運ばれてきたパスタを食べてみると、めちゃめちゃおいしかった。サラダもスープも絶品だ。半分くらいしか食べられなかったけれど、久しぶりに満腹感を得ることができた。
亜実ちゃんは自分が注文したハンバーグセットも私が残したパスタもぺろりと平らげて、敦志さんがサービスしてくれたアイスコーヒーのおかわりをちびちび飲みながらずっと喋っている。私はただ相槌を打っているだけなのに、ずいぶんと楽しそうだ。
亜実ちゃんって悩みとかあるんだろうか。そういえば、人生楽しんだもん勝ちだよ、とよく言っていたし、亜実ちゃんの記憶をたぐり寄せても豪快に笑っている顔しか浮かばない。
悩んだり迷ったりしない人なんてきっといない。
だけど、うじうじしたり心を閉ざしたりはしないのだろう。今の私みたいに。
カランカランと鈴の音が鳴って、はっと我に返る。
「おかえり。早かったな」
「ただいま。みんな遊んでるだけで文化祭の準備どころじゃ──え?」
思わず上半身を翻して出入口を見たのは、聞き覚えのある声だったからだ。
彼の声が止んだのと目が合ったのは同時だった。
店の看板を見たときの五倍くらい大きく心臓が跳ねた。
「楠木さん?」
いつも平静を保っている彼の目が見開かれる。
ただし、私も同じ表情をしているだろう。
「風早くん……」
当惑しながらも、真っ先に彼の右手を見た。
手首から指のつけ根にかけて包帯が巻かれている。
「茉優、朔と知り合いなの?」
「あ……うん。同じ高校……っていうか、クラスメイトで……」
クラスメイト。それは、私が一番会いたくない相手だ。
ただし彼だけは例外だった。
ある意味、誰よりも顔を合わせにくい人ではある。だけど同時に、一番会わなければいけない人でもある。
私も風早くんも、お互いを見たまま硬直することしかできずにいた。視界の両端で、亜実ちゃんと敦志さんが困惑しながら私たちを見ていた。
「あ」
気まずい空気を断ち切ったのは敦志さんだった。
「朔、帰ってきたばっかで悪いんだけど、買い物行ってこいよ」
「は?」
「よかったら茉優ちゃんも一緒に」
「は!? いや、いいから! 俺ひとりで行くから! お客さんパシるとかどういう神経してんの!?」
「べつにいいだろ。亜実の姪っ子だし」
「その理屈成り立つ!?」
「大丈夫です! 私も行きます。ドリンクサービスしてくれたお礼に」
意を決して立ち上がると、敦志さんは絶句している風早くんに「ほらね」と満足げに微笑んだ。