「リン、どうした。だいぶ疲れているな。そんなに凄い特訓だったのか?」

「はい、お父様。でもこのままでは勝てない相手なのです」

「そうか。それ程までに闇ギルドは手強い相手なのか」

「ええ、でも今は強度も落とした訓練ですし、未だ未だこれからですわ」

「分かった。お前の事だから止めても訓練は続けるのだろう。だが無理はするなよ」

「ご心配をおかけし申し訳ないです、お父様」



 朝食の際にテリー様と顔を合わせたが、だいぶボロボロのリンさんを見て驚いていた。

 でもリンさんの目は死んではなかったので、テリー様もそれ以上は言わなかった。



「サトー殿、娘はきっと私が止めても特訓は続けるだろう。無理はするなとは中々言えないが、怪我だけはしないように気をつけてやってくれ」

「テリー様、承りました。私が一番訓練の足を引っ張っているので中々心苦しいですが」

「今のチームの要はサトー殿だ。そなたは周りをよく見ているし、大丈夫だと思っている」



 テリー様からもリンさんを見てくれと頼まれた。

 テリー様とあってまだ一日なのに、やけに信頼されている。



「サトー殿、本日の予定は?」

「この後は難民キャンプに向かう予定です。その後は冒険者ギルドへ行きます。ここに来る道中で討伐した魔物をギルドにおろしたいので」

「ほーう、どの様な魔物を討伐したのですかな?」

「ゴブリンやオークとかですね。肉は食べられますから、流通出来れば領内の食糧事情も改善出来るかなと」

「ご配慮頂き感謝する。領内の流通が急激に悪化してしまったのだ。調査しているのだが、難民の件とはまた別と考えておる。まあ先ずは食事としよう」



 テリー様に本日の予定を聞かれた際に領内の流通事情を聞いてみたが、流通の悪化は難民の件と別と考えているようだ。ここは暫くテリー様の調査待ちになるだろう。



「お兄ちゃん、早く食べよう」

「そうだな、食べるか」



 待ちきれないのか、ミケに促されて俺も朝食を食べる事に。

 何にせよ、先ずは腹ごしらえだ。皆も席について食事を始めた。

 うん、朝からハード特訓だったからお腹すいた。

 

「リンさんとルキアさんはこの後どうしますか?」

「サトーさんについていきますわ」

「私もサトーさんと一緒に行きます。昨日治療していて気になった事がありまして」

「気になった事? どんな事ですか?」

「難民の方ですが、どうもここに来る前後の記憶があやふやみたいです」

「あ、それは私も気が付きましたわ。炊き出しの際に色々聞いてみたら、質問に答えられない人が多くて」

「……ビアンカ殿下よろしいですか?」

「バルガス領の難民でも同じ事が起きているか、じゃろ? 直ぐにお兄様に連絡するぞ」

「理解が早くて助かります。難民の移動は恐らく幻覚魔法か混乱魔法をかけて、転送魔法を使ったのではないかと」

「その可能性は高いじゃろうな。昨日もアレだけの数の魔物を出現させたのじゃ。もしかしたら魔力蓄積の指輪のコピー版を持っている可能性もあるのじゃ」

「それだけに、正常だったならずものをどうにかして口を割らせない様にしたのですね」



 オリガさんとリンさんから難民の情報が入ったけど、昨日アレだけ数の魔物を一気に召喚した魔法使いだ。闇ギルドは転送された時の状態を隠したいんだろう。

 ビアンカ殿下に急ぎアルス王子に連絡をしてもらう。バルガス領の状況が確認出来れば、あの魔法使いが難民問題に絡んでいるで間違い無いだろう。



「サトーよ、待たせたのう」

「いえ。それにしても早かったですね」

「お兄様に連絡するだけじゃ。返信は暫くかかるじゃろ」

「アルス王子もお忙しいですからね。では難民キャンプに行きすか」

「うむ」



 皆で難民キャンプに向かう。

 ちなみにオリガさんとマリリさんが復帰したので、昨日護衛についたガルフさんは通常勤務に戻ったそうだ。

 

「やはり昨日と比べてもだいぶ落ち着いていますね」

「今は守備兵だけですけど、いざこざも起きてないから一安心です」

「食糧事情はまだまだこれからですね」



 難民キャンプは昨日の騒乱から一日経って、随分平穏を取り戻していた。

 新規の難民もいないみたいで、先ずは一安心。



「それじゃ、炊き出しと治療班に分かれよう。出来れば俺は難民キャンプの様子を見て回りたい」

「そうじゃのう。いくら落ち着いたとはいえ、未だ何か企んでいる者がいないとは限らないぞ」

「ではこのグループ分けでお願い出来ますか?」

「分かりましたわ、サトーさん」

「ミケ頑張るよ!」



 という訳で、今日も班わけです。

 炊き出し班はリンさんをリーダーに、ミケが補助。タコヤキが調理メインでスラタロウが指導するそうだ。警備にオリガさんとサファイアがつく。

 治療班はルキアさんがリーダーで、マリリさんとホワイトが一緒に治療に入る。ポチとヤキトリが周囲の警戒につくようだ。

 見回り班は俺とビアンカ殿下、シルとタラちゃんとフランソワが同行。

 炊き出し班と治療班には騎士や守備兵の人も数人つき、炊き出し班の所には昨日護衛についていたガルフさんが入っていた。今もリンさんとオリガさんと楽しそうに話をしている。



 班決めも決定したので、それぞれの活動開始……の前に、炊き出し班向けに食材をアイテムボックスから出す。

 出された食材を早速タコヤキが調理するが、そのタコヤキの様子を見守っているのがスラタロウ。スライムがスライムを見守るという何とも微笑ましい光景で、ミケや難民の子どももニッコリして調理の様子を見ている。

 まあ魔法で調理を開始したら、いつも通り歓声が上がっていますが。



 治療班も準備が進んで早速治療が始まっている。

 昨日も思ったけど、難民は怪我人は少なそうだ。

 オリガさんがテキパキと患者の重症度で振り分けし、マリリさんとホワイトが順次対応していく。

 昨日いなかったマリリさんがいるのも大きいし、治癒魔法を使うネズミ(ハムスター?)ということでホワイトも人気だ。特にホワイトは子どもによく頭を撫でられている。

 いざとなったらスラタロウもいるし、治療班も大丈夫だ。



「ビアンカ殿下、順調に始まったので我々も行きましょう」

「うむ、まあ奴らも暇では無いのじゃ。そうそう襲撃なんてないじゃろう」

「シル、また周囲の確認よろしくね」

「主人、任せるのだぞ」



 俺も各キャンプを回っていくが、いざこざも特になく平和そのもの。

 時折破損したトイレやかまどなどの設備を、ビアンカ殿下が土魔法で補修したり、汚れていた荷物を俺が生活魔法で綺麗にしたりとあまりやる事はなかった。



「シル、特に危険人物に当てはまるのもいないなあ」

「昨日捕まえたのが殆どだったのだぞ」

「後は新たに外部からの流入に備えるって感じだね」



 あっという間に巡回も完了。

 騎士や守備兵もいるから、暴れる人も直ぐに捕まるみたいだ。

 騎士の人に聞いた話では、やはり騒ぐのは貴族主義で亜人差別の人だそうだ。



「お兄ちゃん、ビアンカお姉ちゃんお帰り! この後は?」

「俺は治療班の方に行くよ」

「妾は炊き出しの方を手伝うのじゃ」

「おー、ビアンカお姉ちゃんと一緒だ!」



 巡回班もそれぞれ分かれて作業を続ける。

 炊き出し班は既に人数分の調理が終わって配り始めている。

 配布の手も増えたからスムーズだ。



「ルキアさん、お待たせしました」

「サトーさん、お疲れ様です。巡回の方は如何でしたか?」

「特に問題なかったですよ。炊き出しの方も順調です」

「それはよかったですわ。こちらもそろそろ終わりそうです」

「順調ですね。これで殆どの怪我人とかは治療できましたね」

「先ずは完了と見て良いでしょう。当分は炊き出しに注力出来ますわ」



 この二日間で難民の治療は一通り終わったので、これからは巡回と炊き出しに専念できる。

 難民キャンプに振り分ける人員も少なく出来そうだ。

 

「サトーさん、ルキアさん、マリリさん。治療お疲れ様です」

「俺が行った時には殆ど終わっていましたよ」

「難民の人は殆ど治療できましたから、これからは炊き出しと一緒でも問題なさそうですわ」



 リンさんが治療対応を終えて戻ってきた俺たちを迎えてくれた。

 炊き出しもひと段落したので、ビアンカ殿下なども食事をとっている。



「お兄ちゃん、どうぞ!」

「ありがとな。ミケはご飯食べたか?」

「もう食べちゃったよ! ルキアお姉ちゃんとマリリお姉ちゃんもどうぞ」

「ありがとうね、ミケちゃん」

「うん、とても美味しい。流石タコヤキが作った料理」



 ミケが俺たちにも炊き出しで作った食事を持ってきてくれた。

 今日は芋煮風だな。

 マリリさんはタコヤキが作った料理に感激しているが、確かに昨日よりかは美味しくできている。

 これもスラタロウの指導の賜物だろう。



「ビアンカ殿下、リンさん、ルキアさん。こちらはだいぶ落ち着いていますので、午後は予定通り冒険者ギルドに向かいます」

「うむ、道中で狩った魔物も早く流通させねばならないのじゃ」

「街の様子も気になりますので、依頼は明日でも良いでしょうか?」

「良いと思いますわ。その代わりどの様な依頼が多いか、確認する必要がありますわね」

「はい。もし至急性の高いものがありましたら、暫くはその依頼をこなす事も考えないといけませんね」



 ビアンカ殿下、リンさん、ルキアさんに午後の対応を確認し、問題なさそうなのでご飯後にギルドに行くことにする。

 この難民と闇ギルドによる混乱の中で、どんな依頼が増えているか。



「うおー! ここがリンお姉ちゃんの街のギルドなんだ! おっきいね」

「ありがとうございます、ミケちゃん。バスクは多くの人が訪れるので、冒険者も多いのですよ」



 昼食後にリンさんの案内で、バスクの街の冒険者ギルドに到着。

 領の規模に比較して大きめの建物だ。

 二階建ての洋館風で、昔の日本の銀行の建物って感じがする。

 ここのギルドは受付と解体場が一緒の様だな。

 ギルドの入り口からは、多くの人が出入りしている。



「リンさん、ギルドの中の雰囲気はどうですか?」

「うーん、少し普段よりもピリピリしていますね」

「確かにバルガス領のギルドよりも、人も多い分喧騒もありますね」



 ギルドの中に入ってみたら、バルガス領よりもガヤガヤしている。

 それに冒険者の年齢層も高めなのか、少し全体的にピリピリしている。

 一体何があったのだろうか。



「サトーよ、恐らくこれが原因じゃろう」

「依頼ですか……、何々? 商会の護衛依頼が多いですね」

「恐らく奴らの仕業じゃろう。物流が停滞している原因でもありそうじゃ」

「それに、魔物の討伐依頼や薬草採取の依頼も多い。これは騎士や守備兵が難民の対応にあたっていて不足しているのでしょう」



 思った以上に至急の依頼が多い。

 魔物の討伐が落ち着けば護衛依頼も少なくなると思うが、対応するまでにしばらくかかりそうだ。



「これはリン様、バスクにお戻りでしたか」

「この騒動では致し方ないですわ」

「我々としてはリン様がおりますと、とても心強いです」

「忙しい所申し訳ないが、マスターに取り次ぎしていただけないでしょうか」

「はい、少々お待ちください」



 リンさんが受付の女性にギルドマスターとの面会をお願いしてくれた。

 さて、この街のギルドマスターは、今回の件をどの様にみているのだろうか。