「母さん、父さん。俺、やっぱり卒業後は写真のことを学べる学校に行きたい」

二者面談があったその日の夜。
俺はソファに座ってテレビを観ている母さんと父さんに声を掛けると、二人は黙ってゆるりと視線だけをこちらに向けた。
目が合っただけでばくんばくんと心臓が暴れ出して逃げ出したい衝動に駆られる。俺は今すごく緊張している。
こうして二人と話すのは3日ぶりだ。なぜなら、3日前に進路のことを話して反対されてから二人とは距離を取っていたから。
あの時は反対されたことがショックで、冷静に考えることができなかったけれど、美桜と話して、ちゃんと俺の考えていることを、俺がどれだけ写真を撮ることが好きなのかを伝えるべきだと思ったのだ。


俺の目を見て何かを悟った母さんがリモコンを手に取って、そっとテレビの電源を落とす。
すると、バラエティー番組の芸人の声で騒がしかった部屋から一気に音が消え、父さんが持っていたお酒の缶をゆっくりとテーブルへと置いた。
コトン、という頼りのない音が酷く静かなリビングに響く。

「……あのね、櫂。あなたの挑戦したい気持ちはわかってるつもりだけど、親としてあなたには安定した人生を歩んでほしいの。この前も言ったけど好きな事で生きていけるほど世の中は甘くないのよ」

母さんがじっと俺の目を見つめながら落ち着いた声で言った。
それは反対された時のように棘のある声ではなかった。
きっと、母さんも父さんもあれから俺の将来のことを色々と考えて、相談してくれていたのかもしれない。
二人が俺のことを心配してくれているのはよくわかっている。
だけど、俺は諦めたくない。できるところまではやってみたいんだ。
母さんの言葉に「……わかってるよ」と小さく呟いてそのまま言葉を続けた。

「父さんと母さんが俺のことを想って言ってくれてるのはわかってる。でも、俺は夢を叶えたいんだ。俺が撮った世界中の写真を色んな人に見せたい、見てもらいたい」
「櫂……」
「俺さ、嬉しかったんだよね。父さんと母さんの二人並んだ写真を撮った時とかに二人が褒めてくれたこと。まだ小さくてきっと上手く撮れてなかっただろうけど、すごい褒めてくれたじゃん。大切な父さんと母さんの笑顔がいつまでも思い出として残ってるのが、その思い出を残せたのが自分だって思ったら嬉しくなってさ、そこから写真が好きになったんだ」

こんな俺でも大切な人の、知らない誰かの、今しかないその瞬間を、二度と見れない景色を、誰かにとっての大事な思い出を、残すということができるのだという事実が幼かった俺の胸を震わせたのだ。
それを教えてくれたのは父さんと母さんだから。二人にはちゃんと俺の気持ちを知っていてほしい。
写真を好きになったきっかけなんて正直忘れかけていたけれど、美桜に出会って思い出した。
そして、改めて自分は写真が好きなのだと感じた。
何も言わない二人に俺は必死に言葉を探して

「ここで諦めたらきっと一生後悔すると思う。だから、どうか俺に夢を叶えるチャンスをください……!」

と頭を下げた。
二人には迷惑も心配もかけてしまうけれど、理想の息子にはなれないかもしれないけれど、それでも俺は未来の自分が後悔しないように生きたい。美桜が俺にそう言ったように。

「……分かった。櫂がそこまで言うならいいだろう。でもやるからにはきちんと学んで頑張りなさい」

今までずっと黙っていた父さんがそう言いながら、目を細めて微笑んだ。

「父さん……」
「はあ、櫂って昔からちょっと頑固なところがあるから何を言ってもやるんでしょうね。ほんと誰に似たのかしら」

チラリ、と父さんに視線を向けながら微笑んだ母さんの表情はとても優しいのものだった。
瞬間、鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱くなってくるの感じる。

「……ありがとう。本当に。俺、頑張るから」

二人から伝わってくる俺への想いを噛みしめるように言った。
簡単に諦めずにちゃんと向き合ってよかった。美桜の言った通り、あのまま大人になっていたらきっと俺はずっとこのことを後悔していたはずだ。

「櫂が決めたことなら応援するしかないわね。ただ、茨の道になるかもしれないんだからその覚悟はしなきゃダメよ」
「うん。できるところまでやってみる」
「いつか父さんたちにも櫂が撮った写真をたくさん見せてくれ」
「もちろん」

いつか夢を叶えて大切な人たちに俺の撮った写真を見てほしい。
きっとそれを見て君は満開の桜のような笑顔を浮かべてくれるんだろう。
想像するだけで高鳴る鼓動を鎮めながら、また君への想いが増したことを自覚した。

***

翌日。
悩んでいたことが解決してスッキリしたからなのか目覚めが一段とよく、母さんたちに驚かれ「あんたって子はほんとに単純ね」と少し呆れられた。
そのせいでいつもより早めに学校に着いてしまったけれど、教室に入って彼女の姿が視界に入るなり、心の中でガッツポーズをした。早起きは三文の徳ってまさにこういうことを言うんだろう。

「おはよう、美桜」

俺はさっそく彼女の隣の席に腰を下ろし、声を掛けた。

「おはよう、櫂。その顔は解決したっぽいね」

美桜は俺の顔を見るなり、くすりと小さく笑った。
そんなに俺ってわかりやすいんだろうか。
なんて、思いながらも一番に美桜に伝えたくてたまらなかった気持ちを声にする。

「うん!無事に許してもらえた。全部美桜のおかげだ。ありがとう」

美桜がいなかったらきっと諦めてしまっていた。
だから、美桜には感謝してもしきれない。

「いや、わたし何もしてないよ。櫂が勇気出して頑張ったからじゃん」

頬杖を突きながらにっこりと微笑んでくれる彼女に自然と俺の頬も緩んでいくのを感じる。

「美桜がいたからだよ」

この短期間で俺の中で美桜の存在がどれだけ大きくなっているのか君は知らないだろう。
風船のように膨らみ続けるこの淡い気持ちをいつか君に届けたい。
そう思っていることも。

「わたしはね、ずっと櫂のこと応援してるよ」

鈴のように可愛らしい声が耳に届いた瞬間、開いていた窓から風が吹いて、彼女の柔らかい髪がふわりと揺れる。
その中で優しく目を細めている美桜から目を離すことができず、ただ心を奪われた。
だけど、その笑みは優しさで溢れているはずなのにどこか切なさを含んでいるように見えてチリリと胸が焦げるように痛んだ。まるで“わたしはそばにいられないけど”と言われているような感じがしたのだ。

「ありがとな」

胸の痛みを隠して何とか絞り出した声に美桜は何でもないかのようにまた笑ってくれた。

「おはよー!二人で何話してんの!」

タイミングがいいのか悪いのか佑香が登校してきて俺の前の椅子を引いて腰を下ろした。

「お前には内緒だ」
「えー、なにそれ。教えてくれてもいいじゃん」
「ダメだ。俺と美桜の秘密だから。な?」

そう言いながら美桜のほうに視線を向けると、美桜は「別に秘密なんて……」と少し困ったように眉を下げた。
すると、佑香はそんな美桜に気づいているのかいないのか、隣で本を読んでいる西神へと視線を移した。

「ねえー、西神くんもなんか言ってよ」
「コイツたちの秘密なんて大したことないだろ。知るだけ無駄だ」

さらりと吐き捨てられた言葉はいつも通り冷ややかなものだった。
西神ってなんであんなに冷たいんだろう。
世の中のことなんて全部自分には関係ないです、みたいな態度なんだよな。
まあ、それがアイツらしいと言えばそうなんだけど。

「お前なー。まあでもそういうことだから諦めろ、佑香」
「はいはい。別に本気で聞きたかったわけじゃないし」

口ではそう言っているけれど、かなり不貞腐れているのが表情から伝わってくる。

「佑香ちゃんに変なこと言わないでよ」

佑香が前を向いてから美桜が小さな声でそう言った。

「なんで?」
「勘違いさせてどうするのよ」
「なんの勘違い?」

一体、何を勘違いされるというのだろう。
頭の中が疑問符でいっぱいになりながら首を傾げた。

「ちゃんと佑香ちゃんに説明しないと誰かに取られちゃうよ!佑香ちゃん可愛いんだし!」

前のめりで語りかけてくる美桜はなぜか少し怒っている。
取られちゃう……?可愛い……?
いや、確かに幼なじみから見ても佑香は整っている方だとは思うけど、別に取られても悔しいなんて気持ちは芽生えないし、むしろ“おめでとう”という祝福の気持ちでいっぱいになるだろう。
それなのに、どうして美桜は……。
もしかして俺の好きな人は佑香だと思ってる……?

「いや、俺が好きなのは……」

―――キーンコーンカーンコーン。

俺が否定しようと言葉を発した瞬間、教室にチャイムが鳴り響いた。
タイミング悪すぎるだろ。
こんなにもチャイムが恨めしく思ったのは初めてだ。
それから担任が来てHRが始まり、俺が美桜の勘違いを訂正する機会は訪れなかった。

***

「もうすぐ文化祭だが、写真部として自信作である一枚を各自、展示することにしたからなー」

美桜にちゃんと訂正することができなかったとうなだれていた放課後。
部室で顧問の先生がそう告げた。

「写真の展示……?」
「まじ……?」

俺と同じ気持ちの部員がほとんどなのかあちこちから驚きの声が洩れた。
去年まではそんなのなかったのに、と言いたいのだろう。
今年から顧問の先生が変わったからなのかもしれない。
まあ、写真部としては自分の撮った写真を展示してもらえるのはありがたい事だけどな。

「そうだ。写真のデータは来週末までに提出するように。あとはタイトルも必須だからそれも併せてメールで送ってくれ。以上」

それだけ言うと顧問の先生は用があるとかで颯爽と部室から出て行った。
自信作……か。
ふと、脳内に浮かんだ一枚の写真。
堂々と咲き誇るピンクを見つめながら優しく目を細めて微笑んでいる彼女。
だけど、すぐに頭を左右に振って脳内から消し去った。
いやいや、さすがに盗撮した写真を勝手に展示するのはマズいだろ。
でも……許されるのなら俺はあの写真を展示したい。
他の誰かに見られてしまうのはちょっと嫌だけど、俺が今まで撮った写真の中で一番魅了された写真だから。
ていうか、俺って今までどんな写真撮ってたっけ。
最近は自分の写真を見返すことなんてなかったからあまり思い出せない。
中学一年の誕生日に買ってもらった一眼レフのカメラをケースから取り出して、電源をつけ、ボタンを押す。
すると、画面モニターにずらりと過去に撮影した写真たちが表示された。画面をフリック左右にフリックし、写真を見返していく。
だけど、しばらく見返していると俺はある違和感に気が付いた。

「この黒い靄はなんなんだ……?」

景色をバックに誰かを撮っているはずなのに、その肝心の人物には黒い靄みたいなものがかかっていて誰だか判別できない。
母さんや父さん、他の人はみんな普通に撮れているのにその人を撮ったであろう写真にだけ靄がかかっているのだ。
俺の撮影技術が足りなかった、とかいう単純な問題ではないような気がする。
いくら俺が未熟な半人前だったとしてもこんな意図的に隠すように仕組まれた写真なんて撮れない。
そういえば、たまに知らない会話が脳内で再生されるアレと感覚が似ている。
まさか、これも関係してるっていうのか?でも、一体なんだというのだろう。
どうして名前も思い出せなければ、姿すら映すことができないのだろう。
いくら考えても、頭を捻ってみてもそれらしい答えなんて出るわけがなかった。
結局、どうしてこんな現象が起こっているのかわからず、消化できないモヤモヤした気持ちを抱えたまま、部室を後にして教室へと戻った。

「あ、櫂」

教室に戻ると、もう16時だというのに佑香が一人で椅子に座っていた。

「え、まだいたのか。佑香」

そう言いながら自席へと向かい、横のフックにかかっていたバッグを取って、肩にかけた。
こんな時間までなにをしてるんだろう。
いつもなら帰ってるはずなのに。
なんて不思議に思いながら見ていると、

「あんたを待ってたんですー」

待ちくたびれたとでも言いたげな表情でそう言い、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「なんで俺のことなんて待ってたんだよ」

何か約束とかしてたっけ。
そもそも佑香が俺を待っていたことなんてほとんどない。
家には勝手に入ってくるくせに一緒に帰ろうなんて言葉をかけたれたことはなかった。

「そりゃあ、わたしの覚悟が決まったから」
「覚悟?」
「うん。いつか言わなきゃって思ってたこと。きっと櫂に伝えないとわたしずっと引きずったまま、次にいけないからさ」

声は明るく、笑って言っているのに佑香の笑顔の中には苦しみが滲んでいるように見えてぎこちなかった。

「俺に伝えないといけないことって?」

この妙に緊張感が漂っている空気で彼女が俺に伝えたいことという内容はなんとなくだけど察しがついている。
俺だって、女の子からそういう気持ちを向けてもらったことくらいあるから。
でも、佑香がまさかその気持ちを俺に抱いていただなんて全く気付いていなかった。
きっと、彼女は必死で隠していたんだろう。
俺に気づかれないように。気づかせないように。
すでに涙で潤んでいる彼女の瞳がじっと俺を見つめ、はっと短く息を吐いてゆっくりと口を開いた。

「あのね、わたし……ずっと櫂が好きなの。たぶん櫂は気づいてなかっただろうけど、小さい時からわたしは櫂しか見えてなかった。どうしようもないくらい……好き……っ」

大きな瞳からぽろぽろと溢れ出した涙が彼女の頬を伝う。
思わず、唇をぎゅっと噛みしめた。
俺は今から彼女のことをもっと泣かせてしまうのだろう。傷つけてしまうのだろう。
それでも、俺は佑香の気持ちには応えてあげられない。

「……ごめん。俺は佑香とは付き合えない」

俺の言葉に佑香が眉を下げ、小さな声で「そっか……」と呟いた。
もう一度“ごめん”と言おうとした瞬間、

「あーあ、振られちゃった。まあ、99%無理だってわかってたんだけどね……それでも1%に懸けて奇跡が起きないかな、なんて思ってたんだ」

泣き笑いを浮かべながら佑香は頬を伝う涙を拭った。
心の中が何とも言い難い複雑な気持ちでいっぱいになるのを感じる。
気まずくはなりたくない。今だって何か言うべきなのに。
でも、今までとなんの変わりもなく接してしまったら佑香はその度に辛い思いをして傷つくんじゃないか。
そう思うと、途端に口が重くなって言葉が出てこなくなり、思わず押し黙ってしまった。
だけど、長い沈黙を破ったのは彼女の方だった。

「これからも今まで通り仲良くしてよね!ていうか、変に気遣ったりしたらぶん殴るから!」

泣き止んだ彼女が赤く腫らした目を優しく細めてそう言った。
そんな姿に自分の不甲斐なさをひしひしと感じて、胸が苦しくなる。
勇気を出して伝えてくれた佑香に気を遣わせてどうするんだよ。
こういう時に何も言えない俺は本当にダメなやつだ。

「……ありがとな」
「はあーもう!辛気臭い顔しないの!」

いつまでも顔を上げない俺に痺れを切らした佑香が俺の背中を思いっきりバシン!と叩いた。

「いてっ……!」

あまりの勢いにぐらりと体がよろける。
何とか転ぶ前にバランスを取り戻した俺は涙目で佑香の方を見た。

「なによ」
「力強すぎだろ」
「いつまでもクヨクヨしてるあんたに喝を入れてあげたのよ」
「ごめんって」

俺が気まずくさせたのは申し訳ないと思うけど、もっと手加減してくれよ、と心の中で嘆きながら背中をさする。

「はー!スッキリした!」

そう言った彼女の瞳からはもう涙は流れていなかった。
きっと、俺の前だから無理してるんだろうけどその表情は先程とは違い、少し吹っ切れたように見えた。
その表情を見て、俺はほっと胸をなでおろした。

「一緒に帰るか?」

俺がそう言うと、彼女は「ううん」と左右に首を振った。
確かに振られた相手と一緒に帰る気分ではないか。
さすがに俺の配慮が足りなかった。反省だ。

「あのね、櫂」
「ん?」
「わたし、振られたことも告白したことも後悔してない。きっと伝えなかったらずっと前向いて歩けなかったと思う。いつまでも櫂に囚われたまま、消化できない気持ちを引きずったまま、大人になっても未練だけが残って生きてたと思う。だから、ちゃんと言えてよかった。実らなかったけどさ、わたしの想いは櫂に伝わったからちょっとは報われたよ。ありがとう」

迷いのない笑顔できっぱりと言い切った佑香の言葉に胸がぎゅっと締め付けられた。
俺はお前のこと傷つけることしかできなかったのに。
ありがとうだなんて言われる筋合いなんてない。

「ありがとうってむしろこっちのセリフだろ」
「ふふ。だから櫂も頑張るんだよ。わたしもちゃんと応援してあげるから」
「が、頑張るって何の話だよ」
「あんたねー、バレてないとでも思ってたの?好きな人の好きな人なんてすぐにわかっちゃうんだからね」

目に寂しげな影を宿しながらも努めて明るい声で話す佑香。
全身から変な汗が出てきそうになりながら、心臓がばくんばくんと早鐘を打ち始める。
まさか、バレていたなんて。
何も言えない俺に彼女は言葉を続けた。

「美桜ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「……うん、好きだよ」

しばらくの沈黙の後、俺は初そっと気持ちを吐き出した。
ちゃんと口にしたのはこれが初めてだった。
自分でも驚くほど緊張していて、口から心臓が飛び出そうなくらい鼓動が音を立てている。
すると、ドアの方からガタン、と音がしてそちらに視線を向けるとそこには気まずい表情を浮かべた美桜が立っていた。
ちょっと待って。今の言葉、聞かれたか?それはかなりまずい。
まだちゃんと告白もできていないのに。
突然のことに俺も佑香も驚いて言葉が出てこない。
そんな俺たちを交互に見ながら美桜がぎこちない笑顔を浮かべ、口許を開いた。

「わ、わたしってばタイミング悪すぎだよね。ていうか、おめでとう!二人は美男美女だしめちゃくちゃお似合いだと思う!幸せにね!じゃあ、邪魔するのは申し訳ないからわたしはここで退散っと!また明日!」

何かに急かされるように早口でそう言うと、彼女は逃げるように去って行ってしまった。
今日の誤解だってまだ解けていないというのに、また勘違いされた。
このままじゃ、まずい。せめて、誤解だけは解きたい。

「櫂……」
「わかってる。悪い、佑香。気を付けて帰れよ」

それだけ言うと、焦る気持ちを抱えたまま、俺は佑香の顔を見ることもなく、逃げて行った美桜を追うように教室から飛び出した。
美桜の後を追いかけて飛び出したはいいものの、俺は今校舎の壁から彼女を見つめていた。
なぜなら、美桜が中庭で西神の胸元に顔を寄せて泣いていたからだ。
なんで……なんで美桜は泣いているんだ?
どう見ても嬉し泣きなんかには見えない。
だとするなら、どうして美桜が泣く必要があるんだ。

「だからやめろって言ったんだ……」
「これでよかったんだよ……っ」

ここからだと二人の会話も鮮明に聞こえてくる。
盗み聞きをしてしまって申し訳ないけど、俺が今いる位置からだと二人に気づかれずに去ることはできないのだから仕方ない。
二人の声からは重たい空気しか感じられない。二人の様子がどうしても気になってチラリと盗み見た。
西神の胸元で美桜が小さな子供のようにわんわんと声を上げて泣きじゃくっている。
それを見ているだけで胸が張り裂けそうなほど痛む。

「ねえ、わたし……頑張ったよね……っ。ちゃんと計画実行できたよね……っ」

涙で震える声で美桜は確かにそう言った。
だけど、俺は美桜の言葉に自分の耳を疑った。
だって、計画を実行できたって……?

①君に話しかけて仲良くなる
②君に幸せになってもらう
③君の夢への背中を押す

いつの日にか君のノートに書かれていた計画の内容。
美桜の好きな人は西神で、西神を幸せにするために立てた計画なんじゃないのか。

―――たとえそばにいるのがわたしじゃなくても彼に幸せになってほしいから。

―――こんなに好きになれる人なんてこの先きっと現れないって本気で思っちゃうくらい好きなんだ。

本当に愛おしそうな表情でその人のことを話していた美桜を思い出してぎゅうっと胸が切なく疼いた。
それなのに、どうしてその幸せにしたい人の胸の中で見ているのが苦しくなるくらい悲痛に満ちた表情で泣いてるんだよ。
それに、美桜の言い方だとまるでその幸せにしたい人が俺のことのように聞こえてしまって勘違いしてしまいそうだ。

「……ああ、お前は頑張った」

そう言った西神の表情はやるせなさが滲み出ていた。
あんな顔をする西神が見たことがない。
一体、どういうことなんだ。
誤解を解くつもりだったのに俺まで混乱してしまって冷静になることができない。
何が何だかわからなくなって俺は二人から視線を前に戻して、ずるずるとその場に力なくしゃがみ込んだ。

―――君に幸せにしたい人がいるように俺も君のことを幸せにしたいと本気で思ってるくらい君を想う気持ちは誰にも負けないのに。