アルス王子のシスコン具合はさておき、とうとう犯人を追い詰める場面になった。
 前世の刑事物だと、崖の上で犯人が追い詰められる場面になるのかな?
 まあ、そう事はうまくいかないので、勿論要警戒です。

「くそ、なんだよ! 離せよ!」
「これからお前の尋問を開始する」

 アルス王子が高らかに宣言した。
 舞台をお屋敷の裏庭に移し、容疑者を連行しての尋問が開始された。
 尋問に先立って召集されたのが、ビアンカ殿下にアルス王子とバルガス様。
 犯人の拘束に近衛騎士二名とバルガス様の騎士二名。
 ビアンカ殿下の護衛に俺たちとリンさん達とビルゴさん達。
 その他に周りを囲むように、王都からの騎士とバルガス様の騎士が控えている。 
 容疑者は、ビアンカ殿下とバルガス様が王都からバルガス領まで来る間に護衛していた王都の騎士の一人。
 視線や気配からだいぶ前にあたりはつけていたんですけどね。
 後ろ手に縄で拘束され、両端を騎士ががっちり固定している。
 まず逃げること、暴れる事は不可能だ。

「まず、お前の部屋を捜査活動した。その結果この資料が出てきた」
「その資料は!」

 アルス王子が目配りしてビアンカ殿下が一枚の書類を突き出した。
 まず出てきたのは、闇ギルドとのやり取りの資料。
 どこにどのタイミングで誰が行くかがばっちり描かれている。
 これだけでも犯人と断定できる資料となる。

「ただ、闇ギルドには簡単には繋がれない。例え王都の騎士であるお前でもだ。誰か権力のある者が繋がっていて依頼をしないとな」
「ま、待て。それは」

 続いて出てきたのは、貴族と闇ギルドの繋がりのある資料だ。
 今回の犯行の依頼人もばっちりわかってしまう。
 王国に対する反逆と捉えられても仕方ない。

「最後に闇の魔道具に関する資料だ。一度襲撃が失敗した事で、追加で隷属の魔道具を手に入れた様だな」
「くっ」

 闇の魔道具は最初は一つで、その後に追加であの熊を操った魔道具を手に入れた様だ。
 それ程に俺たちの存在が邪魔だった様だ。

「さて、幾つか問おう。最初にゴブリンを使って襲撃することで全てを済ませようとしたな」
「ああ、そうだ」

 なおもアルス王子の尋問が淡々と続く。
 犯人も逃れられないと思ったのか、正直に答えはじめた。

「しかし、そこでサトー達がゴブリンを一蹴した。しかもそのまま護衛や屋敷にまでついていった。お前にとっては想定以外の事態だったのだろうな」
「あんな強さの冒険者はなかなかいないさ。完全に予想外だ。計画を一から練り直す必要があったさ」
「屋敷の警護も厳重になり手を出せない。だからサトー達を冒険者ギルドで妨害し、何か手を打とうとしたんだな」
「いくら強くても所詮は初心者。想定外のトラブルに追い込めばこちらのものと思ったが、考えが甘かったさ。想像以上だったよ」
「そして今日の朝、冒険者ギルドにビアンカとバルガス卿が出かけると知った。これがチャンスと見たんだな」
「どうしてもサトーが邪魔だったから陽動を打ったが。はあ、そこの嬢ちゃんも思った以上だったさ。森に魔物を放って混乱させようともしたが、全くうまくいかねえよ」

 淡々と行われた尋問も大体終わったようだ。
 つまり俺というイレギュラーによって襲撃の芽が全て潰されてしまったのだ。
 容疑者はこっちを睨むけど、俺たちだって命懸けだったんだよ。

「さて、普通の人ならここまでの大事に手を出さん。お前は過去に何かあったのか?」

 アルス王子が容疑者に語りかけた。
 確かに裏で糸を引いていた人物がいるとはいえ、一騎士の立場でここまで大事には手を出さないはずだよなあ。

「ふざけるな! 俺の村はお前ら王家に潰されたんだ!」
「村だと?」
「そうだ! ブルの村だ! 大雨の災害に襲われたな」
「ああ、あの村か。確かに災害があったと報告は受けている」
「報告を受けただけだろう! 視察官も来ても何もされず、あの村は復興も出来なくて村人の多くが死んだんだ! 俺の両親もな!」
「それはない。復興資金も資材も侯爵領に送っている。受け取りも復興済みの侯爵のサインもあるぞ」
「そんな馬鹿な!」
「間違いない。つい先日大臣会議でも報告された。全て復興済みと侯爵の口からな」
「そんな……、馬鹿な……」

 容疑者はガックリと項垂れていて、何やらぶつぶつ言っている。
 これはどう見ても復興費用の横領に虚偽報告だな。
 そして王家に不審を抱いている人物を巧みに使ったんだ。
 容疑者もそれを理解してしまったんだ。流石に混乱している。
 その侯爵とやらが裏で色々手をまわしていて、さらに王家に対する反乱の疑惑に闇ギルドとの繋がりもある。
 この問題、相当根が深いぞ。
 他にも同様のケースが出てきて、王家やそれに味方する貴族が襲われる可能性もありそうだ。
 だって脅すこともなく、問答無用で襲撃しているのが証拠だな。

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」

 おや? 容疑者の様子がおかしいぞ?
 ぎゅっと何かを噛み締めたと思ったら、言動がおかしくなってきたぞ。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……。うおー、うーそーだ! うがー!」
「なんだこいつ急に? うわー!」
「抑えきれん!? 何?」

 容疑者が突然奇声を上げたと思ったら、筋肉が盛り上がり後ろ手にしていた縄を引きちぎった。
 拘束していた二人の騎士を軽く吹っ飛ばしている。
 立ち上がったその姿は、目は血走っていて大きく開かれ、口は牙が生えよだれを垂らしていて呼吸も荒い。
 筋肉は盛り上がり上半身の服は破れ、体が二回り以上大きくなっている。
 見た目は人に似た魔物の様だ。
 さっき何かを噛み締めた際に、薬を飲んだのか?

「ふうふうふう。うがー!」
「なんだ? 衝撃波か?」
「うわー」

 突然叫んだと思ったら、容疑者を中心に強烈な衝撃波は発生し、人によっては吹っ飛ばされている。
 俺も踏ん張るので精一杯だ。
 容疑者が懐をゴソゴソして何かを取り出した。あれは雛鳥? 隷属の首輪をつけられているぞ。

「うがー!」
「ピィー!」
「ぎゃー!」
「うぎゃー!」

 まずい、容疑者の化け物があの鳥を上に掲げたら、強力なエリアスタンが発生した。
 あれが奴の本当の切り札か?
 雛鳥は無理をしたのか、プスプスと焦げている。
 容疑者はそれをポイと興味なさそうに放り投げた。
 あたり一面はエリアスタンで痺れた騎士と冒険者。
 勿論俺も痺れて動けない。
 まずいぞ。

「ふふふ、ははは、あはははは!」

 容疑者はよだれを垂らしながらゆっくりこちらに歩いてきている。
 ビアンカ殿下を標的にしている様だ。
 まずい、まだ動けない。

「あはは、ははは、あははは! はあ!」

 容疑者がビアンカ殿下に拳を振り下ろした。
 だめだ、体が動かない。

 ガキン。

「うが?」
「ふう、どうやら雷属性を持っていると、エリアスタンの効果は低い様じゃな」

 おお、ビアンカ殿下がアースシールドで拳を受け止めたぞ。
 同じ雷属性を持っていると、効果が薄いんだ。

「ここには妾の他にも雷属性を持っておる者がいるのでな。行け! スラタロウ!」
「うがー!」

 ビアンカ殿下の声に応えてスラタロウが容疑者に突進した。
 ちょうど鳩尾に入ったのか、嘔吐をしながら後ろに転がっている。
 スラタロウは土系の硬化の魔法で体を固くし、風系の瞬足で一気に突っ込んだみたいだ。

「がるるる、おがあ!」
「させぬよ。フランソワ、糸であの鳥をこっちに!」
「うが?」
「こんなもので我らを服従させようとは、呆れるな!」

 容疑者が雛鳥を再度使おうとしたので、ビアンカ殿下がフランソワに糸でこっちに持ってくるように指示し、うまく回収できた雛鳥の隷属の輪っかをシルが破壊した。
 これでもう、エリアスタンは使えないぞ。

「シル、こやつを人のいないところに!」
「任せるのだぞ。お前からはもう魔物の匂いしかしないぞ!」
「うがー!」

 シルが体当たりで容疑者を人のいないところに吹っ飛ばした。
 体当たり自体も強烈で、容疑者は片膝をついて苦しがっている。

「よし、うまく距離が取れたぞ。フランソワ、スラタロウ。トリプルサンダーじゃ!」

 ドーン!

「うがー!」

 周りの人に影響のない所で遠慮がなくなったので、ビアンカ殿下、フランソワ、スラタロウの合体技が炸裂した。
 物凄い衝撃を残し、強烈な稲妻が容疑者を襲う。
 たまらず容疑者は大声をあげて苦しんでいる。

 プスプスプス……、ドーン。
 雷に焼かれて黒焦げになった容疑者が前のめりに大の字で倒れた。

「ふう、やったか?」
「ビアンカ、まだ奴は生きているがもう虫の息だぞ」
「そうか、ならこれで終いじゃな」

 シルが言うにはかろうじて生きているらしいが、瀕死の状態だろう。
 でももう動けない様だし、ビアンカ殿下の言う通りこれでお終いだろう。

「あやつも被害者じゃ。いつも民が割を食う。あやつの両親にも申し訳がない」

 ポツリと漏らしたビアンカ殿下の一言が印象的だった。