「お兄ちゃん、朝だよ! 起きて!」
「朝か……。今起きるよ……。眠いなあ……、うーん」

 ミケの元気な声で起こされる。
 うーん、いつもよりもちょっと起きるの早いなあ。
 まだ、外は明るくなってきたくらいだぞ。
 しょぼしょぼと目を擦りながら背伸びをする。
 
「ミケ、今日は起きるの早いなあ」
「うん、リンお姉ちゃんのお家に行くの楽しみ!」

 ミケにとっては知り合いのお姉ちゃんのお家に行く感覚でもあるのだろう。
 でも、これから起こるだろう騒動を考えるとのんびりは出来ないだろうなあ。
 そんな事を考えながら、身支度を整える。

「ミケ、今日はこっちの服を着る!」
「お、これは昨日買った服?」
「そうだよ。ビアンカお姉ちゃんに選んでもらったんだ」
「うーん、この世界でこんな服よく売っていたなあ」
「お兄ちゃん。髪の毛をお団子にして!」
「はいはい、わかりましたよお姫様」

 ミケはいつもは上着にキュロットという動きやすい服装だった。
 今日は、赤いチャイナドレス風の上着に白いズボンだから、アオザイ風の服装だ。
 髪の毛をすいてあげてから二つお団子にすると、見た目は雑技団の団員にも見える。
 
「出来ましたよ、お嬢様」
「おー! お兄ちゃん完璧だよ」
「お気に召して何よりです」
「じゃあお兄ちゃん、お外に出ようよ」

 ミケは手鏡を使ってお団子の出来具合を見ていたが、良い出来のようだ。
 もし不満だったら、女性陣に直してもらおう。
 ミケに手を引っ張られながら、テントの外に出る。

「おお、お空がキレー!」
「ミケ、あっちのテントはまだ寝ているかもしれないから静かにね」
「はーい。あれ? 川の所に座っているのはリンお姉ちゃんじゃない?」
「そうだね、何かやっているのかな?」
「お兄ちゃん、リンお姉ちゃんの所に行ってみよう!」
「こらこら、手を引っ張らなくても大丈夫だよ」

 外はちょうど朝日が上がった所で綺麗な空だった。
 昨日の雨もすっかり上がり、空気が綺麗なので余計に美しく見える。
 そんな中、川の畔でポツンと佇んでいるリンさん。
 何か考えているかのようで、じっと川面を見つめていた。

「リンお姉ちゃん、おはよー!」
「リンさん、おはようございます」
「あら、ミケさんにサトーさん、おはようございます。ミケさんは愛らしい姿ですわね」
「えへへ! お兄ちゃんに髪の毛お団子にしてもらったんだ!」
「ええ、ミケさんによく似合っていますよ」
「本当? ありがとう!」

 ミケの挨拶に笑顔で返すリンさん。
 ミケはリンさんに服装や髪型を褒めてもらって上機嫌だ。 

「でもこんな朝早くにどうしたのですか?」
「リンお姉ちゃんのお家に行くのが楽しみで、早く起きちゃった! ついでにお兄ちゃんも起こしちゃったよ」
「あらあら、そこまで楽しみにして頂いているなんて。精一杯おもてなしいたしますわ」
「おー! 楽しみ!」
「こらミケ。すみませんリンさん」
「いえいえ、こうして楽しみにしていただく事はとても嬉しいですわ」
「ありがとうございます。そういえばリンさんも朝早いですね。どうしたのですか?」

 ミケよ、元気よく早く起きた理由を報告するのはいいが、わざわざ俺を起こす必要はないぞ。
 リンさんもミケにつきあって返してくれたけど、やっぱり顔にちょっと影がある。
 
「……どうしても目が覚めてしまって。やはり領地がどうなっているか心配なのです」
「バルガス領でも色々あって、昨日も魔物に襲われました。心配するのも仕方ないです」
「襲撃で、もし両親だけでなく領民にも危害が加わっているかと思うと……」

 朝日に照らされている水面を見つめている。視線の先はバスク領。
 ぎゅっと手を組んでいる。
 きっと優しいリンさんだ。領民の事も思って悩んでいるのだろう。
 それにまだ十四歳の少女だ。重圧もあるだろう。

「大丈夫だよ! リンお姉ちゃんを困らせるのは、みんなやっつけてあげるんだ!」
「ミケさん……。ありがとうございます」
「みんなリンさんを助けたくて一緒に来ているのですから」
「サトーさんも?」
「ええ、俺もです」

 リンさんはミケの元気な声で少しホッとしたような顔を見せてくれた。
 みんなバスク子爵領の問題をなんとか解決しようと集まっているのだから。

「サトー様、リン様、ミケ様。朝食の準備が出来ましたよ」
「ありがとー、ルキアお姉ちゃん。ほら、お兄ちゃんも、リンお姉ちゃんも行こー!」
「ミケさん、ちょっとお待ちになって」

 ルキアさんが朝食が出来たと呼びかけたので、ミケは待ちきれないとリンさんと俺の手を引っ張っていった。
 先ずは腹ごしらえをして、色々頑張ろう。

「ミケよ、新しい服はよく似合っているのう」
「本当ですね。可愛らしいミケ様がさらに愛らしくなっています」
「えへへ」

 ちなみに新しい服装と髪型のミケは、女性陣に褒められて上機嫌だった。

「サトーよ、何故か馬がやる気満々になっているが、気のせいじゃろうか?」
「あれ? 確かに昨日よりも目が輝いているぞ」

 食事も終わって出発の準備をしていた時、ビアンカ殿下が馬のテンションが上がっていると言ってきた。
 確かに毛艶も良くやる気に満ちている。

「そういえば昨日スラタロウが馬たちに聖魔法使っていましたね」
「ふむ、スラタロウの聖魔法は重傷も治す。きっと内臓の調子も良くなったのだろう」
「きっとそうですね」

 この時は、スラタロウの聖魔法で体調が良くなったからやる気があると、あまり深く考えなかった。
 しかし出発すると、馬のやる気の原因が明らかになった。

「それでは出発しますね」
「はーい!」

 オリガさんの声にミケが返事をして馬車は出発する。
 今日は天気も良く、路面も夜の内に乾いたのかとても良い状況。

「うん? サトーよ。昨日よりもよりも速くないか?」
「確かに路面が良いとはいえ、少し早いですね」

 ビアンカ殿下は昨日よりも馬車の速度が速いと気がついたようだ。
 でも無理に飛ばしている感じはなく馬車の揺れもさほど変わらないので、スラタロウたちも爆睡中。

「オリガさん。今日はスピード速くないですか?」
「少し速いですけど、馬は全く無理をしていませんよ」

 御者を務めるオリガさんに聞いても、馬は無理していないとの事。
 原因はなんだろうか?

「サトー様、ビアンカ殿下。馬から魔力が伝わっています」
「うん、明らかに馬が魔力を使っている」
「なんと、馬が魔法をかえ? 確かに生き物は全て魔力を持っておるが、昨日は使っておらんかったぞ」

 ルキアさんとマリリさんが馬が魔法を使っているとビアンカ殿下に伝えた。
 ビアンカ殿下は馬が魔法を使っている事に驚いていたが、そういえば昨晩馬がスラタロウに魔法の事を聞いていたっけ。
 もしかして……

「主人、少し先に魔物の反応だぞ」
「ビアンカ殿下、ちょうど良いタイミングです。魔物を倒し終わったら、ミケに聞いてもらいましょう」
「そうじゃな。魔物などパパッと倒して、馬の方に注力するのじゃ」

 今日はタイミング良く魔物が現れた。
 ビアンカ殿下の頭の中は、既に魔物よりも馬の方に比重がいっている。
 今度の魔物はモブ扱いになりそうだ……

「「ブモー!」」

 現れたのは二頭の斧を持ったケンタウロス。
 普通なら一頭でも脅威の存在なのだが……

「先制じゃ。フランソワ、電撃の糸!」
「ブモモモ!」
「これで終わりじゃ。小太刀乱舞!」
「ブモ……」

 ドシーン。

 哀れ一匹のケンタウロスは、フランソワの電撃の糸で拘束された上に麻痺させられ、ビアンカ殿下によって頸動脈を切られあっという間に倒された。
 もう一匹のケンタウロスは唖然としている。

「なんじゃ。食後の腹ごなしにもならんのじゃ。サトーもさっさと倒すのじゃぞ」
「はいはい、わかりました」

 つまらそうに戦いを終えたビアンカ殿下の目的は、早くも馬の方に移っていた。

「じゃあリンさん。こっちは正攻法で行きましょう」
「そうですわね……」

 リンさんもビアンカ殿下の様子に苦笑しながら、ケンタウロスを仕留めにかかる。

「ブモー!」
「これくらい何ともないよ」

 ビアンカ殿下にモブ扱いされて怒ったケンタウロスが斧を振り下ろすが、オリガさんによって難なく受け止められた。

「動きを止めるよ。アイスバインド!」
「ブモ!?」

 続いてマリリさんが、アイスバインドでケンタウロスの足元を凍らせて動きを封じる。

「これで終わりですわ!」
「ブモ……」

 ドシーン。

 最後にリンさんが飛び上がり心臓を一突き。
 哀れモブ扱いされたケンタウロスは、本当にモブ扱いのまま倒されてしまった。
 とりあえずケンタウロスの死体が邪魔なので、さっさとアイテムボックスに仕舞いこむ。

「あーあ、あっという間に終わっちゃったから何も出来なかったよ」
「相手がケンタウロスとはいえ、このメンバーでは相手にならないしねー」
「今日は新しい服装だったから張り切っていたのに……」
「次のお楽しみという事だよー」
「その通りじゃ。ミケよ、今は馬の方が一大事じゃ」
「分かった! お馬さんに聞いてくる」

 先ほどの戦闘では何もやる事なく、しょんぼりしていたミケをリーフが慰めている。
 そしてそんなミケに早く馬の所に行く様に急かすビアンカ殿下。
 何か今のビアンカ殿下は八歳という年相応のはしゃぎ方だ。

「お馬さーん、何で魔法使えたか教えてくださーい!」
「「ヒヒーン」」
「ふむふむ、なるほど……」
「「ヒヒン」」
「そっかありがとー! ビアンカお姉ちゃん、分かったよ!」
「おお。ミケよ、よくやったのじゃ」

 ミケが馬に何やら色々聞いている。
 上手く聞けた事にビアンカ殿下は大喜びだ。
 子どもっぽいビアンカ殿下を、特に女性陣は微笑ましく見ている。

「して、馬は何といったのじゃ?」
「あのね、お馬さんは今よりもっと速く走りたいんだって」
「それで?」
「お馬さん今までいろんな冒険者さんを乗せてきたんだけど、ミケたちが一番魔法使うのが上手から教えてもらおうとしたみたい。そうしたらスラタロウが魔法の使い方教えてくれたんだって」
「なるほど、教師役がスラタロウというのはちょっと残念だが、馬も魔法を使うとはのう」

 思った通りの範疇でよかった。
 これで馬がファイヤーボールを使いたいとか言い出したら大問題だったよ。
 あとビアンカ殿下、残念な所申し訳ないですが俺達人間では馬の言葉は分かりません。

「ふむふむなるほどねー。面白い馬もいたもんだねー。これで攻撃魔法使いたいとかなければねー」
「「ヒヒーン」」
「えー! スラタロウがエアーカッターの使い方を教えてくれたのー!」

 おい、スラタロウ、お前、馬に何教えているんだよ!
 何でドヤ顔でこっちを見ているんだよ。
 リーフがまさかと思って聞いたのが、既に現実だよ。
 うお、そこら辺の草を馬がエアーカッターで刈っているよ。
 みんな馬が攻撃魔法使える事に唖然としているぞ。

「えーと、時間も時間ですのでそろそろ出発しませんか?」
「そうじゃのう……、流石に攻撃魔法まで使えるのはびっくりしたのじゃ」
「「ヒヒーン」」

 ナイス、オリガさん!
 上手く話題を切り替えられた。
 そして馬よ、お前まで魔法使える事にドヤ顔かよ。

「うわー! はやいはやい!」
「速いのは良いのですが、流石に怖いです」
「そうじゃのう。何かに捕まっていないと危ないのじゃ」

 砂煙を巻き上げて、街道を一台の馬車が爆走しています。
 もう魔法を使う事を隠す必要が無くなった為か、馬が風魔法で速度強化し全速力で突っ走ります。
 道行く人も爆走する馬車に目が点になっています。
 ミケは速いことに大喜びだが、他の人は流石に怖くなっている模様。

「うー、揺れが酷い……、気持ち悪い……」
「ほら、マリリさん。街までもう少しですから」
「念の為、袋を用意します」
「ありがとうございますわ。サトーさん」

 馬車の揺れも酷くなり、マリリさんがグロッキー状態に。
 リンさんがもう少しで街まで着くと言っているが、正直持たなそう。
 とりあえずエチケット袋を用意しておこう。

「あ、もうすぐ街だね! あれ? 豚みたいなのがいっぱいいるよ?」
「ミケよ、よく分かったのだぞ。城壁にオークがたくさんいるのだぞ」
「まあ、何ですって?」

 城壁が見え始めた辺りでミケが何かを見つけたが、シルが言うには何とオークの集団が城壁を襲っていると言う事。
 流石にリンさんも城壁の様子に不安だ。

「お馬さん、もう少し速く走れる?」
「おいミケこれ以上は……」
「「ヒヒーン!」」
「うわー! さらに速くなった!」
「ミケ! お前なんて余計なことを!」

 こっちの気持ちはいざ知らず、ミケにもっと速く走るように頼まれた馬はさらにやる気を出し、街道を韋駄天の如くかけていく。
 馬車の振動もさらに激しくなった。
 ああ、マリリさんがとうとう袋に手を出した……

 所変わって、ここはバスク領の城壁。

「ブモー!」
「くそう、オークの数が多い!」
「上位種はいないが、こう数が多いと時間がかかる」
「守備隊長! 街道を物凄い勢いで走ってくる物があります」
「なんでこんな時に! 何の魔物だ?」
「今確認します……、馬です! 馬車がすごい速さでこちらに向かっています」
「はあ!? 馬車だと? あの土煙は魔物ではないのか!」
「いえ、確かに馬車です。馬車がこちらに向かって来ています」
「おい、オークもそうだがあの馬車も要警戒だ!」
「「はい!」」

 爆走する馬車が近づいていることに、城壁の守備兵は混乱しています。
 正直、オークよりも怖いものかもしれませんね。

「はやいはやい!」
「速いのはいいが、この馬車止まれるのか?」
「それはわからないですね……。オリガさん、オリガさん?」
「……ふへへ……」
「あー! オリガお姉ちゃん固まっている!」
「「え!」」

 あまりの速さに御者を務めていたオリガさんがフリーズしている!
 どうやってこの暴走馬車を止めるんだよ。
 もう城壁だぞ、みんな絶望的な感じで顔が真っ青だよ。

「「ヒヒーン」」
「あ、止まったよ!」
「「よかった……」」
「……へへへ……」

 馬はこちらを嘲笑う様に、簡単に馬車を停車させた。
 ミケは止まったことに喜んでいるが、こっちは心臓が止まるかと思ったわ!
 ちなみにオリガさんは、まだ固まったまま。

「お兄ちゃん、ブタ倒してくるね!」
「ふむ、我も久々に戦うのだぞ」
「「ヒヒーン」」
「ダメだ、膝が笑って歩けない。ああ、馬が勝手に馬具を外してオークの群れへ……」
「動ける様になるにはもう少しかかるかのう」
「ダメです、動けません」
「私もダメですわ」
「私も動けないよー」
「……ふへへ……」
「……気持ち悪い……」

 ミケは元気よく馬車から飛び出し、シルもその後に続く。
 馬も馬具を外してミケとシルと共にオークの群れへ。
 ビアンカ殿下にリーフを含む大人は死屍累々って感じで動けません。
 オリガさんは馬のいない手綱を握ってまだ動かないし、マリリさんも顔に袋を当てたまま動いていない。

「暴走馬車が止まったぞ」
「中から猫耳の嬢ちゃんと大きなオオカミがオークの群れに」
「馬まで一緒に向かっているぞ」
「すげー、あっという間にオークが蹂躙されている……」
「あんなに小さいのに、あんなデカいハンマーを振り回すなんて。あの嬢ちゃんは何者だ?」
「あの白いオオカミもとんでもなく強いぞ」
「馬が魔法を使っている。一体どうなっているんだ?」
「おい、あの暴走馬車の手綱を持っているのはオリガ殿では?」
「あ、間違いない。オリガ殿だ。でも何で馬のいない手綱を持ったまま動かないんだ?」

 うん、守備兵の人が大声で戦況を伝えてくれるから何となく状況はわかります。
 オリガさんが御者席から動かないのもわかります。
 でもこっちもまだ動けないので、もう少しお待ちくださいませ。
 あ、オークはもうすぐ全滅だと思うので心配ないですよ。
 あとスラタロウ達、いい加減起きなさい。