ないと思います」
「申し訳ないですが、判断はルキアさんにお任せします」
「うむ、ルキアなら大丈夫だろう」

 よし、こちらの方針は決まった。
 後はどうやってその人と会うかだな。

「トルマさん、会談の件は承知しました。私達は、いつどこでその人と会えばよいですか?」
「サトー様、承諾していただき感謝します。実は直ぐにでもと言うことですので、宜しければここにご案内いたします。普段からオース商会に出入りしていますので、ここならワース商会に怪しまれる事はないでしょう」
「ありがとうございます。ビアンカ殿下、ルキアさん。いいですよね?」
「妾は問題ないのじゃ」
「私も大丈夫です」
「トルマさん、宜しくお願いします」
「分かりました。直ぐに連絡を取りますので、暫くここでお待ち下さい」

 そう言い残して、トルマさんは部屋を出ていった。

「ビアンカ殿下、ルキアさん。思わぬ展開ですね」
「あちらから寄ってくるのだ。こちらとしても願ったりじゃ」
「私は少し微妙な気持ちです。お屋敷にいた人にそこまで苦労をかけていたなんて」
「ルキアさんの気持ちも分かります」
 
 お互いに意見を言いながら、自治組織の到着を待った。
 そして三十分後、トルマさんが三人の男女を連れてきた。

「皆様お待たせしました」
「いえ、トルマさんこそお疲れ様です」

 トルマさんが到着の挨拶をして、到着した人を含めて座ろうとした時、ルキアさんが口に両手をあてて号泣している事に気が付いた。

「じいや、ばあや、騎士団長。生きていて……」
「おや、その呼び方は」
「もしかして」
「まさか、そんな」

 ルキアさんのつぶやきに、入ってきた三人がおどろきの顔をしていた。
 ルキアさんがかつらを外すと、今度は三人から涙があふれ、ルキアさんにかけよって抱き締めていた。

「お嬢様!」
「生きておられていたとは」
「良かった、本当に良かった」

 お互いに抱き締める手は、しばらくの間緩むことはなかった。

「ビアンカ殿下、これはもう確定ですね」
「ああ、疑問など無粋じゃ」

 ビアンカ殿下と顔を合わせ、この人達はルキアさんの大事な人で間違いないと確信した。

「みなさん、突然泣き出してしまい申し訳ないです。この方々はお屋敷の執事とメイド長と騎士団長を勤めていた方です」
「改めまして、モルガンと申します」
「私はケリーです」
「レオと申す」

 三人より挨拶をうけたが、侯爵の執事とメイド長と騎士団長がいれば、そりゃ自治組織は凄いよ。
 ワース商会ごときではたちうちできないわ。

「まさかお嬢様が生きているとは夢にも思いませんでした」
「私もじいやとばあやが生きているとは。死んだとばかり思ってました」
「危ないところを騎士団長に救って貰ったのです」
「俺自身も狙われていたので、死んだことにして行方をわからなくしました」
「そうだったんですね……」

 お互いに死んだと思っていたのが実は生きていた。
 十歳の頃に暗殺されそうになった際に助けてくれたのが、この人達なんだな。

「積もる話もありますが、まずは優先すべき事を話したいと思います」
「はい、この度はコマドリ亭のお礼のついでに協力依頼と思っておりましたが、それ以上の成果が得られそうです」

 お互い話したいことはいっぱいあるだろうけど、ここは我慢をしないといけない。
 
「まずここにいるお二方を紹介します。すみませんが驚かないでください」
「「「分かりました」」」
「こちらにおられるのが、ビアンカ王女殿下にあらせられます」
「王女?」
「殿下!」
「大変失礼しました」
「妾は冒険者としてここにいる。臣下の礼は不要じゃ」

 紹介された少女が王女だと知った三人はかなり慌てていた。
 そりゃこの国の大物が目の前にいればビックリするわな。
 流石に臣下の礼はビアンカ殿下が止めさせた。

「そしてこちらにいるのがサトー様です。王族も認める凄腕の冒険者です」
「初めまして、サトーです」
「あのー、サトー様は任務中なのでこのような格好をしていますが、その男性の方です」
「「「は? 男性?」」」
「いや、女性にしか見えませんが」
「とても美しいお嬢様かと」
「昨日噂になったオース商会の美人店員ですよね?」
「色々な噂を聞きましたが、俺は男です」
「「「いや、信じられないです」」」
「あはは、ですよね」

 なんで三人共、ビアンカ殿下の時よりも反応が大きいんだよ。
 しかもルキアさんも投げやり気味に苦笑しているし、トルマさんはうんうんと頷いているし、ビアンカ殿下は俺の横で腹を抱えて爆笑しているし。
 流石にこの扱いは傷つくぞ。

「ヒイヒイ、腹が痛い。この際、サトーの事は置いておくのじゃ」
「いや、置いておかないで下さいよ」
「サトーよ、もう諦めよ。そなた達がルキアの信用たる人物だと信じ話をする。妾達は命を受け行動しておる。現在はワース商会と領主邸と関係各所の調査、そして最終的には領主邸の制圧と闇ギルドに関する者の捕縛じゃ」
「またストレートに言いましたね」
「取り繕うだけ、時間の無駄じゃ」

 まあ、変に隠さずに伝えたほうが今回は良いだろう。
 何せそれぞれの分野でのスペシャリストなのだから。

「是非協力させてください」
「お嬢様のお力になります」
「この日を待ち望んでいました」

 三人共力強く頷いてくれた。
 思わぬ形で協力者が得られたけど、一番喜んでいたのは間違いなくルキアさんだった。