ふたり分くらいのスペースを空けて、無言のまま風早くんの後ろを歩いた。
河川敷に目をやっている風早くんの黒い髪が、風に吹かれてさらさらと揺れている。細身なせいかちょっと小柄に見えていたけれど、思っていたより背が高いかもしれない。
風早くんの後ろ姿を眺めながら、口を開いて、閉じて、を繰り返していた。
おつかいについてきたのは、風早くんに言わなければいけないことがあるからだ。なのに言葉が出てこない。無音が気まずさに拍車をかける。
せめて当たり障りない会話で間を繋ぐことができればいいのに、話題がなにひとつ浮かばない。あの日のことで頭がいっぱいなのもあるけれど、それ以前に風早くんとはほとんど話したことがないのだ。
だからあの日、突然現れた風早くんに心底驚いた。
あまりの気まずさに目のやり場に困った私は、なんとなく空を見上げた。
亜実ちゃんと〈喫茶かぜはや〉に向かっていたときよりずいぶん涼しくなったと思っていたら、空が青から橙に移り変わろうとしていた。橙に染まれば、今度はあっという間に濃紺に呑まれるのだろう。
想像したとき、心臓がざわついた。
──また、夜が来る。
気温も景色も、この時間帯が一番好きだった。なのにそれすらも恐怖の対象になってしまったのだと実感させられる。ほとんど無意識に、パーカーで隠れている二の腕に手を添えた。
「あ、あの、ごめんね、つき合わせちゃって」
急に話しかけられて、とっさに二の腕から手を離した。パーカーを着ているのだから見えるわけがないのに、風早くんが前を向いていたことに安堵する。
「ううん、大丈夫」
「楠木さんはお客さんなのに、パシるとかありえなくない?」
笑っていることが声音でわかる。
どうして私に笑いかけてくれるんだろう。
「ほんとに大丈夫だよ」
「いや、でも、まじでごめ──」
「もう謝らないで」
思わず語気を強めてしまった私に、風早くんは驚いた顔で振り向いた。ふたりの足が止まり、自然と向かい合う。視線が交わったことに怯んでしまった私は、地面の方を向いた。
風早くんはただ、敦志さんがおつかいに私を同行させたことを謝っているだけ。わかっているのに、あの日のこととはまるで関係ないのに、風早くんに謝られると罪悪感が膨れ上がってしまう。
「あ……ごめん、俺ちょっとしつこかったよね」
「ごめん、違うの。そうじゃなくて……」
風早くんに言わなければいけないことがある。
ずっと言えずじまいだった言葉を伝えなければいけない。
もっと早く行動に移さなければいけなかった。だけど機会がなかったし、連絡先も知らないし、なによりどうしても気力が湧かなかった。
「謝らなきゃいけないのは、私の方だから」
「楠木さんに謝られるようなことなんかないよ」
「あるよ」
地面に落としていた視線を上げると、包帯が巻かれている右手が目に入った。
私は包帯の中にある傷の深さや経過を一切知らない。だけど、軽傷じゃないことだけは明白だ。あの日見た真っ赤な血と風早くんのうめき声を鮮明に覚えている。
緊張で汗ばんでいる手をぎゅっと握りしめる。
顔を上げて、しっかりと風早くんを見据えた。
「怪我させちゃって……ごめんなさい」
語尾が震えた。
風早くんの怪我は、私のせいだった。
間接的でも比喩でもない。
間違いなく、紛れもなく、他の誰でもない私が傷をつけた。
「俺……は」
罵られる覚悟を決めて、体に力を込める。
けれど風早くんはためらうように唇を動かすだけで、続きを言わない。
一旦唇を閉じると、口角を上げた。