「うーん、今日はいつもと比べても治療を受けたい人が多すぎるわね。炊き出しにくる人も多いし、何かあったのかしら? 普段は一時間もあれば終わるのですが……」
「そうですね。痩せている人も多いし、ちょっとおかしいです」
「お母様。疲れたよ……」
マリー様も疑問に思うほどの人の多さだ。
治療していて思ったのが、服装がボロボロの人も多いし痩せている人も多い。
この街は治安もいいので、そこまでスラムの人が多いわけではないそうだ。
サリー様も治療続きで疲労困憊だ。このままでは良くない。
「一旦休憩にしましょう。炊き出しの鍋もなくなりそうだし、食材の補充が必要だわ。それにサリーもサトーさんも休憩が必要です」
「そうですね、お昼で時間的にもちょうどいいですし、一旦仕切り直ししましょう」
マリー様の発案で、一旦休憩を取ることに。
炊き出しの準備もしないといけないし。
多分またスラタロウ無双になるんだろうな……
「お兄ちゃん、ただいま!」
「「「シスター、ただいま!」」」
と、そこに薬草取りに行っていたミケ達と孤児院の子どもたちが教会に戻ってきた。
みんなたくさん薬草が取れたのか、ホクホク顔だ。
さらに森に行くときにはいなかった魔物が何匹か一緒にいるような。
「ミケ、おかえり。たくさん薬草は取れた?」
「うん! いっぱい取れたよ! 昨日よりもいっぱい!」
「そ、そうか。それはよかったな」
昨日よりも大量に薬草取ったのか。
ギルドの人も計算が大変そうだ。
それでも次々と生えてくる薬草ってのは不思議だ。
孤児院の子どもも、一生懸命に採取結果をシスター達に報告していた。
最初は子どもの報告をニコニコ顔で聞いていたシスター達だが、大量の採取量を聞いて笑顔が引き攣っていた。
そして気になることがもう一つ。
「ミケ。この魔物はどうしたんだ?」
「仲間になった!」
「仲間になった? こんなにたくさん?」
「うん、そうだよ! みんな薬草取りしていたら出てきたの!」
こんなに多くの魔物が自分から出てきたのかよ!
ざっと見渡すと……
ミケの頭の上や子ども達に抱えられている、ゴールデンハムスターみたいなのが三匹。
ルキアさんとオリガさん、それに子ども達の周りを飛んでいるカラフルな小鳥が五羽。
子ども達の手の上にシルクスパイダーが二匹。これは普通の色だ。
マリリさんは赤っぽいスライムを抱きしめている。
そして極め付けが……
「うん? なあに? 私は食事で忙しいの!」
羽が生えていて空を飛んでいる。
残り少なくなった炊き出しの鍋を食べているのは、どう見ても妖精だった。
手のひらサイズで見た目は女の子っぽいのに、お腹空いているのかがっついて食べているよ。
「ミケ、この鍋を食べているのは?」
「リーフだよ! 妖精さんだよ!」
「妖精ね……。あっさり確定したよ……」
「ふう、ご馳走様。あなたがサトーか?」
「そうだよ」
「ミケから話は聞いているわ、私はリーフ。ふーん、確かに不思議な感じがするね」
「それよりリーフよ、人間について行ってもいいのか?」
「問題ないわ。族長の許可も取ったし」
「あのねお兄ちゃん。お髭の妖精さんも来て、ミケ達ならリーフも一緒に来ていいって!」
あ、はい。既に妖精の族長の許可も得ているのね。
なら何も言えませんな。
「シル、ビアンカ殿下、ルキアさん。一体森で何があったんだ?」
とりあえず話が分かりそうな方に聞いてみた。
とてもじゃないけど、ミケに聞いても状況がわからない。
「うむ、最初に薬草取りに行っていた時と同じ状況だぞ。いくつかのグループに分かれて採取していたのだが、突然森の中からシルクスパイダーがミケの所にきたのだぞ」
「そうしたらあれよあれよという間に魔物が集まってきてのう、あっという間にあの状況じゃ。ミケと子ども達ははしゃいでおったのう。極め付けがあの妖精じゃな。妖精が現れた時は流石に妾も驚いたのじゃ」
「しかもあの妖精だけでなく何体も……。結局ミケさんのところに行くのに『じゃんけん』で決めていました。きっと純粋な心を持った子どもも多かったので、悪意のない魔物が寄ってきたのでしょう」
おお、お三方ともため息をつきながら話してくれたぞ。そりゃ子どもは喜びなのだが、周りから見ている人はびっくりだろうなあ。
「ちなみに一番はしゃいでいたのはマリリだぞ。珍しいレッドスライムを仲間に出来た時は、子どもに混じって大はしゃぎだったぞ」
シルが補足してくれたが、それはマリリさんの様子を見れば何となくわかる。
以前もスラタロウを飼いたいと言っていたし、今もスライムを抱いて笑顔がとろけている。
良く見ると、子ども達も一生懸命にシスター達に魔物の事を話ししている。
シスター達は、こんなに多くの魔物が仲間になった事に驚いている。
「ミケの頭に乗っているのがフォレストラット。通常は子ども達が持っている茶色だが、ミケの頭に乗っているのは真っ白だから変異種だぞ。ルキアの肩に止まっているのがハミングバードで、羽毛の色で魔法の属性がわかるぞ。今回のシルクスパイダーはタラと違い普通種だぞ」
何となくミケの頭の上に乗っているネズミの毛色が違うので、変異種だということはわかっていた。けどこの鳥は羽毛で魔法の属性が違うのか。それは面白い。
「ルキアさんのハミングバードはなんて名前付けたんですか?」
「この子ですか? 羽毛が赤いのでヤキトリって名前にしました」
「ピー」
Oh、ルキアさん。それは鳥につける名前とは違うのでは……
そしてヤキトリよ、お前も元気よく鳴きながら返事するな。
「ミケもそのネズミに名前はつけた?」
「まだ考え中。うーんと、ハ○太郎!」
「却下だ却下。別の名前にしなさい」
「えー、じゃあピカ○ュウ」
「もっとダメだ! 色々な人に怒られる」
「えー、別世界だからいいじゃん。じゃあ、白だからホワイトで」
「最初っからそういう名前にしなさいな……」
どうしてミケは毎回攻めた名前にしたがるのだろうか……
と、ミケの所にマリー様とサリー様が来たみたいだ。
「ミケちゃんいいなあ。新しい仲間が増えて」
「そういえばサリーお姉ちゃんの鳥さんは?」
「まだ雛鳥だから、もう少し大きくならないと仲間にならないんだって」
「そうなんだ。早く大きくなるといいね!」
あの時サリー様が助けたのはまだ雛鳥だし、せめて飛べる位にならないと従魔登録も難しそうだな。
そしてこちらに来たマリー様は、少し深刻そうな顔をしていた。
「ビアンカ殿下、サトー様、ルキアさん。今並んでいる人の事で相談があります」
「何でしょうか?」
「実は今並んでいる人はブルーノ侯爵領から逃げてきた人みたいなんです。大体三百人位だそうです」
「三百人もか! うーむ、それは一大事じゃのう。村一つの人ではないぞ」
「はい、復興費の横領の話が出ていますが、どうも他にも暮らしていけないという事で次々に逃げている人がいるそうです」
「実家の事なので、逃げてきた人に申し訳がないです……。そんなに酷いとは」
「ルキアさんが気に止むことはありませんよ。幸い我が街は食糧も豊富ですし、避難用のテントもありますので雨風はしのげると思います。孤児院もまだ余裕があるので、孤児の受け入れも可能です。現在、夫に連絡して対応してもらっています。念の為、騎士の警備もつくそうです」
「ですが、これ以上人が増えると対応出来ないですね」
「サトー様のおっしゃる通りです。周辺の領とも協力して対応すると共に、大元のブルーノ侯爵領をどうにかしないといけないですね……」
うーん、想像以上に問題が大きくなってきたぞ。
早めにブルーノ侯爵領をどうにかしないといけないな。
「夕方には街の郊外にテント村が完成するそうです。それまでは教会で治療と炊き出しを続ける事になりますね」
「分かりました、休憩も取れましたので俺も治療に戻ります」
「妾も何か手伝うとしよう。やれる事は色々あるはずじゃ」
「私も治療のお手伝いをします。実家の事なので居ても立っても居られないです」
「みなさん、ありがとうございます。孤児院の子どもも戻ったので、人手は増えたと思いますよ」
とりあえず手分けしてやれることをやろう。
ミケにも声をかけないといけないと。
「ミケ、この後なんだけど……」
「お兄ちゃん、ミケお手伝い頑張るよ! サリーお姉ちゃんから色々聞いているよ」
「ミケちゃんにも申し訳ないのですが、人手が足らないので……」
「サリーお姉ちゃん、困った時はお互い様だよ!」
「ミケちゃん、ありがとう!」
ミケは事前にサリー様から話を聞いていたみたいだな。
既にやる気満々だ!
後はリンさん達だが……
「サトーさん、私たちも手伝いますわよ。これも貴族の義務ですわ」
「サトー様、私たちも頑張りますよ」
「私は治療に入ります。タコヤキに良いところを見せないと」
リンさん達も手伝ってくれることに。
でもマリリさんのいうタコヤキってまさか……
「このスライムの事ですわ! 可愛い名前でしょ!」
うん、マリリさんが笑顔だけどノーコメントで。
「スラタロウすごいすごい!」
「ほお、これは見事じゃのう」
「ですね、ここまでの魔法制御は素晴らしいというしかないです」
「おおー!」
「すごいぞ!」
「流石は神様の使いじゃ!」
ふと炊き出しの方を見ると、またしても人だかりが。孤児院の子どもも大喜びだ。
ミケもビアンカ殿下もルキアさんも賞賛している先には、またしても魔法を駆使して炊き出しを調理するスラタロウの姿が。
中には神様の使いと思って、泣いて拝んでいる老人の姿も……
……うん、もう気にしない事にしよう。
という事でみんなで作業分担です。
マリー様とビアンカ殿下は、バルガス様とアルス王子と難民の調整。護衛の騎士もつきます。
炊き出し班に、ミケとリンさんが入る事に。孤児院の子ども達もお手伝いです。
治療班には、経験者のルキアさんをトップに、サリー様とマリリさんとリーフとスラタロウとホワイトとタコヤキが。
実はホワイトとタコヤキの二匹は回復魔法が使えるとの事。しかも中程度までOK。
並んでる人の誘導と警備を、シルとオリガさんと孤児院の子どもたちで行います。
俺とシスターさん達は、それぞれ遊撃部隊で色々な所のヘルプに入ります。
各所の活動も再開です。
「はいどうぞー!」
「熱いのでお気をつけください」
子どもと混ざって、ミケとリンさんの声も聞こえてきます。
炊き出し班も順調に行っているようだ。
中には子どもたちとミケの頭を撫でていく人もいるし、見目麗しい貴族令嬢のリンさんに顔を赤らめている人もいる。
「おお、リンお姉ちゃん。料理もできるんだね!」
「簡単なものだけですわよ。オリガさんとマリリさんには敵いませんわ」
実はリンさん、簡単な調理も出来るみたいで、野菜が少なくなったら補充もしてくれているようだ。
貴族令嬢なので、料理がダメなイメージがあったけど違うんだな。
次は治療班の方へ
全員中程度以上の回復魔法が使えるので、効率がかなり上がっているようだ。
その中でも人気なのが……
「おお、このスライムが噂の神様の使いか」
「すごい、スライムが聖魔法を使うなんて」
「おお、あっという間に骨折が治った」
「こっちの赤いスライムも回復魔法を使うぞ」
「おい、真っ白のネズミもだ。一体どうなっているんだ?」
「妖精様までいるとは……。長生きはするものじゃ」
スラタロウ、タコヤキ、ホワイトにリーフが大活躍。
まあ、普通にスライムとネズミが人の為に回復魔法使うとは思わないよね。
おまけに妖精もいるのだから。
他も女性三人だから、患者の受けは良い。
「はい、どうですか? まだお辛いところはありますか?」
「いいえ、良くなったよ。ありがとうね嬢ちゃん」
「僕、お父さんもお母さんも死んじゃったんだ……」
「そうなのね、まだ小さいのに可愛そう」
「お姉ちゃん、ちょっと苦しいよう」
「「「あの子どもが羨ましい……」」」
「にへへ、頑張るタコヤキが可愛い」
まだ小さい貴族の御令嬢が頑張っている姿に、特に老人は心打たれているみたいだし、ルキアさんは孤児の子どもが来ると、思わず抱きしめてあげている。
おい、そこの男性陣。ルキアさんに抱きしめられている子どもの事を羨ましいとか言わないように。
それとマリリさん。いくらタコヤキが頑張っているからと言って、ニヤニヤしすぎないように。
次は誘導と警備班。
「主人、今の所問題はないぞ。周囲も問題はないし、並んでいるのに怪しい人もいないぞ」
流石はイケメンオオカミのシルだ。そこまで見てくれているなんで。
並んでいる子どもが、たまにシルの頭を撫でたり抱きついたりしている。
「サトーさん、子どもも手伝ってくれているので、誘導も問題ありません。この子も警戒にあたってくれてますし」
オリガさんも俺に声をかけてきた。
子ども達も含めて誘導も大丈夫そうだ。
オリガさんと一緒になった青いハミングバードも空から警戒にあたっている。
「オリガさん、あのハミングバードに名前はつけました?」
「はい、つけましたよ。綺麗な青なのでサファイアってしました」
「おお、良い名前ですね」
「はい!」
綺麗な青の鳥だから、オリガさんも気に入っている名前のようだ。
うん、ヤキトリとかタコヤキに比べるとちゃんとした名前の気がする。
「サトーよ、難民用のテントを運ぶのに手が必要じゃ。こちらを手伝ってくれないかのう」
「分かりました。炊き出しと治療の方は大丈夫です」
「うむ、そのようじゃな」
「流石はサトーさんね。うまくコントロール出来ているわ」
「いえいえ、それぞれの人が頑張ってくれているおかげです」
ちょうど見回りも終わってひと段落したところで、ビアンカ殿下とマリー様より声がかかった。
今日中に難民の人がちゃんと寝られるようにしないと。
「こちらは大丈夫ですわ。気をつけてください」
「お兄ちゃん頑張ってね!」
炊き出し班は、リンさんとミケ。
「治療も大丈夫ですよ」
「サトーお兄ちゃんも気をつけてね」
治療班のルキアさんとサリー様。
「こちらはお任せを」
「主人、我にお任せだぞ」
誘導班のオリガさんとシルにそれぞれ声をかけて、ビアンカ殿下とマリー様と一緒に移動。
テントは街にある大型倉庫にあるという。
「おお、サトー殿。お忙しいところ申し訳ない」
「いえ、ひと段落していましたから」
大型倉庫に着くと、バルガス様が待ち構えていた。
物品管理の役人と一緒に忙しく指示をしている。
「とりあえず入口付近にまとめてあるテントを運んでください。サトー様はアイテムボックスをお持ちなので出来れば鍋やその他の物資も運んで欲しいのです」
「分かりました、頑張ります」
なるほど、アイテムボックス持ちというのもあって俺が指名されたわけか。
テントだけでなく他の物資も出来るだけ持っていこう。
「おお、物凄い。流石はサトー殿だ」
「なんて量を収納できるのか!」
「ふむ、流石サトーだのう。規格外の量が入るのじゃ」
「本当ですわね。アイテムボックス持ちでも、普通はあそこまで入らないものですわね」
「ああ、全くだ。正直サトー殿がいて助かった。この物資の量だと、搬出にも時間がかかる」
おお、なんか今日初めて役に立った気がする。
アイテムボックスに出来るだけの荷物を入れて、バルガス様と別れて急いで倉庫を後にする。
行き先は街の門を出てすぐの原っぱ。
近くには薬草採取の森もある。
「おー、サトーか。早かったな」
「お待たせしました、アルス王子」
「いやいや、全然待っていないぞ。そういえば物資はどうした?」
「はい、出来る限りアイテムボックスに入れてあります」
「……サトーだもんな。だからあの規格外の仲間がいるはずだ」
「お兄様。これがサトーの能力だぞ」
「そうですわね、ミケちゃん達に目が行きがちですけど、サトーさんも十分凄いですわね」
おーい、人を化け物扱いしないで下さい!
さっさと物資を出しますよ!
「サトー、この辺りに物資を出してくれ」
「分かりました」
「こんな量が入るとは……。後は騎士にテントを運ばせる」
アイテムボックスに収納していたテントやその他物資をまとめて出す。
その後、アルス王子の指示を受けた騎士が次々とテントを運んでいく。
うーん、倉庫にあった時も思ったけど、テントはともかく鍋とか包丁とか生活物資が汚れているなあ。
「サトーさん、汚れているのは生活魔法で綺麗にしましょう。綺麗になっている状態を想像すると上手くいきますわよ」
「なるほど、確かに魔法は想像力が大事ですからね。やってみます」
先ずはこの焦げた大きな鍋だ。
綺麗にピカピカになった状態を意識して……
「うん、上手に出来ていますね。流石です」
「ふう、なんとか出来ました。どんどんいきます」
「私は一旦教会に戻りますので続きをお願いしますわ」
「分かりました。お任せ下さい」
俺が大丈夫と判断したようなので、マリー様は一旦教会へ向かうそうだ。
貴族のご婦人なのに忙しく働く姿に、頭が下がります。
避難者が使いやすいように、次々に生活魔法をかけて物資を綺麗にしていく。
「サトーよ、だいぶ綺麗になったのう」
「ビアンカ殿下、ちょうどこの一つで最後です」
「うむ、終わったなら妾に知恵を貸してくれないかのう」
大体の物資を生活魔法で綺麗にしたところで、ビアンカ殿下に声をかけられた。
うん、これだけ頑張れば生活魔法の良い練習になったな。
ビアンカ殿下に連れられてきた所は、テントよりもちょっと外れ。
「お兄様に確認し、ここにトイレなどの施設を作るようになったのじゃ。疫病も発生しないように綺麗なものを作らんとな」
「なるほど、公衆衛生は大事ですね」
「うむ」
流石ビアンカ殿下。わずか八歳で公衆衛生の重要さがわかるとは。
これは真剣に考えないといけないなあ。
「例えば地下深くに穴を掘り、その上に便器を設置する。この方法が取れれば一番安全です」
「うむ、それは妾も考えた。だがどの様な形にするか悩んでおる」
「ではこういう形はどうでしょうか?」
地面に簡単な図を書く。
便器は洋式便器の様な形で、地面深く掘られた穴に用便が落ちる仕組みだ。
周りは上手く布とか使用して衝立でもできれば見えないはずだ。
「ふむ、この様な形であれば実現は可能じゃな」
「そうですね、後は何とか土魔法で出来ればと」
「そうじゃな、試してみるか」
ビアンカ殿下は土魔法を応用して、先ずは地面に深い穴を掘った。
そしてアースシールドを応用して便器を作成する。
何回か試行錯誤しながら、試作品第一号が完成。
「ふう、こんなものか」
「そうですね、便器の強度も十分です。座る所は木でも問題ないですし」
「うむ、なかなか難しいが妾も良い魔法の訓練になるのじゃ」
なかなかの出来に、ビアンカ殿下も嬉しそうだ。
と、そこにアルス王子がやってきた。
「ビアンカにサトーか、なかなかに面白い事をやっているな」
「お兄様、これは難民用のトイレじゃ」
「ああ、後から見ていた。これはよく出来たものだ。土魔法があれば誰でも出来るし衛生的だ。壊す事も簡単だ」
「うむ、慣れれば時間もかからずに出来るのじゃ」
「そこも重要なポイントだ。これは是非軍にも採用したい。ビアンカにサトーよ、土魔法が使える騎士をつけるから作り方を教えてやってくれ」
「うむ、妾に任せよ」
「改良はいくらでも出来るが、アイディアが重要だ。流石はサトーだ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
アルス王子はこのトイレを絶賛している。
騎士をつけてくれたので、一緒にトイレ作成を行うことに。
騎士もトイレを絶賛していて、一生懸命に覚えてくれた。
それにしてもこのトイレを見ただけで他の使用方法を思いつくとは、流石はアルス王子といったとこだ。
「お兄ちゃん来たよ!」
トイレ作りもひと段落したところで、ミケの声が聞こえた。
よく見るとリンさんやシルとかに護衛されながら、多くの人がこちらに歩いてきた。
あれが難民の人たちかな?
「ミケ、教会の方は終わったの?」
「うん! 全て終わったよ。難民の人と一緒にこっちにきたの」
「そっか。ミケご苦労様」
「えへへ。あのね片す時もスラタロウが大活躍したの!」
「あー、うん。何となく想像出来るよ」
そっか、教会はスラタロウ無双だったか。
きっと街の人の神様になったんだろうなあ。
「あれ? ビアンカお姉ちゃん。これはなあに?」
「ミケか。これは難民用のトイレじゃ」
「おお、そうなんだ! よく出来ているね」
「これは土魔法で作ったのじゃ」
「おお、凄い凄い!」
ミケは前世の事もあるから、このトイレの事はわかるかもしれない。
単純にビアンカ殿下が魔法で作った事に興奮しているだけかも。
「なるほど、これは冒険の時にも役に立ちますね」
「うーむ、これはなかなか」
「しかしよくこんなアイディアが思いつきますね。流石はサトーさん」
後からきたルキアさんもリンさん達もトイレを絶賛している。
そうか、冒険の時にも役に立つな。特に女の人にとっては、トイレは切実な問題だし。
みんな大絶賛の中、嫉妬の炎を燃やしているのが一匹。
「あれ? スラタロウどうしたの?」
そう、サリー様に抱えられていたスラタロウ。
どうもこんな立派な便器を魔法で作ったことに、嫉妬している様だ。
スラタロウはトイレに近づき色々観察した後、少し離れた所に、同じ様に土魔法で穴を掘り便器を作った。
さらにそれにとどまらず、なんと便器を囲むように小屋まで土魔法で作った。ちゃんと窓も作ってあり、もちろん強度もばっちりだ。
呆気にとられるギャラリーをよそに、今度は調理スペースにきたスラタロウ。
何をするかと思ったら、今度は土魔法を利用して台所を作った。
野菜を切る所だけでなくかまども完備だ。それを何個か作成していく。
続いて大きな水を入れるカメみたいなものを土魔法で作成していく。
作ったものに水魔法で水を入れていく。全く水漏れしていない。
さらに土魔法で食事する為のテーブルと椅子をいくつか作成していく。なんかデザインも凝っている。
最後に台所とテーブルとかが雨で濡れないように、タープみたいなのを土魔法で作った。
この間約十分。
スラタロウはこっちを見てドヤ顔だ。
「一体何が起きて……。ああ、そういうことか。お前ら、あのスライムのやったことは気にするな。まあ台所は参考にしても良いだろう」
アルス王子が何事かと来たが、やったのがスラタロウと分かったので唖然としている騎士に気にするなと言った。
うん、これは流石に規格外だよなあ。
難民の人も騎士の人も含めて、みんなあまりの衝撃に固まっているよ。
「スラタロウすごい凄い!」
「スラタロウって本当に凄いねえ!」
訂正、ミケとサリー様は大はしゃぎしていた。
「そうですね。痩せている人も多いし、ちょっとおかしいです」
「お母様。疲れたよ……」
マリー様も疑問に思うほどの人の多さだ。
治療していて思ったのが、服装がボロボロの人も多いし痩せている人も多い。
この街は治安もいいので、そこまでスラムの人が多いわけではないそうだ。
サリー様も治療続きで疲労困憊だ。このままでは良くない。
「一旦休憩にしましょう。炊き出しの鍋もなくなりそうだし、食材の補充が必要だわ。それにサリーもサトーさんも休憩が必要です」
「そうですね、お昼で時間的にもちょうどいいですし、一旦仕切り直ししましょう」
マリー様の発案で、一旦休憩を取ることに。
炊き出しの準備もしないといけないし。
多分またスラタロウ無双になるんだろうな……
「お兄ちゃん、ただいま!」
「「「シスター、ただいま!」」」
と、そこに薬草取りに行っていたミケ達と孤児院の子どもたちが教会に戻ってきた。
みんなたくさん薬草が取れたのか、ホクホク顔だ。
さらに森に行くときにはいなかった魔物が何匹か一緒にいるような。
「ミケ、おかえり。たくさん薬草は取れた?」
「うん! いっぱい取れたよ! 昨日よりもいっぱい!」
「そ、そうか。それはよかったな」
昨日よりも大量に薬草取ったのか。
ギルドの人も計算が大変そうだ。
それでも次々と生えてくる薬草ってのは不思議だ。
孤児院の子どもも、一生懸命に採取結果をシスター達に報告していた。
最初は子どもの報告をニコニコ顔で聞いていたシスター達だが、大量の採取量を聞いて笑顔が引き攣っていた。
そして気になることがもう一つ。
「ミケ。この魔物はどうしたんだ?」
「仲間になった!」
「仲間になった? こんなにたくさん?」
「うん、そうだよ! みんな薬草取りしていたら出てきたの!」
こんなに多くの魔物が自分から出てきたのかよ!
ざっと見渡すと……
ミケの頭の上や子ども達に抱えられている、ゴールデンハムスターみたいなのが三匹。
ルキアさんとオリガさん、それに子ども達の周りを飛んでいるカラフルな小鳥が五羽。
子ども達の手の上にシルクスパイダーが二匹。これは普通の色だ。
マリリさんは赤っぽいスライムを抱きしめている。
そして極め付けが……
「うん? なあに? 私は食事で忙しいの!」
羽が生えていて空を飛んでいる。
残り少なくなった炊き出しの鍋を食べているのは、どう見ても妖精だった。
手のひらサイズで見た目は女の子っぽいのに、お腹空いているのかがっついて食べているよ。
「ミケ、この鍋を食べているのは?」
「リーフだよ! 妖精さんだよ!」
「妖精ね……。あっさり確定したよ……」
「ふう、ご馳走様。あなたがサトーか?」
「そうだよ」
「ミケから話は聞いているわ、私はリーフ。ふーん、確かに不思議な感じがするね」
「それよりリーフよ、人間について行ってもいいのか?」
「問題ないわ。族長の許可も取ったし」
「あのねお兄ちゃん。お髭の妖精さんも来て、ミケ達ならリーフも一緒に来ていいって!」
あ、はい。既に妖精の族長の許可も得ているのね。
なら何も言えませんな。
「シル、ビアンカ殿下、ルキアさん。一体森で何があったんだ?」
とりあえず話が分かりそうな方に聞いてみた。
とてもじゃないけど、ミケに聞いても状況がわからない。
「うむ、最初に薬草取りに行っていた時と同じ状況だぞ。いくつかのグループに分かれて採取していたのだが、突然森の中からシルクスパイダーがミケの所にきたのだぞ」
「そうしたらあれよあれよという間に魔物が集まってきてのう、あっという間にあの状況じゃ。ミケと子ども達ははしゃいでおったのう。極め付けがあの妖精じゃな。妖精が現れた時は流石に妾も驚いたのじゃ」
「しかもあの妖精だけでなく何体も……。結局ミケさんのところに行くのに『じゃんけん』で決めていました。きっと純粋な心を持った子どもも多かったので、悪意のない魔物が寄ってきたのでしょう」
おお、お三方ともため息をつきながら話してくれたぞ。そりゃ子どもは喜びなのだが、周りから見ている人はびっくりだろうなあ。
「ちなみに一番はしゃいでいたのはマリリだぞ。珍しいレッドスライムを仲間に出来た時は、子どもに混じって大はしゃぎだったぞ」
シルが補足してくれたが、それはマリリさんの様子を見れば何となくわかる。
以前もスラタロウを飼いたいと言っていたし、今もスライムを抱いて笑顔がとろけている。
良く見ると、子ども達も一生懸命にシスター達に魔物の事を話ししている。
シスター達は、こんなに多くの魔物が仲間になった事に驚いている。
「ミケの頭に乗っているのがフォレストラット。通常は子ども達が持っている茶色だが、ミケの頭に乗っているのは真っ白だから変異種だぞ。ルキアの肩に止まっているのがハミングバードで、羽毛の色で魔法の属性がわかるぞ。今回のシルクスパイダーはタラと違い普通種だぞ」
何となくミケの頭の上に乗っているネズミの毛色が違うので、変異種だということはわかっていた。けどこの鳥は羽毛で魔法の属性が違うのか。それは面白い。
「ルキアさんのハミングバードはなんて名前付けたんですか?」
「この子ですか? 羽毛が赤いのでヤキトリって名前にしました」
「ピー」
Oh、ルキアさん。それは鳥につける名前とは違うのでは……
そしてヤキトリよ、お前も元気よく鳴きながら返事するな。
「ミケもそのネズミに名前はつけた?」
「まだ考え中。うーんと、ハ○太郎!」
「却下だ却下。別の名前にしなさい」
「えー、じゃあピカ○ュウ」
「もっとダメだ! 色々な人に怒られる」
「えー、別世界だからいいじゃん。じゃあ、白だからホワイトで」
「最初っからそういう名前にしなさいな……」
どうしてミケは毎回攻めた名前にしたがるのだろうか……
と、ミケの所にマリー様とサリー様が来たみたいだ。
「ミケちゃんいいなあ。新しい仲間が増えて」
「そういえばサリーお姉ちゃんの鳥さんは?」
「まだ雛鳥だから、もう少し大きくならないと仲間にならないんだって」
「そうなんだ。早く大きくなるといいね!」
あの時サリー様が助けたのはまだ雛鳥だし、せめて飛べる位にならないと従魔登録も難しそうだな。
そしてこちらに来たマリー様は、少し深刻そうな顔をしていた。
「ビアンカ殿下、サトー様、ルキアさん。今並んでいる人の事で相談があります」
「何でしょうか?」
「実は今並んでいる人はブルーノ侯爵領から逃げてきた人みたいなんです。大体三百人位だそうです」
「三百人もか! うーむ、それは一大事じゃのう。村一つの人ではないぞ」
「はい、復興費の横領の話が出ていますが、どうも他にも暮らしていけないという事で次々に逃げている人がいるそうです」
「実家の事なので、逃げてきた人に申し訳がないです……。そんなに酷いとは」
「ルキアさんが気に止むことはありませんよ。幸い我が街は食糧も豊富ですし、避難用のテントもありますので雨風はしのげると思います。孤児院もまだ余裕があるので、孤児の受け入れも可能です。現在、夫に連絡して対応してもらっています。念の為、騎士の警備もつくそうです」
「ですが、これ以上人が増えると対応出来ないですね」
「サトー様のおっしゃる通りです。周辺の領とも協力して対応すると共に、大元のブルーノ侯爵領をどうにかしないといけないですね……」
うーん、想像以上に問題が大きくなってきたぞ。
早めにブルーノ侯爵領をどうにかしないといけないな。
「夕方には街の郊外にテント村が完成するそうです。それまでは教会で治療と炊き出しを続ける事になりますね」
「分かりました、休憩も取れましたので俺も治療に戻ります」
「妾も何か手伝うとしよう。やれる事は色々あるはずじゃ」
「私も治療のお手伝いをします。実家の事なので居ても立っても居られないです」
「みなさん、ありがとうございます。孤児院の子どもも戻ったので、人手は増えたと思いますよ」
とりあえず手分けしてやれることをやろう。
ミケにも声をかけないといけないと。
「ミケ、この後なんだけど……」
「お兄ちゃん、ミケお手伝い頑張るよ! サリーお姉ちゃんから色々聞いているよ」
「ミケちゃんにも申し訳ないのですが、人手が足らないので……」
「サリーお姉ちゃん、困った時はお互い様だよ!」
「ミケちゃん、ありがとう!」
ミケは事前にサリー様から話を聞いていたみたいだな。
既にやる気満々だ!
後はリンさん達だが……
「サトーさん、私たちも手伝いますわよ。これも貴族の義務ですわ」
「サトー様、私たちも頑張りますよ」
「私は治療に入ります。タコヤキに良いところを見せないと」
リンさん達も手伝ってくれることに。
でもマリリさんのいうタコヤキってまさか……
「このスライムの事ですわ! 可愛い名前でしょ!」
うん、マリリさんが笑顔だけどノーコメントで。
「スラタロウすごいすごい!」
「ほお、これは見事じゃのう」
「ですね、ここまでの魔法制御は素晴らしいというしかないです」
「おおー!」
「すごいぞ!」
「流石は神様の使いじゃ!」
ふと炊き出しの方を見ると、またしても人だかりが。孤児院の子どもも大喜びだ。
ミケもビアンカ殿下もルキアさんも賞賛している先には、またしても魔法を駆使して炊き出しを調理するスラタロウの姿が。
中には神様の使いと思って、泣いて拝んでいる老人の姿も……
……うん、もう気にしない事にしよう。
という事でみんなで作業分担です。
マリー様とビアンカ殿下は、バルガス様とアルス王子と難民の調整。護衛の騎士もつきます。
炊き出し班に、ミケとリンさんが入る事に。孤児院の子ども達もお手伝いです。
治療班には、経験者のルキアさんをトップに、サリー様とマリリさんとリーフとスラタロウとホワイトとタコヤキが。
実はホワイトとタコヤキの二匹は回復魔法が使えるとの事。しかも中程度までOK。
並んでる人の誘導と警備を、シルとオリガさんと孤児院の子どもたちで行います。
俺とシスターさん達は、それぞれ遊撃部隊で色々な所のヘルプに入ります。
各所の活動も再開です。
「はいどうぞー!」
「熱いのでお気をつけください」
子どもと混ざって、ミケとリンさんの声も聞こえてきます。
炊き出し班も順調に行っているようだ。
中には子どもたちとミケの頭を撫でていく人もいるし、見目麗しい貴族令嬢のリンさんに顔を赤らめている人もいる。
「おお、リンお姉ちゃん。料理もできるんだね!」
「簡単なものだけですわよ。オリガさんとマリリさんには敵いませんわ」
実はリンさん、簡単な調理も出来るみたいで、野菜が少なくなったら補充もしてくれているようだ。
貴族令嬢なので、料理がダメなイメージがあったけど違うんだな。
次は治療班の方へ
全員中程度以上の回復魔法が使えるので、効率がかなり上がっているようだ。
その中でも人気なのが……
「おお、このスライムが噂の神様の使いか」
「すごい、スライムが聖魔法を使うなんて」
「おお、あっという間に骨折が治った」
「こっちの赤いスライムも回復魔法を使うぞ」
「おい、真っ白のネズミもだ。一体どうなっているんだ?」
「妖精様までいるとは……。長生きはするものじゃ」
スラタロウ、タコヤキ、ホワイトにリーフが大活躍。
まあ、普通にスライムとネズミが人の為に回復魔法使うとは思わないよね。
おまけに妖精もいるのだから。
他も女性三人だから、患者の受けは良い。
「はい、どうですか? まだお辛いところはありますか?」
「いいえ、良くなったよ。ありがとうね嬢ちゃん」
「僕、お父さんもお母さんも死んじゃったんだ……」
「そうなのね、まだ小さいのに可愛そう」
「お姉ちゃん、ちょっと苦しいよう」
「「「あの子どもが羨ましい……」」」
「にへへ、頑張るタコヤキが可愛い」
まだ小さい貴族の御令嬢が頑張っている姿に、特に老人は心打たれているみたいだし、ルキアさんは孤児の子どもが来ると、思わず抱きしめてあげている。
おい、そこの男性陣。ルキアさんに抱きしめられている子どもの事を羨ましいとか言わないように。
それとマリリさん。いくらタコヤキが頑張っているからと言って、ニヤニヤしすぎないように。
次は誘導と警備班。
「主人、今の所問題はないぞ。周囲も問題はないし、並んでいるのに怪しい人もいないぞ」
流石はイケメンオオカミのシルだ。そこまで見てくれているなんで。
並んでいる子どもが、たまにシルの頭を撫でたり抱きついたりしている。
「サトーさん、子どもも手伝ってくれているので、誘導も問題ありません。この子も警戒にあたってくれてますし」
オリガさんも俺に声をかけてきた。
子ども達も含めて誘導も大丈夫そうだ。
オリガさんと一緒になった青いハミングバードも空から警戒にあたっている。
「オリガさん、あのハミングバードに名前はつけました?」
「はい、つけましたよ。綺麗な青なのでサファイアってしました」
「おお、良い名前ですね」
「はい!」
綺麗な青の鳥だから、オリガさんも気に入っている名前のようだ。
うん、ヤキトリとかタコヤキに比べるとちゃんとした名前の気がする。
「サトーよ、難民用のテントを運ぶのに手が必要じゃ。こちらを手伝ってくれないかのう」
「分かりました。炊き出しと治療の方は大丈夫です」
「うむ、そのようじゃな」
「流石はサトーさんね。うまくコントロール出来ているわ」
「いえいえ、それぞれの人が頑張ってくれているおかげです」
ちょうど見回りも終わってひと段落したところで、ビアンカ殿下とマリー様より声がかかった。
今日中に難民の人がちゃんと寝られるようにしないと。
「こちらは大丈夫ですわ。気をつけてください」
「お兄ちゃん頑張ってね!」
炊き出し班は、リンさんとミケ。
「治療も大丈夫ですよ」
「サトーお兄ちゃんも気をつけてね」
治療班のルキアさんとサリー様。
「こちらはお任せを」
「主人、我にお任せだぞ」
誘導班のオリガさんとシルにそれぞれ声をかけて、ビアンカ殿下とマリー様と一緒に移動。
テントは街にある大型倉庫にあるという。
「おお、サトー殿。お忙しいところ申し訳ない」
「いえ、ひと段落していましたから」
大型倉庫に着くと、バルガス様が待ち構えていた。
物品管理の役人と一緒に忙しく指示をしている。
「とりあえず入口付近にまとめてあるテントを運んでください。サトー様はアイテムボックスをお持ちなので出来れば鍋やその他の物資も運んで欲しいのです」
「分かりました、頑張ります」
なるほど、アイテムボックス持ちというのもあって俺が指名されたわけか。
テントだけでなく他の物資も出来るだけ持っていこう。
「おお、物凄い。流石はサトー殿だ」
「なんて量を収納できるのか!」
「ふむ、流石サトーだのう。規格外の量が入るのじゃ」
「本当ですわね。アイテムボックス持ちでも、普通はあそこまで入らないものですわね」
「ああ、全くだ。正直サトー殿がいて助かった。この物資の量だと、搬出にも時間がかかる」
おお、なんか今日初めて役に立った気がする。
アイテムボックスに出来るだけの荷物を入れて、バルガス様と別れて急いで倉庫を後にする。
行き先は街の門を出てすぐの原っぱ。
近くには薬草採取の森もある。
「おー、サトーか。早かったな」
「お待たせしました、アルス王子」
「いやいや、全然待っていないぞ。そういえば物資はどうした?」
「はい、出来る限りアイテムボックスに入れてあります」
「……サトーだもんな。だからあの規格外の仲間がいるはずだ」
「お兄様。これがサトーの能力だぞ」
「そうですわね、ミケちゃん達に目が行きがちですけど、サトーさんも十分凄いですわね」
おーい、人を化け物扱いしないで下さい!
さっさと物資を出しますよ!
「サトー、この辺りに物資を出してくれ」
「分かりました」
「こんな量が入るとは……。後は騎士にテントを運ばせる」
アイテムボックスに収納していたテントやその他物資をまとめて出す。
その後、アルス王子の指示を受けた騎士が次々とテントを運んでいく。
うーん、倉庫にあった時も思ったけど、テントはともかく鍋とか包丁とか生活物資が汚れているなあ。
「サトーさん、汚れているのは生活魔法で綺麗にしましょう。綺麗になっている状態を想像すると上手くいきますわよ」
「なるほど、確かに魔法は想像力が大事ですからね。やってみます」
先ずはこの焦げた大きな鍋だ。
綺麗にピカピカになった状態を意識して……
「うん、上手に出来ていますね。流石です」
「ふう、なんとか出来ました。どんどんいきます」
「私は一旦教会に戻りますので続きをお願いしますわ」
「分かりました。お任せ下さい」
俺が大丈夫と判断したようなので、マリー様は一旦教会へ向かうそうだ。
貴族のご婦人なのに忙しく働く姿に、頭が下がります。
避難者が使いやすいように、次々に生活魔法をかけて物資を綺麗にしていく。
「サトーよ、だいぶ綺麗になったのう」
「ビアンカ殿下、ちょうどこの一つで最後です」
「うむ、終わったなら妾に知恵を貸してくれないかのう」
大体の物資を生活魔法で綺麗にしたところで、ビアンカ殿下に声をかけられた。
うん、これだけ頑張れば生活魔法の良い練習になったな。
ビアンカ殿下に連れられてきた所は、テントよりもちょっと外れ。
「お兄様に確認し、ここにトイレなどの施設を作るようになったのじゃ。疫病も発生しないように綺麗なものを作らんとな」
「なるほど、公衆衛生は大事ですね」
「うむ」
流石ビアンカ殿下。わずか八歳で公衆衛生の重要さがわかるとは。
これは真剣に考えないといけないなあ。
「例えば地下深くに穴を掘り、その上に便器を設置する。この方法が取れれば一番安全です」
「うむ、それは妾も考えた。だがどの様な形にするか悩んでおる」
「ではこういう形はどうでしょうか?」
地面に簡単な図を書く。
便器は洋式便器の様な形で、地面深く掘られた穴に用便が落ちる仕組みだ。
周りは上手く布とか使用して衝立でもできれば見えないはずだ。
「ふむ、この様な形であれば実現は可能じゃな」
「そうですね、後は何とか土魔法で出来ればと」
「そうじゃな、試してみるか」
ビアンカ殿下は土魔法を応用して、先ずは地面に深い穴を掘った。
そしてアースシールドを応用して便器を作成する。
何回か試行錯誤しながら、試作品第一号が完成。
「ふう、こんなものか」
「そうですね、便器の強度も十分です。座る所は木でも問題ないですし」
「うむ、なかなか難しいが妾も良い魔法の訓練になるのじゃ」
なかなかの出来に、ビアンカ殿下も嬉しそうだ。
と、そこにアルス王子がやってきた。
「ビアンカにサトーか、なかなかに面白い事をやっているな」
「お兄様、これは難民用のトイレじゃ」
「ああ、後から見ていた。これはよく出来たものだ。土魔法があれば誰でも出来るし衛生的だ。壊す事も簡単だ」
「うむ、慣れれば時間もかからずに出来るのじゃ」
「そこも重要なポイントだ。これは是非軍にも採用したい。ビアンカにサトーよ、土魔法が使える騎士をつけるから作り方を教えてやってくれ」
「うむ、妾に任せよ」
「改良はいくらでも出来るが、アイディアが重要だ。流石はサトーだ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
アルス王子はこのトイレを絶賛している。
騎士をつけてくれたので、一緒にトイレ作成を行うことに。
騎士もトイレを絶賛していて、一生懸命に覚えてくれた。
それにしてもこのトイレを見ただけで他の使用方法を思いつくとは、流石はアルス王子といったとこだ。
「お兄ちゃん来たよ!」
トイレ作りもひと段落したところで、ミケの声が聞こえた。
よく見るとリンさんやシルとかに護衛されながら、多くの人がこちらに歩いてきた。
あれが難民の人たちかな?
「ミケ、教会の方は終わったの?」
「うん! 全て終わったよ。難民の人と一緒にこっちにきたの」
「そっか。ミケご苦労様」
「えへへ。あのね片す時もスラタロウが大活躍したの!」
「あー、うん。何となく想像出来るよ」
そっか、教会はスラタロウ無双だったか。
きっと街の人の神様になったんだろうなあ。
「あれ? ビアンカお姉ちゃん。これはなあに?」
「ミケか。これは難民用のトイレじゃ」
「おお、そうなんだ! よく出来ているね」
「これは土魔法で作ったのじゃ」
「おお、凄い凄い!」
ミケは前世の事もあるから、このトイレの事はわかるかもしれない。
単純にビアンカ殿下が魔法で作った事に興奮しているだけかも。
「なるほど、これは冒険の時にも役に立ちますね」
「うーむ、これはなかなか」
「しかしよくこんなアイディアが思いつきますね。流石はサトーさん」
後からきたルキアさんもリンさん達もトイレを絶賛している。
そうか、冒険の時にも役に立つな。特に女の人にとっては、トイレは切実な問題だし。
みんな大絶賛の中、嫉妬の炎を燃やしているのが一匹。
「あれ? スラタロウどうしたの?」
そう、サリー様に抱えられていたスラタロウ。
どうもこんな立派な便器を魔法で作ったことに、嫉妬している様だ。
スラタロウはトイレに近づき色々観察した後、少し離れた所に、同じ様に土魔法で穴を掘り便器を作った。
さらにそれにとどまらず、なんと便器を囲むように小屋まで土魔法で作った。ちゃんと窓も作ってあり、もちろん強度もばっちりだ。
呆気にとられるギャラリーをよそに、今度は調理スペースにきたスラタロウ。
何をするかと思ったら、今度は土魔法を利用して台所を作った。
野菜を切る所だけでなくかまども完備だ。それを何個か作成していく。
続いて大きな水を入れるカメみたいなものを土魔法で作成していく。
作ったものに水魔法で水を入れていく。全く水漏れしていない。
さらに土魔法で食事する為のテーブルと椅子をいくつか作成していく。なんかデザインも凝っている。
最後に台所とテーブルとかが雨で濡れないように、タープみたいなのを土魔法で作った。
この間約十分。
スラタロウはこっちを見てドヤ顔だ。
「一体何が起きて……。ああ、そういうことか。お前ら、あのスライムのやったことは気にするな。まあ台所は参考にしても良いだろう」
アルス王子が何事かと来たが、やったのがスラタロウと分かったので唖然としている騎士に気にするなと言った。
うん、これは流石に規格外だよなあ。
難民の人も騎士の人も含めて、みんなあまりの衝撃に固まっているよ。
「スラタロウすごい凄い!」
「スラタロウって本当に凄いねえ!」
訂正、ミケとサリー様は大はしゃぎしていた。