大学の帰り、わたしはコンビニに寄って、奥のスイーツコーナーへ向かう。
 お目当ては、バナナミルクプリン。
 一応他の商品もチェックしつつ、それを取ろうとすると、他のお客さんの手に当たった。

「あっ、すみませ……」

 手を引っ込めて視線を向けると、そこにいたのは鳴沢だった。

 わたしは日本へ帰って来てから一年間、また受験のために猛勉強した。
 そして、鳴沢と同じ大学の医学部へ入ることができた。
 学年は違うけれど、たまに同じ講義を受けることがある。 

 このコンビニは、同じ大学の生徒がよく利用するらしく、今日のように鳴沢や知り合いに会うことも多い。
 
「鳴沢も好きなの?」
「好きというか……まあ、普通かな」
「普通か〜」

 幸い、バナナミルクプリンは二つあった。
 それぞれ購入して、イートインで食べることにした。

「バナナミルクプリンと言えば、高校の時にこんなことがあってさ……」

 食べながら、思い出に浸る。

 三年生二学期の、中間テスト前。
 下駄箱に入っていたのが初めてだった。

 期末テスト後、「お疲れ様でした」というメモと共に入っていた。

 バレンタインの時、るきあが持ってきてくれたチョコレートの山に埋もれていた。

 ドイツへ行く時、飛行機の中に持ち込めないということで、クッキーになっていた。

「本当に誰なんだろう……カワイイ後輩さん……」
「ゴホッ、ゲホッ!!」
  
 思い出を鳴沢に語ると、なぜか鳴沢がむせ返っていた。

「どうしたの!? 気管に入った!?」
「い、いや……。大、丈夫……ゲホッ」

 しばらくして、ようやくおさまった。
 再びバナナミルクプリンを食べ始める。

「そういえば、そろそろ倫太郎に会いにくるか……?」
「そうだね、また会いたいな」

 高校卒業後、倫太郎はドイツへ連れて行けないということで、一旦るきあに託した。
 るきあは「知り合いに頼んだ」と言っていたけど、それが鳴沢だったのだ。
 ドイツから帰ってきて、倫太郎を預かっていると聞いて、その時に初めて鳴沢の家にお邪魔した。
 わたしが今住んでいるアパートは、動物が飼えないため、そのまま預かってもらっている。
 鳴沢の家はとても広くて、家政婦さんまでいて、倫太郎専用の部屋まであるというのだから、環境的にはその方がいいのかもしれない。

 ──倫太郎に会いたい、なんて口実。

 鳴沢もきっとそうなのだろう。
 でも、わたし達はこの先もずっと不器用なままで。
 このくらいの距離感が、妙に心地いいのだ。

 *

 わたしは今、大学の近くに住んでいるけれど、鳴沢の家は電車で数駅の距離だ。
 ここへ来ると、いつも懐かしい気持ちになる。

「倫太郎〜〜!」

 手を伸ばして抱き上げようとすると、倫太郎はキャットタワーの上に逃げてしまった。
 ああもう、前の飼い主を忘れているなんて。
 少し拗ねた顔をすると、鳴沢が笑った。

「時々しか来ないから、忘れられるんだよ。もっと頻繁に来れば……」

 鳴沢は、ハッとしてそこで言葉を止め、照れて目を逸らしてしまった。

「もっと来ていいの?」
「べ、別に……」

 もっと来れば、一緒にいられる時間が増える。
 でも、実際そんなことは無理だった。
 大学の方が忙しいから、時間が合わないのだ。

 それから鳴沢の部屋へ行くと、「お茶を持ってくる」と言って部屋を出ていったので、しばらく一人になった。
 適当に座って部屋を見回すと、相変わらず本が多い。
 あ、あの本は前に来た時なかったな……とか、あの本はわたしも持ってる、とか考えながら待っていた。
 ふと、高校の卒業アルバムが視界に入る。
 懐かしさで引き出そうとすると、その隣にあったスクラップブックが、バサっと広がりながら落ちた。
 拾い上げると、それは明栖(めいせい)北高校の学校新聞だった。
 鳴沢は新聞部だったけど、こうやって丁寧に取ってあったのか。

 こちらも懐かしいと思いながらページをめくっていく。
 先生へのインタビューや、学校の七不思議、神楽さんが撮った心霊写真もある。
 鳴沢の記事は……?

「あはは……」

 内容に苦笑してしまった。
 最初の方は、誰が誰に告白したとか、誰を好きとか、知られたくないような黒歴史とか。
 当時は誰が書いたかなんて興味がなかったけれど、るきあが鳴沢を警戒していた理由がよくわかる。
 そういえば、入院やリモート学習のせいで最後の学校新聞は読んでいなかったと、最後の方のページを見てみた。
 三年前の、二学期の学校新聞。
 神楽さんの心霊写真はお約束として、鳴沢の記事を下段の隅の方に見つける。
 それは、意外にも真面目なものだった。
 
『僕が将来の道を決めたのは、十年前のある出来事がきっかけだった。ここには詳しく書けないが、その時に医者である父親の姿を見て、初めて心を動かされたのを覚えている。僕はこの学校でその時の彼に再会して、世の中には数多くの病気があることを知った。そのおかげで、将来への気持ちがより一層強くなった。今までの自分の行動を反省、謝罪し、彼に再会できたことを感謝したい。そして、卒業しても互いに刺激し合えるライバルとして、彼との関係を大切にしていきたい』

 ──『()』と書かれている。
 これは、わたしのこと……だよね?
 鳴沢の気遣いに、胸が熱くなった。
 鳴沢は、わたしの病気をちゃんと把握してくれていたんだ。

 わたしは、恵まれているな。
 周りはいい人達ばかりで、あたたかい。
 スクラップブックを閉じて、ぎゅっと抱きしめる。
 その時、鳴沢がお茶を乗せたトレイを持って戻ってきた。

「……あっ! それ、み、見たのか……?」

 鳴沢は、恥ずかしそうにしながら、テーブルにトレイを置く。
 
「うん。……ありがとう、鳴沢」
「えっ? そんなお礼を言われるようなこと、したかな?」
「うん、たくさんね」

 いくつありがとうを言っても足りないくらい。
 だからわたしは、隣に座った鳴沢の手を取って。
 ほんのりと漂うバナナミルクプリンの香りと、彼の温もりを感じるのだった。

 番外編 完