「……ちゃん。すーうーちゃん」
びく、と肩が震える。そのようすを見て彼────五月雨さんは小さく笑った。
「考えごと?」
「ん」
「そかそか。余裕だね」
出会った日に連絡先を交換して、それから雨の日にはこうして待ち合わせをするようになった。
神様の気まぐれで天候が左右されているとしたら、私たちの待ち合わせも気まぐれなんだと思う。
一度目の出会いは偶然。それから、初めての待ち合わせ。
私はひどく緊張していた。
わざわざ相合傘になるように仕向けられてしまい、肩を触れ合わせながら歩いた日。
初対面で傘を借りたためハードルが下がったのか、彼はいつも傘を持ってこないのだ。
五月雨さんの声が雨の中私だけに響いて、逃げられない距離と漂う色気に倒れるかと思った日。
それが今はずいぶん慣れてきて、呼吸も整っている。
慣れ、ってこういうことなのだろうか。
人を好きになって、結ばれて。
そうすると、今まで感じていたドキドキやトキメキが、いつしか当たり前のものとなってしまう。
そんなふうに、恋愛は慣れていくものなのだろうか。
五月雨さんの高い鼻先を見つめていると、突然「てかさ」と振り向かれて、思わず目を逸らした。
「透雨ちゃんっていい名前だよね。透き通る雨」
「私はあんまり好きじゃない、自分の名前」
そもそも、雨が好きじゃなかったから。
生まれた日に雨が降っていた、という特別感のない由来を持っているのも嫌だった。
「そ? 俺は好きだけどね。すうちゃんって」
五月雨さんはビニール傘から透き通して空を見上げる。私も同じように、空を瞳に映した。
「いや、違うかな」
「ん?」
「好きな人の名前だから、好きなんかな」
さらっとしていた。しすぎていた。
もう少し重要みを匂わせてもよかった気がする。危うく聞き逃すところだった。
「あ、でもさ。五月雨透雨って、めっちゃ雨じゃん。すごいね、これ」
もうやめてほしい。
どうしてそんなに堂々と恥ずかしいことが言えるのか。
「あれ、顔赤い?」
「……うるさい」
「あーあ。怒られちゃったか」
真面目そうに見えて、意外とくだけているところ。
こうして私の生意気な物言いも、すべて包み込むように受け止めてくれるところ。
私の歩幅に合わせて歩いてくれるところ。
自分のコンプレックスを、少しでも好きだと思わせてくれるところ。
そういうところが、私は好きだ。
「……すき」
「え?」
「……月」
つき?と首を傾げる五月雨さん。
ふいにこぼれた愛の言葉に、いちばん焦ったのは私だった。
どうして、急に。
五月雨さんは「俺の名前は月じゃなくて晴だよ」とおだやかに笑っていた。
さっきの声が聞こえていたのか否か、判断できない。
「あっ……えっと、月……見られるかなって」
「今日は雨だから厳しいんじゃないかな」
「だ、だよね……」
最悪だ。何のフォローにもならなかった。むしろ会話を強調してしまって、逆効果だった。