「ビアンカ殿下、この屋敷はもう人は住めないですよね」
「大量虐殺もそうじゃが、壁や柱やらも壊れておる。倒壊の危険性があるのう」
「ですよね……」

 獣人部隊の人を見送った後、改めて襲撃のあった領主邸を見ていた。
 強引に魔法も使って押し入ったのか、そこら中がボロボロになっている。
 生存者と犠牲者の運び出しは終わったし、その後に領主邸を生活魔法と聖魔法で念入りに浄化したけど、そもそもの屋敷としての耐久性が落ちている。
 これを補修するなら立て直した方がましだな。

「ビアンカ殿下、仮の安置所も必要ですよね」
「直ぐに安置所を作るか。市民にも犠牲者がいるという。葬儀が終わるまで、遺体は水魔法の冷凍を使って冷凍保存じゃな」
「そうですね、野ざらしにしておくのも気が引けますし」
「襲撃犯は屋敷で良いじゃろう。屋敷が崩れようが知ったことか」

 襲撃犯は死のうが関係者ないけど、犠牲者をこのままにしておくのは気が引ける。
 辛いところ申し訳ないけど、ヘレーネ様に確認しよう。
 ヘレーネ様は、エステル殿下と何か話をしていた。
 顔色が良くなった所を見ると、少しは調子が戻ったようだ。

「ヘレーネ様、少しよろしいですか?」
「はい、良いですよ。そういえばお名前を伺っていませんでしたね」
「それは失礼しました。サトーと申します。ライズの姓と子爵位を承っております」
「え? 貴族様でしたか? 冒険者の格好をしてたので、平民の方かと」
「実は叙爵されたのは昨日なのです。だからこちらも慣れていませんので」
「はぁ、そうですか」

 まあ俺は根っからの庶民だから、急に貴族になっても何していいかわからないよな。
 不思議そうに首を傾げているヘレーネ様が、ちょっと面白い。

「あっ、失礼しました。どのような案件ですか?」
「すみません、いくつかあります。まずはお屋敷の耐久性が落ちてますので、いつ崩れてもおかしくありません。ヘレーネ様やノア様の分も含めて、お庭にテントや天幕を準備したいのですがよろしいですか?」
「私達の分まで申し訳ありません。宜しくお願いします」
「ありがとうございます。もう一点は犠牲者の事です。現在遺体が置かれている場所に仮の安置所を作成してもよろしいですか? あとビアンカ殿下が土魔法で仮の棺を作成して遺体を冷凍保存するといっております」
「わざわざ気を使って頂きありがとうございます。是非宜しくお願いします」

 ヘレーネ様のオッケーが出たので、手分けして作業を行おうっと思ったら、森に行っていたミケたちがこちらに来たようだ。
 たが皆血まみれで非常に怖い。
 シルなんか、白い毛並みが真っ赤だぞ。

「お兄ちゃんただいま!」
「おかえりミケ、だけどまた返り血で汚れているよ」
「えへへ、一杯魔物をやっつけたからね!」

 汚れているメンツを生活魔法で綺麗にしてやった。
 本当に毎回よく汚してくるなあ。

「リンさんもお疲れ様です」
「騎士の人が多めにきたから、こちらにくることができました」
「それは良かった」

 リンさんは俺の横をチラチラと見ていた。あっ、そういえばヘレーネ様はリンさんとも同級生だったな。
 待機して欲しいと無理を言って悪かったなあ。
 エステル殿下がリンさんを手招きして事情を説明した。
 リンさんとヘレーネ様は、お互いに抱き合っている。
 リンさんは涙を流しているな。
 あちらは暫くそっとしておこう。

「ミケと馬は、帰ってきたところ悪いがお仕事だ。人神教会とワース商会に悪い人がたくさんいるから、現地にいるオリガさん達と協力して連れてきてね」
「えー、そんなに悪い人がたくさんいるの? ミケ許せないなあ」
「「ヒヒーン」」
「あと、普通の教会でホワイトが一匹でずっと街の人の治療しているから、タラちゃんとタコヤキを連れて行って」
「分かった!」
「「ヒヒーン」」

 馬にそれぞれ馬車を取り付けて、ミケとタラちゃんとタコヤキを乗せて出発した。
 少し離れた所では、ビアンカ殿下とスラタロウがもう安置所を作り終えて、棺作成と冷凍保存の作業に取り掛かっている。あっちは任せておこう。

 さて、リンさん達が連れてきたこのバカ当主達はどうしようか? 
 ポチやフランソワにぐるぐる巻にされているから、逃げられるはずもない。
 猿轡もしているので、フガフガ何か言っているけど全く分からない。
 とりあえず拘束した人に聞いてみるか。
 どうやらヘレーネ様との抱擁も解かれたみたいだし。

「リンさん、こいつらはどうしますか?」
「ポチとフランソワを監視につけるから、そこに放置でいいですよ」
「じゃあ、従者は屋敷に移してもらいます。テントや天幕を準備するので、もし良かったら手伝ってください」

 騎士の人に従者は屋敷内に一緒に監視してもらい、バカ当主三人組はポチとフランソワの監視をつけながら放置しておく。
 相変わらずフガフガ言っているが、全く分からない。
 お腹でも空いているのかな?

 エステル殿下にも手伝ってもらいながら、寝る場所の準備を行う。
 テントを何種類か用意して、生存者のメイドさんもテントに寝かせる。
 ちなみにノア様はミルク飲んでお腹一杯になったのか、マリリさんに抱かれながらすやすやと寝ている。

「サトーよ、こちらは終わったぞ」
「早いですね。流石はビアンカ殿下にスラタロウ」
「ここのところ、防壁作りでずっと土魔法を使っておったからのう。このくらいなら朝飯前じゃ」
 
 あっという間に安置所と棺を作り終えたビアンカ殿下に、ちょっと得意げなスラタロウと話をしていた時に、不意に空から一頭の飛龍が庭に舞い降りた。
 あれはアルス王子の所の飛龍だな。
 ヘレーネ様はエステル殿下とリンさんから説明を聞いているので、援軍が来たことに逆に安心している様だ。
 ノア様は、飛龍が到着した衝撃でも起きることなくすやすや寝ている。ある意味大物だ。
 一番慌てているのは、バカ当主三人組。

「「「フガー! フガー!」」」

 フガフガ言ってよくわからないが、どうやら飛龍に食べられると勘違いしているらしい。
 縛られて動けないから、ゴロゴロ転がっているだけだ。
 そして飛龍の背中から、国境にいるはずの子ども達が飛び降りてきた。

「「お兄ちゃん!」」
「パパ!」
「ララ達じゃないか。どうしたの」
「おじちゃんに連れてきてもらったの」

 抱きついてきた子ども達の中から、レイアが代表して答えてくれた。
 飛龍の背中から、ミミを抱っこした軍務卿が降りてきた。
 軍務卿はバカ当主三人組を睨みつけたあと、こちらに歩いてきた。
 
「ビアンカ殿下にサトーよ。大変な役目をこなしてくれて、軍として感謝する」
「今回はどちらかというと精神的に疲れたのじゃ」
「全く同感ですね」
「報告を聞いているから大体は知っているが、聞くと見るとではまた違うな」

 軍務卿はボロボロになった屋敷と、犠牲者の安置所を悲しそうな目で見つめていた。
 そこに馬車に乗ったオリガさんが到着した。

「軍務卿、ビアンカ殿下、サトー様、ギース伯爵夫妻のご遺体をお運びいたしました」
「そうか、辛い任務ご苦労だったな」

 ギース伯爵領の騎士によって、馬車から担架に載せられた夫妻の遺体が運ばれた。
 夫妻の遺体は手足が折れていて、特に伯爵の顔は何度も殴られたのか腫れ上がっていた。
 軍務卿もビアンカ殿下も、あまりの凄惨さに顔をしかめていた。
 俺も正直見るに堪えない。
 エステル殿下とリンさんに付き添われてヘレーネ様もこちらにきたが、夫妻の遺体を見た瞬間再び泣き崩れた。

「お父様……お母様、こんなの酷すぎます」
「ヘレーネ……」

 エステル殿下が、ヘレーネ様の肩を後ろから抱いて慰める。
 ヘレーネ様は、両親の変わり果てた顔を何度もさすっていた。
 ふと軍務卿が立ち上がり、バカ当主三人組の所に向かった。
 そして足を持ってこちらに引きずってきた。
 バカ当主は引きずられて痛いのかフガフガ何か言っているが、この場にいる全員気にしていない。
 軍務卿はバカ当主三人組を夫妻の遺体の前に置き、鬼の形相で叫んだ。

「お前らのしでかした結果がこうだ! 何が人神教だ? お前らは王国の貴族だろうが。民を苦しめ他領を侵攻するとは一体何事だ!」
「「「……」」」

 バカ当主三人組は、なおも首を反らして遺体を見ようとしない。
 軍務卿が無理やり頭を抑えて見せつけても、視線をそらす有様だ。
 俺はそんなバカ当主三人組の態度にため息をつきつつ、軍務卿に処遇を確認した。

「軍務卿、こいつらはどうしますか?」
「明日朝に王都から飛龍部隊がここにくる。それまでは安置所がお似合いだろう」
「わかりました、確かに罪を実感するにはちょうど良いですね」

 騎士によって安置所に連れて行かれるバカ当主三人組。
 未だにジタバタしているが、問答無用で連れて行かれた。
 その間にビアンカ殿下とスラタロウが棺をちゃちゃっとつくり、夫妻の遺体を安置した。
 冷凍保存の処理を終えた所で、ヘレーネ様が花を摘み夫妻の胸の所に置いた。
 夫妻の遺体は、あえてバカ当主三人組の目の前に置かれるといる。
 その間に馬車が到着し、次々と襲撃犯が屋敷に運ばれていく。
 襲撃犯対応はこの辺で一段落だ。

「お兄ちゃん、ミケお姉ちゃんは?」
「悪人を運んだり、教会で怪我した人の手当をしているよ」
「リリもお手伝いする」
「レイアも」

 子ども達も手伝いするというので、オリガさんの馬車に乗って教会に向かった。
 ミミは軍務卿を連れて夫妻の遺体が運び込まれたタイミングで、安置所内を聖魔法で浄化した。
 三バカ当主の目の前で。

「「「フゴー!」」」

 三バカ当主は自分に魔法を放たれると思ったのか、相当ビビったようだ。
 そしてミミの冷徹なるトドメの一言。

「お前らなんか、飛龍に食べられちゃえばいいんだ」
「「「……」」」

 三バカ当主は、白目を向いて気絶してしまったようだ。
 そんなミミの様子に、軍務卿も思わず苦笑していた。
 飛龍はというと、そんな不味いもの食べませんと困惑の表情だった。