「鳴沢、すまん!!」

 翌日の放課後、俺はなぜか迫河先生に生徒指導室へ呼び出され、そう言われた。
 真面目な迫河先生らしく、腰をきっちりと曲げての謝罪だった。
 何のことかまったくわからず、オタオタしてしまった。

「実は昨日……。おまえと落合の話を聞いてしまったんだ」
「えっ?」

 あの裏庭でのことか!?
 いや、でもあれはかなり言葉を濁して会話していた。
 ちょっと聞いただけでは、何の話をしているかまでわからないはずだが……。

「大声が聞こえたから、何事かと思ってな。行ったらおまえ達が会話していた。話を総合すると、香西の性別が──」
「先生、ストップストップ! 一体、どこまで知ってるんですか?」
「おそらく俺は、全部は知らない。だから、今から山本先生に話を聞きに行こうと思ってるんだ」
「山本先生?」

 そうか、養護の先生は知ってるんだ。
 学校で何かあった時に事情を知っている大人がいないと困るからだろう。
 俺はそのまま、迫河先生と保健室へ行くことになった。
 
「失礼します。山本先生」
「迫河先生……と、三年生かな?」
「鳴沢佑二です」
「ああ、君が鳴沢先生の息子さんか。なんでしょう?」

 山本先生は、椅子から立ち上がってこちらを向いた。
 どうやら、親父のことも知っているようだ。
 少し乾燥気味のロングヘアに白衣という姿は、養護教諭というよりも、どこかの研究室の科学者といった感じだ。
 
「香西ヒロについて、訊きたいことがあります」
「……香西、ヒロ?」

 迫河先生が訊ねると、山本先生はぴくりと眉を動かし怪訝そうな顔をした。
 
「香西が病気だと言うことは、本人から聞いています。ただ、病名や病状などは教えられないと。詳しく知ろうとすると、香西の命に関わると……。本当なんですか?」

 迫河先生からは、好奇心の目など微塵も感じなかった。
 ただただ、自分のクラスの生徒を心配する顔だった。元々、迫河先生はそういう人だ。
 山本先生もそれはわかっているのだろう、しばらくの沈黙の後、
 
「本当です」
 
 と観念したようにそう言った。
 しかし……。

「なので、これ以上は何も言えません」

 伏し目がちになって、後ろを向いてしまった。
 まるで、このまま黙って去ってくださいとでも言うように。
 当然の対応だろう。俺だって、迫河先生に説明しろと言われたら、できない。
 落合さんが俺の手紙を香西に見せられないと言ったように、俺も説明したことで事態が悪化してしまったらと思うと、責任が持てない。
 
「でも……知ってしまったんです。香西の、本当の性別を──」

 昨日、俺と落合さんの話を聞いてしまった迫河先生。
 やっぱり学校で話すべきではなかったか。
 でも、学校以外だと余計に落合さんに警戒されそうだったし……。
 今は過ぎたことよりも、今後どう対応していくか考えなければ。
 迫河先生の真摯な態度が伝わったのか、山本先生は、先日親父が話してくれたことと概ね同じことを迫河先生に説明してくれた。
 
「──説明は以上です。知ってしまった以上説明はしましたが、当然、他言無用でお願いします」
「はい……」

 迫河先生は、力なく返事をした。
 
「それと」
「なんでしょう?」
「迫河先生は、香西君が卒業するまで……いえ、卒業してからも、治療方法が見つかるまで──。“知らないフリ”をしていただきたいのです」
「それは……やってはみますが……」

 なかなか無理難題を言ってくれる、とでも言いたげに、迫河先生は頭を抱えた。
 
「君は香西君のことを知っているから、実践できているのかな?」

 今度は、俺の方に質問が来た。
 
「実践……」
 
 できているのだろうか?
 そう改めて問われると返答に困る。
 元々、必要最低限の会話しかしていなかった程度の仲だ。
 しかし、俺と迫河先生の状況は少し違う。
 十年前のことがあるから、俺が香西の性別を知っていることを、香西は薄々勘付いてると思う。
 それを山本先生に伝えると、「ふむ、なるほど」と納得してくれた。

「迫河先生、生徒がこうして努力しているのだから、先生もできるでしょう」

 山本先生に言われて、迫河先生は苦笑するしかないようだった。


 
 話も終わったので、俺は保健室を出た。
 先生達は、まだ少し話をするらしい。

 先生に呼ばれたので時間は遅くなったが、新聞部へ顔を出すことにした。
 神楽さんには昨日協力してもらったし、一応結果がうまく行ったことくらいは報告すべきだろう。
 改めてお礼を言って、今度こそ記事を書こうと思う。