「サトーよ、今朝の訓練はさっさと終わらせるのじゃ。エステルお姉様が来る前に終わらせないと」

「ビアンカ殿下、何故そこまでにエステル殿下を警戒しているのですか?」

「エステルお姉様は訓練が大好きなのじゃ。こちらの訓練に参加して、暴れるのが目に見えているのじゃ」



 朝の訓練の前に、ビアンカ殿下から訓練を早く終わらせたいと懇願された。ビアンカ殿下にしては珍しい程に焦っている。

 エステル殿下と同じクラスのリンさんも苦笑しているから、学園でも同じなんだろうなあ。



「テンション上がってあれこれ言うのが目に見えておる。さっさと終わらせて……」

「ビアンカちゃんにそんな感じに思われているなんて、お姉ちゃん心外だな」

「そ、その声はエステルお姉様……」

「はーい、ビアンカちゃん久しぶりね。リンちゃんも学園ぶり!」

「お久しぶりです、エステル殿下」

「もう、リンちゃんも学園の様に気軽に喋って良いんだよ」

「いや、ここは学園ではないので……」



 ビアンカ殿下とリンさんと話ししている背後から、明るい声がかけられ、振り向くと一人の美人が立っていた。

 身長は170cm位でスタイルがよく、金髪のボブヘアで人懐っこい笑顔をみせていた。

 赤を基調とした騎士服に胸当てを付けて剣を下げており、騎士服と同じ色のミニスカートにスパッツをはいていた。

 最初はビアンカ殿下の後ろから抱きついて文句を言っていたが、直ぐに今度はリンさんに抱きついていた。

 確かに親しみやすそうな殿下ではあるが、何か危険な香りがする。

 ビアンカ殿下とリンさんが、完全にエステル殿下のペースにのまれているからだ。



 エステル殿下はリンさんに抱きつきながら俺の方を見ていた。



「あなたがサトーかな?」

「あっ、はいそうです」



 エステル殿下は俺とリンさんを交互に見比べていた。



「ふーん、成程ね。アルスお兄ちゃんが言っていた通りだね」

「ア、アルス殿下からは何と?」

「それはヒ・ミ・ツ!」



 未だにリンさんに抱きついたまま、俺とリンさんをニヤニヤ見つめるエステル殿下が爆弾発言を投下した。



「成程ね、サトーが噂に聞いているリンちゃんの良い人の第一候補ね!」

「な、何を言うのですかエステル殿下」

「そ、そうですよエステル殿下。何をいきなり」

「えー、ビアンカちゃんからもアルスお兄ちゃんからも仲が良いって聞いたよ。リンちゃんも学園の男子よりも仲良く話していたし。どうせ爵位の問題なんて、直ぐに解決するだろうしね」



 やっぱりこの人は危険人物だ。初対面でいきなりぶっ込む話題ですか!

 リンさんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまったぞ。



「はいはい、他の人も待っているので訓練開始しますよ」

「うふふふ、ごまかしちゃってかわいい。今はこの辺にしておきますか」

「サトー、エステルお姉様が申し訳ない」

「ビアンカ殿下、もうこれでエステル殿下の人となりが分かりました」



 絶対この後もエステル殿下からネタにされそうなのは確定だ。

 ビアンカ殿下の慰めも無駄だろうな。



 その後の訓練にもしれっと参加したエステル殿下。

 早速制御の腕輪をつけた状態で両手剣の魔法剣の柄を自在に操り、周りの度肝を抜いているし、バレット系魔法の回避も余裕でこなしている。



「ミケちゃんは格闘の訓練もやっているんだね」

「うん、そうだよ!」

「お姉ちゃんも相手になってあげるね」

「ありがとう、エステルお姉ちゃん」

「うふふ、ミケちゃん可愛いなあ」



 エステル殿下は、シルと格闘術を練習していたミケにも話かけ、いつの間にか組手を始めていた。

 とっても嬉々としてやっているので、誰もエステル殿下を止められなかった。



「エステルお姉様は戦乙女の再来とも言われておる。何でもあっという間にこなす武芸の達人じゃ」

「ビアンカちゃんに褒められるのはなかなかないから嬉しいね」

「分かったので、抱きつかないでください」

「うふふ」



 エステル殿下は難民キャンプから薬草取りにも参加するらしく、朝食後に一緒についてきた。

 シルとリーフはまたテリー様の所に行くらしいが、訓練メニューの作成は今日で終わるそうだ。

 ちなみにエステル殿下は朝食時にサーシャさんと仲良くなり、遠慮なくおかわりとかも頼んでいた。



「あ、そうだ。忘れないうちに言っておくね。アルスお兄ちゃんからの伝言で、難民の人は来たときの記憶がないのと、新人の冒険者はギルドが保護したって」

「エステルお姉様、それはもっと早く言ってくだされ」

「あはは……」



 ビアンカ殿下に抱きついたままで、エステル殿下が重要な事をさらりと言ってきた。

 なんと言うか、自由奔放な人だ。

 懸念材料が解消されたから、いいとしておこう。



「中々面白いなあ」

「おねーちゃん、今度は滑り台やろー」

「いいね、じゃあ私についてきなさい!」

「おー!」



 難民キャンプについて早々、エステル殿下はミケと共に遊具に突撃し、先頭にたって子ども達とはしゃいでいる。

 子どもとはいえ獣人の身体能力に、エステル殿下は余裕でついていっているよ。



「エステル殿下、随分と楽しそうですね」

「エステルお姉様は可愛いもの好きだが、子どもも大好きなのじゃ」

「あの笑顔を見れば納得ですね」



 他の女性陣もエステル殿下の人となりがわかったのか、もう余計なことは言わなかった。

 ビアンカ殿下曰く、公的の場だと王族としての姿らしいが、私的な場だとかなりオープンな性格らしい。

 何でも今の王様に一番近い性格だという。王様は大丈夫か? って心配になる。



 その後炊き出しや治療所の方にも足を運ぶエステル殿下。

 エステル殿下は可愛い物好きとリンさんが言っていたが、炊き出しや治療所の手伝いをしつつちょこまかと動く従魔に見入っていて、特に小さなネズミの魔法使いであるホワイトに心奪われていた。



「サトー、この子頂戴!」

「ダメです、エステル殿下」

「えー、ケチー」

「ケチじゃありません!」



 エステル殿下は、ホワイトを腕に抱いて上目使いで言ってきたが、その姿には屈しない。ホワイトは物ではないのでダメです。あげません。



 難民キャンプを後にし、冒険者ギルドで手続きをしてから王都に向かう街道へ。

 その道中、エステル殿下はずーっとホワイトを腕に抱いて満面の笑みだった。

 自分の従魔に出来ない分、せめて道中は一緒にいたいと言ってずっと離さない。

 時たまホワイトが不安げにこちらを向いてくる。ホワイト、我慢だ我慢。



「薬草取りなんて久しぶりね。ビアンカちゃん、どうやって薬草取りをしている?」

「妾達は従魔と一緒に採取をしておる。フランソワは元がシルクスパイダーじゃ。薬草取りの名人なのじゃ」

「そうなの? じゃあ、このホワイトちゃんは?」

「ホワイトも薬草を食べるので、同じ様に薬草を探す事が出来るのじゃ」

「おお、お姉ちゃんやる気がどんどん出てきたよ」

「今日は薬草を取る上限はないのじゃ。存分に従魔と薬草が取れるぞ」

「よーし。ミケちゃん、ホワイトちゃん。頑張ろうね!」

「ミケ頑張るよ! 一杯薬草取るよ!」



 従魔と一緒に薬草取りが出来るということで、エステル殿下のテンションも上がっている。

 俺は空気になって周囲の監視に徹しよう。



「サトー、新しいカゴ頂戴」

「妾にも新しいカゴを」

「はいはい、今持っていきますよ」



 次々に薬草で一杯になるカゴを受け取り、新しいカゴを渡していく。

 このペースだと、お昼前にはカゴが一杯になるから一度ギルドに納品しないと。

 女性陣でワイワイやっているので男性は近付きにくい雰囲気がある。

 俺だけでなく、ガルフさんもマルクさんも空気になる事に徹していた。



「エステル殿下、ビアンカ殿下、リンさん。今のカゴが一杯になったら一旦ギルドに納品してお昼にしましょう」

「もうこんな時間だ。ホワイトちゃんと一緒にいると時間が早いなあ」

「そうじゃのう。ギルドに行こうかのう」

「ギルドに行った後に、市場でお昼ご飯を買いましょう」



 もう空いているカゴがなくなりそうなので、一度ギルドに納品しようと女性陣に声をかけた。

 そういえば市場でお土産を買っただけで、食事出来る物は買っていないなあ。



 ギルドに午前中分の薬草を納品して皆で市場へ。

 周囲からは威勢の良い声が響いていた。

 その中でミケが何かを見つけたようだ。



「お兄ちゃん、あれってもしかして」

「ああ、間違いない……」



 前世でもあった縁日の定番が売っていた。

 でも念の為にリンさんに聞いてみよう。



「リンさん、あれって何ですか?」

「あれは『オコノミヤキ』と『タコヤキ』です。小麦の粉末を溶いて作る焼き物らしいですね。各街の市場で良く売られていますよ」



 おお、お好み焼きにたこ焼きだ。間違いない。

 何でマリリさんが、レッドスライムにタコヤキって名付けた事が疑問だったけど、こういう事だったのね。

 良く見るとお米っぽい物も売っている。



「リンさん、あそこに売っている物は何ですか?」

「白麦と言われているものらしいです。南のドワーフ自治領で作られているみたいですよ。ただ生産量が少ないので、あまり庶民には出回らない物ですね」



 あれは買いだ! 買って後でご飯を作ってみよう。

 色々なスパイスに醤油や味噌みたいなものも売っている。

 お好み焼きやたこ焼きも含めて大量に買い込む。

 うん、とっても良い買い物だった。



「リンさん、ここには様々なものが売っていますね」

「バスク領は王都から南部の各地につながる要所なので、必然的に交易が盛んなんです」

「だからここまで色々な商品とかが揃っているんですね」



 リンさんもニコニコしながら色々説明してくれる。

 俺の中でバスク領の株価が爆上がりだ。



「ビアンカちゃん、ビアンカちゃん。二人とも良い雰囲気だよ」

「時々ナチュラルにあんな感じになるのじゃ」

「既にラブラブじゃん」



 後ろから何か言っているが、何も聞こえない様にしよう。



 買い出しした物を食べながら、再度王都に向かう街道へ。

 王女が二人歩きながら食べているが、慣れている様子だ。

 各地に行く事が多いので、食べ歩きには慣れているとの事。

 普段は豪華な食事が多い分、こういう食事が大好きらしい。



「さて。腹も膨れたし、午後も頑張るのじゃ」

「ふふふ、ホワイトちゃんと午後も一緒」



 その二人の王女は午後の薬草取りもやる気十分。

 魔物討伐ではなく、こういう採取系の依頼も進んでやってくれるのはありがたい。

 採取組はワイワイ楽しそうに話しながら、それでも大量に薬草を採取していく。

 俺を含む周囲警戒組は襲ってくる魔物の討伐を行うが、相変わらず強い魔物はいないので少し暇だ。

 そんな中、エステル殿下が急に俺に近づいてきた。腕の中にはホワイトと違うのがいるぞ。

 

「サトー。この小さなフクロウが急に木から降りてきて、私の腕の中に入ってきた」

「もしかしたら、エステル殿下と一緒に行きたいのではないですか?」

「え、この子が?」

「はい。腕に抱かれても全く逃げないので。フクロウは賢いので、きっとエステル殿下の役に立ちますよ」

「そうか。うふふふふ」



 エステル殿下が満面の笑みになった。

 自分だけの従魔が出来たのが嬉しいのだろう。



「エステル殿下、早速名前をつけてあげないと」

「名前はもう決めてあります。『ショコラ』です!」

「エステルお姉様。それはお姉様が好きなスイーツでは……」

「ビアンカちゃん。好きな物には好きな名前をつけるんです!」



 エステル殿下は、ビアンカ殿下に向かって何故かビシッとポーズを決めて熱弁していた。

 とりあえず名前はショコラで決定。もうエステル殿下のニマニマが止まりません。

 ショコラの方も満更じゃなさそうなので、これ以上のツッコミはやめておこう。

 ちなみにホワイトはと言うと、助かったって表情をしていた。

 ……本当にお疲れ様。後でご褒美をあげよう。



 無事に薬草の採取も終わり、ギルドで納品を行う。

 ついでにショコラの従魔の登録も行い、正式にエステル殿下の従魔となった。

 俺は窓口で手続きを行なっている間に、ビアンカ殿下と一緒に依頼掲示板を見ていた。



「ふむ。やはり依頼には変化はなさそうじゃのう」

「そうですね。しかしよく見ると、バスク領とブルーノ侯爵領を結ぶ街道の護衛依頼が多い気がします」

「恐らく街道沿いの危険度が増しているのじゃろう。明日からは気を引き締めんと」



 やはり魔物が溢れているのはこっちの街道沿いだな。

 そんな事をビアンカ殿下と話していた所、後ろから能天気な声が聞こえてきた。



「サトーにビアンカちゃん、難しい事は後で考えよう! 一日中動いたからお腹ぺこぺこだよ」

「エステルお姉様。いきなり抱きつかないでくだされ」

「えー、普段中々ビアンカちゃんに会えないんだもん。この際だから一杯ビアンカちゃん成分を補充するんだ!」



 うん、姉妹の仲が良いと思っておこう。

 実際ビアンカ殿下も、口では色々言っているがあまり行動には移していないので、そこまで嫌がっている感じはない。



 お屋敷に着いた後はそれぞれの部屋に移動し、着替えてから夕食に。

 子爵家に王女が二人も逗留するのは凄い名誉らしいが、そんな事は全く気にせずに奥様ズと談笑をするエステル殿下。

 テリー様は軍人気質なので、エステル殿下と訓練について色々な話をしていた。

 そこにシルとリーフが混ざっていたので、騎士や守備兵の訓練が悲惨な事にならない事を祈るばかりだ。



「この衣装はポチに良いですね」

「ふむ、フランソワにピッタリなのじゃ」

「ミケの新しい服はどう? お兄ちゃん」

「ああ、よく似合っているよ」



 夕食後は、もう恒例になりつつあるタラちゃん達のファッションショー。

 エステル殿下にお屋敷のメイドさん達も加わって、女性陣は大盛り上がり。

 いつの間にかドレス風のミケの服も出来上がっていて、着せ替え人形の対象にミケも加わっていた。

 服に使われている糸のグレードも高いなあと思ったら、タラちゃん達から糸の提供を受けているという。

 そりゃ高級なスパイダーシルクなんて使っていたら、作った服も高級品だろう。

 そんな中、俺は男性でただ一人強制参加。他の男性陣はうまく逃げ切りました。

 女性の熱気に当てられて、完全にドン引きです。



「皆さん、明日も朝早いのでもうそろそろこの辺で……」

「あら、もうこんな時間だわ」

「残念ですけど、今日はお終いですわね」



 もういい時間なので女性陣に声をかけた所、あっさりとファッションショーが終了した。

 何やら嫌な予感……



「明日はサトー様がメインですよ」

「何故に?」

「サトー様も謁見用の服が必要です。明日はサトーさんを皆で採寸しますよ!」



 サーシャ様が何と俺の服を作ると言い出した。

 そうしたら女性陣の目が光った気がした。

 ああ、明日は無事就寝ことが出来るのだろうか。