亜実ちゃんの行きつけらしい喫茶店へ行くことになり、徒歩十分程度だと言うから歩いて向かう。
空は雲ひとつない晴天だ。秋とは思えないほど照りつける太陽が、肌にじりじりと熱を送る。日焼け防止ではなかったにしろ、上着を羽織ってきたのは結果的に正解だった。
この町に対する感想は、車がなければどこにも行けなそうだな、だった。
視界に映るのは川や田んぼくらいのもので、すでに五分ほど歩いているのにコンビニすら見当たらない。聞けば、電車やバスの本数は私の地元の半分くらいしかないらしい。
風景に見どころがなさすぎるせいか、無意識に上を向く。
どれだけ暑くても、一応は秋なのだなと思う。風がずいぶんと爽やかになり、真夏のような息苦しさはない。それが季節のせいなのかは、わからないけれど。
叔母の家といっても、べつに離れた地域というわけじゃない。私の家から車で四十分、快速電車だとたった二駅で十分程度の隣市だ。
本当はもっと遠くへ行ってしまいたかった。
だけど高校生の私にそんな当てがあるはずもなかった。
ふと横目で亜実ちゃんを見れば、楽しそうに鼻歌を口ずさんでいた。
「そういえば、旦那さんっていつ帰ってくるの?」
「さあ。一週間くらいって言ってたけど、どうだろ。延長するかも」
「そうなんだ。忙しいんだね」
「まあね」
──亜実がね、うちに遊びに来ないかって。どうする?
亜実ちゃんはなぜそんなことを言ったのだろう。
今はこんな調子だけれど、亜実ちゃんの家に着く直前までけっこう緊張していたし、たとえ短期間でもうまくやっていけるのかと不安も大きかった。いくら幼い頃にべったりだったといっても、私が小学校高学年のときに亜実ちゃんが仕事で地方に転勤になってからはほとんど疎遠だったのだ。
数年後に戻ってきたけれど、その頃には私も思春期に突入していて、昔みたいに無邪気に話しかけられるほど子供じゃなくなっていた。だからたまに親戚の集まりなどで顔を合わせても、まともに話すらしていなかった。
お母さんに提案されたときは深く考えずに頷いてしまったけれど、いくら暇を持て余していたからといって、長いこと疎遠だった姪を誘ったりするだろうか。
旦那さんの長期不在が寂しくて、ただひとりでいたくなかったのか。
あるいは──あの日のことをお母さんが亜実ちゃんに話したのだろうか。
後者だとしても、私を誘う理由にはならない気がする。むしろ知っているなら敬遠したくなるのが普通だろう。
疑問に思いながらも、訊くことはしなかった。
口にしたくないし、思い出したくもない。
いっそのこと、すべて忘れられたらいいのに。