執務室に案内されたチナさん達は、周りの人の雰囲気に完全にのまれていた。
 ちなみにローゼさんとタロー君はだいぶ落ち着いたようで、ソファーに座りながら仲良く手を繋いでいる。

「さて、まずは紹介を。こちらにいる女性がルキアさんです。宿の奥さんを治療した方で、ブルーノ侯爵のご令嬢です。実質的なブルーノ侯爵家の後継者ですね」
「その隣りにいる男性がルキアさんのお父さんで、現ブルーノ侯爵卿になります」
「「「はぁ」」」

 既にこの時点でチナさん達はポカーンとしているが、更にここからトドメがはいる。

「そして、こちらにおられるのがアルス王子殿下。その隣からエステル王女殿下とビアンカ王女殿下。リンさんはご存知ですよね、バスク子爵家ご令嬢です」
「「「えっ、殿下?」」」

 チナさん達は完全にフリーズしていた。
 タロー君は、ポカーンとしているローゼさんと戸惑い顔のルキアさんとを何度も見ていた。

「ちなみに、私はただの一般人のサトーです」
「「「それは嘘です」」」
「えー、なんで俺だけ?」

 チナさん達、何で俺のところだけ突然復活して声が揃っているんですか。
 ルキアさん達も俺のことをクスクス笑ってるぞ。

「妾達は冒険者として活動しておる。こんなドレスはたまたまじゃ」
「そうだね。だから私達の事も気にしなくていいよ。それにドレスは長いスカートが邪魔だから脱ぎたい」
「気持ちは分かります。私も騎士服の方が楽ですし」
「でも、貴族の方に失礼な事をしたら不敬ですので」
「みなさん寛容な方ですから。このくらいでしたら不敬にはなりませんよ」
「そうじゃのう。もし厳しかったら、サトーなどとっくに縛り首じゃ」
「うん、それは否定できません」

 チナさんは特に王族と話するのが畏れ多いみたいだが、この人達なら大丈夫。
 余程の事がない限り、不敬にはならないだろう。

「では改めて。ルキア様、私の伯母の命を助けて頂きありがとうございます」
「いえ、これはブルーノ侯爵家の不手際でもあります。逆に、健康を害する事態になり申し訳ございません。このような事がないように、政に努めてまいりたいと思っております」

 ルキアさん自身に非はないけど、ブルーノ侯爵家の不手際はある。
 お互いに話したことでこの件は大丈夫なのだが、今度はタロー君の件が浮上した。
 これもローゼさんには説明しないといけない。

「ローゼさん。タロー君の様な違法奴隷とされた子どもの事について話しますが、よろしいですか?」
「はい、できる限りの事を知りたいです」
「一部は機密事項ですので全てはお話できません。可能な限りお話します」

 流石に一般の人に、人神教国や国内の貴族主義の件までは話せないな。

「大まかに言いますと、バスク領にも存在していたワース商会が闇の組織と繋がっており、違法な人身売買をしていました」
「違法な人身売買に、タローが巻き込まれたと言うことですか?」
「はい、そうです。実はタロー君の様な子どもがどうして違法奴隷とされたのかを捜査している最中ですが、闇の組織が誘拐をしていた可能性があります。特に希少な種族や獣人の子どもなど、人族以外が狙われていた事は分かっています」

 アルス王子の方を見るとこくりと頷いていたので、このくらいの話でいいだろう。
 ブルーノ侯爵の夫人の話とかは、まだ捜査が終わっていないし話せないな。
 
「先日、関係先の一斉捜査を行い、その際に子ども達を救出しました。関係者は王都に護送済で、現在厳しい取り調べを行っています」
「そうですか。このブルーノ侯爵領で保護された子どもの中に、タローがいたわけなんですね」
「その通りです。ワース商会の書類を元に、この子達の関係者を調べている最中になります」

 バスク領で保護した子どもは殆どは王都にいるし、いずれこの子らも王都にいく可能性は高かっただろう。
 そう考えると、ローゼさんとタロー君が会えたのは奇跡だったのかもしれない。

「ローゼさん、タロー君は見た目は元気ですがまだ治療中となります。ある程度治療が済んでからローゼさんに引き渡しになるかと思います」
「治療に関してはお任せするしかありませんが、こうして無事に会えて居場所が分かっただけでも収穫です」
「いつでも会いにきてくれて構いませんよ。タロー君もその方がいいと思いますし」

 こうして無事に会えたのだから、面会を制限する必要はないだろう。
 後は無事にタロー君が回復する事だ。
 俺が話し終えると、アルス王子が口を開いた。

「この度の違法奴隷の件は、王国としても遺憾である。今は違法奴隷の救出に全力を上げている。事が落ち着き次第になるが、国としても被害者救済に最大限の支援を約束しよう」
「殿下のご厚意に感謝します」

 貴族主義の所に加えて全てのワース商会があるところが調査対象になるので、まだ時間はかかるだろう。
 子ども達には、できる限りの支援をしないといけないだろうな。

「そういえば、これからチナさん達はどうするのですか?」
「暫くは、ブルーノ侯爵領を拠点として活動するつもりです」
「それはありがたいです。こちらも手が足りないので、もし手伝いをお願いする場合は指名依頼にするかもしれません」
「こちらとしても非常に助かります。当面はコマドリ亭に逗留予定です」

 取り敢えず今回の事はこれくらいかな。
 他の人も特に追加の話はなさそうだし。
 と、ここでチナさんからツッコミが入った。

「しかし、サトーさんは本当に貴族の方ではないんですか?」
「いや、普通の一般人ですよ」
「でも、この前の薬草取りの時も殿下とかを指揮してましたし、今も殆ど説明されてました」
「わたしもサトーさんは普通と違う気がします」
「同じく」

 あー、また俺が一般人でない疑惑が浮上しているぞ。
 もうこのネタは終わりにしたい。
 アルス王子やビアンカ殿下もクスクスしていてフォローしてくれないし、適当にやり過ごそう。

「そういえば、マニーお姉ちゃんがこの街には伝説の美女店員がいたと言っていまして、サトーさんに聞けば分かると言ってたのですが何か知ってますか?」
「ノーコメントで」

 おい、マニーさん。あんた余計な事をチナさんに教えたな。
 もう女装は閉店です。金輪際ありません。
 貴族の方々は手で口を押さえて、笑うのを必死にこらえている。

 チナさんはこの後用事があるという事で、お屋敷を後にした。
 道順を覚えたいと言う事なので、歩いて帰るという。
 タロー君は暫く療養が必要なので当分はお屋敷にいるが、これからはいつでも会える。
 タロー君にとっても、お姉さんに会えたのは大きいだろうな。
 さて、俺も仕事に戻ろう。

「アルス王子、そういえば王都のブルーノ侯爵家のお屋敷は捜索したんですか?」
「勿論だ。ここと同時に対応した。まあ、重要なものは殆ど出てこなかった」
「殆ど領地にいたらしいですから。王都の屋敷にはいなかったのでしょう」
「中には王都の屋敷に殆どいて、領地は代官任せという貴族もいるがな」

 じゃあ、あの領主夫人の事は殆ど片付いたんだな。
 進捗次第で、今後はランドルフ伯爵領の件がメインになるだろう。
 ちょっと聞いてみよう。

「アルス王子、ランドルフ伯爵領はどうする予定ですか?」
「影が調査中だが、重要な施設は四ヶ所。領主邸にワース商会に人神教会、それに研究所だ」
「研究所? 何の研究しているのですか?」
「どうも闇ギルドの研究所らしい。それこそ違法薬物や動物実験も行っているそうだ」
「どう考えても、魔獣化とか色々な事に関与していますね」
「そうだ。だから制圧のメインは領主邸と研究所になる。研究所は闇ギルドの激しい抵抗も予想される。そう遠くない時にランドルフ伯爵領への対応が始まるだろう」

 もう少しブルーノ侯爵領の内政が落ち着いたら、一気にランドルフ伯爵領への対応を始めるという。
 その為にも難民の件とかを早めに何とかしないとな。

「ランドルフ伯爵領へは、バスク子爵領とブルーノ侯爵領の二ヶ所から行く事ができる。難民の対応の名目で部隊を派遣し、難民の対応を隠れ蓑にして動く予定だ」
「木を隠すなら森ですね」

 いずれにせよ、今すぐではないのでブルーノ侯爵での作業に注力しよう。
 黙々と書類を処理していく。
 エステル殿下は途中で書類作業に飽きたのか、騎士服に着替えてお屋敷の前の炊き出しの手伝いに行ってしまった。
 
「「「ただいま!」」」
「おっと、お帰り」

 夕方になると、他の人が帰ってきた。
 一番手はララとリリとレイアの三人に、リーフとタコヤキのメンバー。
 お屋敷の前で、炊き出しや治療所をやっていた組だ。
 執務室に入ってきたララとリリとレイアを抱きしめてやると、にへへと笑って頬擦りしてきた。
 
「ちゃんとお手伝いできたか?」
「「「できたよ!」」」

 元気よく答えていたが、ここは保護者にも確認しよう。

「リーフ、この子たちはちゃんとできていた?」
「大丈夫だよー。回復魔法は、サトーよりも断然センスあるねー」

 既にこの子らは、俺より魔法のセンスがあるのは分かっていたよ。
 でも、リーフにそこまで断言されるのはちょっとへこむ。

 そのうちに、ミケとかも炊き出しから帰ってきた。
 ドラコは炊き出しで作ったものをスラムの人に配っていたらしいが、暇を見てスラタロウの作ったのをつまみ食いしていたという。
 いやドラコよ、「スラタロウの料理が美味しい」はわかるが、スラムの人の分までは食べるなよ。

 今日は各所特に問題もなく順調に終わったので、夕食を食べてそのまま就寝に。
 子ども達は日中張り切っていたのか、直ぐに寝てしまった。
 さて、今日も子ども達にベットを占領されたので寝袋で寝ることに。
 明日ルキアさんに相談してみよう。