自室のベッドに寝転がって目をつむると、つい数時間前まで目の前にいた茉優の姿がまぶたの裏に浮かんだ。
 緊張しすぎてなにがなんだかわからなかった。変なことを言っていなかっただろうか。ちゃんと会話が成立していただろうか。笑顔をキープしなければと必死だったが、それはそれでへらへらして気持ち悪い奴だと思われなかっただろうか。
 自分でも引くくらい挙動不審になってしまったのは、俺が密かに抱いている茉優への気持ちのせいもある。だけどそれ以上に、茉優に会ったのがあの日以来だったからだ。

 ──可愛い子だったな。

 危うく全力で同意するところだったが、できなかった。茉優の可愛さはあんなもんじゃない。
 茉優を見たとき、思わず息を呑んだ。
 最後に会ってからたったの一か月で、ずいぶんと痩せて、顔色も悪く生気を感じられなかった。俺の記憶に大切に保管している──漫画なら一ページで完結する程度の時間だったが──初めて話した日の弾けるような笑顔とは似ても似つかない。
 否応なしに、頭の中の場面があの日に切り替わる。
 すべての感情が抜け落ちてしまったかのように、完全なる無表情で呆然と立ち尽くす、まるで人形みたいな姿──。

「朔ー、おまえ寝たの?」

 ノックの音とあっちゃんの声にびっくりして飛び起きた。

「起きてる。起きてます」
「なにきょどってんだよ。晩飯できたけど」
「食べる食べる。すぐ行く」
 ベッドから降りてリビングに向かった。

 ──はじめまして。風早くん、だよね。今日から同じクラスだね。よろしくね。

 一年半前の入学式の日、後ろの席だった茉優は俺にそう言った。
 あの楠木さんだ、とひと目見てすぐにわかった。だけど茉優が初めて会ったように話しかけてくるから、俺のことを覚えていないのだろうと察した。だから俺も初対面のふりをして、よろしく、とだけ返した。
 あの日の茉優は、間違いなく俺の記憶にある茉優だった。
 だからこそ、何度でも考える。いつからだったのだろう、と。
 茉優はいつから、あの笑顔を失っていたのだろう。なぜ俺は気づけなかったのだろう。ずっと、茉優を見ていたのに。

 今の茉優の目には、この世界がどう見えているのだろう。
 昔の俺と同じように、真っ黒に映っているのだろうか。
 俺が孤独から脱却できたのは、間違いなくあっちゃんのおかげだった。
 茉優にも、手を差し伸べてくれる〝誰か〟はいるのだろうか。

 ──風早くん……なんで……?

 あの虚ろな目が脳裏に焼きついて離れない。
 包帯の下に眠っている手のひらの傷痕が、じくじくと痛んだ。