*






 いつもの通り、世界が暗転。
 そして、身体が固いものをとらえる。周囲の賑やかな声が耳に届く。頭が割れそうなほどに痛いことを我慢しながら、ゆっくりと伏せていた顔を上げた。
 そこは____教室だった。

 長谷川がけだるそうに、教壇に立ち授業をしている。
 俺は頭を抱えながらそっとポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。

 現在の日時は9月25日(月)10時。
 戻ってきたことは間違いない。
 そして俺は、ひきこもることはなく、学校に行くことができている。
 _____ということは……。

 玲の座っていた席を見る。
 だけど、その席には玲ではなく別の人物が座っていた。
 席替えか……とおもうが、空いている席は___ない。


 「……んじゃ、ここで小テスト行う。立花、職員室から悪いが持ってくるものたくさんあるから一緒に手伝いお願いしていいか」


 長谷川は俺の名前を呼び、意味ありげにアイコンタクトをおくってくる。
 長谷川はわかっている。
 俺が今ここに戻っできたばかりだということを。
 俺はゆっくりと立ち上がり長谷川に続いて教室を出る。

 残暑の残った生暖かい空気に、俺と長谷川の足音が響く。


 「んで、俺に聞きたいとあるんじゃねえの?」


 長谷川が気を利かせて俺を教室から連れ出したことはわかっていた。
 本題へ始めから切り込んでくる。


 「玲って……」


 俺がその名を口に出すと、長谷川は息をゆっくりと吐きだすのがわかった。


 「死んだ」


 そしてそう、はっきりと。
 長谷川は言った。

 
 「死んだ」


 意味もなく、ただただ、長谷川が言ったことをそのまま俺は復唱する。


 「ああ。迫田ともみ合ってな」


 体の奥から怒りが音を立てて噴き上がる。
 握りしめた拳が震える。


 「……なんで」


 なんで死んだ。
 名前は出さなかったが、あの放送で俺が玲を好きだと告白しているようなものだった。
 唯一本人には伝わらなかったが、後のほかの誰かが聞けば、俺を知っている奴が聞けば、迫田友華に対する抑止力になる。
 そう、海に言われて実行した。
 海は自分の気持ちを後回しにして、俺のそのバトンを渡してくれたのにの関わらず……。


 「玲は、迫田と揉み合いになった。けど、今回はいつもと違った。周囲の生徒たちが止めに入って…その混乱の中で、玲は――転んで、頭から、いった」
た」

 「……っ!」


 言葉が出てこなかった。
 
 俺は長谷川にわからないようそっと自分手首を見る。
 そこには「001」の文字。
 
 長谷川との約束では、もうこの時点でこの力を長谷川に返さなければいけない。
 自然と俺は口元を強く結んでいた。

 
 「ちょっとこのまま屋上行くぞ」


 職員室につきそうになったその時、長谷川は職員室には入らずそのまま通り過ぎ、屋上へと向かう階段を上り始めた。
 俺はそのまま長谷川の後ろに続く。
 長い階段を上り、俺らは屋上に出た。
 そして、長谷川は俺の風下に立ち、紙煙草をくわえ一服しだす。
 秋を知らせる風が長谷川の吐き出す煙をさらってゆく。


 「もう一回戻りたいか?」


 長谷川は何かを決意したようにそう言葉をかける。
 俺はその問いに黙ってうなづいた。

  
 「戻ってどうする。厳しいことを言うようだが、玲をまだ助けられる気でいるのか?」

 「助ける」

 「どうやって」

 「俺がずっとそばにいる」

 「冷静に考えろ。玲をどこかに閉じ込めておかない限りそれは不可能だ」

 「……っじゃあどうすれば!」


 俺が声をそう荒げると同時に、長谷川は大きく煙を吐いた。
 そして、俺の目をまっすぐと見てくる。


 「……真琴、お前玲のこと好きなんだろ?」

 「……っ!」

  
 長谷川の唐突すぎる問いに、頬が熱くなるのが分かる。


 「わかりやす。そんな顔赤くしなくていいから。好きなんだろ?」

 「だったら何?何が関係あるっていうんだよ」

 「大あり。その気持ち玲に直接伝えた?」

 「……伝えてないけど」

 「なんで」

 「なんでって……」


 俺の気持ちを玲に伝えてどうなる。
 それで未来が変わるのだろうか。
 俺の気持ち伝えるか伝えないかそんなことで。
 果たして玲は救えるのか。
 もし、もし、伝えても結果は今までと同じように一緒だったら……?

 怖い。


 「怖い?」

 
 今日の長谷川は踏みとどまることを知らない。
 俺の気持ち関係なしに、土足で俺の内部に侵入してくる。
 イエスの返事の代わりに俺は反射的に口元を軽く結んだ。


 「図星か」

  
 その様子を見て長谷川はまた煙を大きく吐く。


 「いいか、立花。人生の先輩としての助言な。鈴木のこと本気で助けたいと思うならお前だけが頑張るんじゃ絶対に救えない。お前が必死に崖の上から手を伸ばしても鈴木がその手をつかんでくれんきゃ伸ばした手は意味がない。お前が鈴木に自分の手をつかんでもいいと思わせないと救えないぞ。俺の言いたいこと、わかるか?」

 「……というと……?」

 「鈴木に『助けて』と言われるようにするにはどうすればいいか考えろ。その考え次第で、ラストチャンスお前にやる。それまでは……」


 長谷川はそういって紙煙草を水のはった缶の中へ投げ入れる。
 そして俺に近づき、俺の左手首を自分の左手首に半ば強引に合わせた。
 チクリとした痛みがあったと思えば、長谷川は俺から離れた。

 
 「これはお預けなー」


 そう言って、長谷川はそのまま屋上を出ていく。
 残された俺は、先ほど長谷川と合わせた手首の裏を見る。
 そこにはもう「001」の文字はなかった。





 *





 夕暮れの道。
 いつも玲と一緒に帰っていた道。
 その道を一歩一歩踏みしめる。

 長谷川から言われた言葉が、俺の頭の中にずっと響く。
 長谷川が言おうとしていることはわかる。
 だけど、こんな俺の気持ち1つ伝えるだけで助けられるのか。
 今までこんなにも失敗してきたんだ。
 
 俺の気持ちを伝えたってきっと……。


 「まーくんっ!」


 歩いていたスピードが落ちてきて、足を止めそうになったその時。
 誰かが背中から追突してきて、嗅ぎなれた柔軟剤のにおいが鼻腔をかすめた。
 知らず知らずのうちに、うつむきながら俺は歩いていたようで、足を止めて、俺ははっと顔を上げた。


 「海……」


 目の前に見えた人物の名をそのまま口にだす。
 海は、いつものように口角をくっと上げて笑う。


 「何、しょぼくれてんだよ」

 「んー、ちょっとな」


 タイムリープしていることは海には言えない。


 「玲のこと?」


 だけど、海は俺が何も言わなくても察して、そのことを口に出す。


 「まあそんな感じ」


 そう言って、俺は止めた足を動かし、目の前に立つ海を追い抜く。
 海が言おうとしていることを、俺はゆるりとかわす。
 なぜならこれは、俺が考えなければいけないことだと思うから。


 「お前さ、いつも思ってたんだけど、一人で結論だそうとしすぎ」


 後ろから聞こえた声は、いつものお茶らけた海ではなくて。
 足をまた止めて、振り向いた先にいた海は、俺のことまっすぐ見て、捉えて離さない、少し威圧感のある海だった。

 
 「その察してちゃんは、友達として結構辛いんだけど、俺」

 「察してちゃんって……」

 「だってそうじゃん。長谷川から呼び出されて、大きく遅れて教室戻ってきたと思ったら、そのあと机に伏せて完全に話しかけるなオーラ前面に出し始めるし、帰りのホームルーム後だって、さっさと自分の荷物まとめて1番に教室出ていくし。何かあったから今はそっとしといてくれって態度、正直周りにいる側としては疲れる」


 ぐさりと、海の言葉が俺の胸のあたりに突き刺さり、思わず俺は顔をしかめ、海から視線を外す。
 申し訳なさ。
 惨めさ。
 自分に対する怒りで、胸が痛い。
 海から見えた自分があまりにも情けなくて。
 だけど、どこかでそんな自分には気づいていて、自分の醜い姿を改めて鏡で再確認したような感覚になったから。


 「ごめん」


 やっと出た声は、その一言だった。


 「ああ、ごめん、お前を責めたいんじゃなくてさ」


 俺の反応を見て、海はいつもの海に戻る。


 「明らかに真琴困ってるのに、なかなか『助けて』って言ってくれないから寂しかったよってこと。だから前に玲のことで2回ほどお願いされたり、相談してくれたことあって、あれは友達として本当にうれしかったから。今回はないのかい!って、俺歯がゆかったんだよね。もうちょっと待てばもしかしたら真琴からヘルプ飛んできたのかもしれなかったけどさ、お前今日の顔は何かがパンクしそうだったから思わずね、追いかけてきちゃったってわけ」


 そう言って、海はへらへら笑いながら少し気恥ずかしそうにそう言って海は自分の首に手を当てた。
 話しながら首を触るのは、緊張しているときに海がいつもする癖だった。


 「悪かったな」


 反射的にその言葉が出た。そして。


 「ありがとな」


 海に話しかけられるまではあった、心の奥底でたまっていたどろどろとしたものが、不思議と薄くなったそんな気がした。
 目が覚めたようなそんな気分だった。

 海は俺の言葉を聞いて


 「わりいな、少し言い過ぎたかも」


 そういって、海はまた気恥ずかしそうに口角を上げて笑った。
 

 「うん、少し刺さった。お前の言葉」


 俺がそう言うと、海は少し驚いた顔をして、そこから申し訳なさそうに視線を少し下げる。
 そんなころころと表情が変わる海が面白くて、「ごめんごめん」と笑いながら俺が言うと海は「おい、からかうなよ」と海はため息をつきながらそう言った。

 そこから少し間があって 
 海と目が合う。

 さっきまで悩んでいたこと。
 海から答えをもらった。

 
 「海、俺さ。わかった」

 「うん」

 「これ以上詳しいこと、今は言えないけど、さっき悩んでいたこと自分の中で答えは出せそう」

 「うん」

 「言えなくてごめん。だけど、いつか話せるようになったら海には話すし、また聞いてほしいんだけどいい?」

 「ああ、いいよ。首長ーくして待ってるわ」

 「うん、そうして」


 そう言って、俺らは止めた歩みを再開した。

 人はそれぞれ同じものを見ていたとしても、見ている場所やそれを見て考えることは違っていて、歩幅が合わなくなることは容易に想像できる。だから、たまにすれ違い、行違い、衝突する。
 たまに、振り返って「何を見ていたの」「何を考えていたの」と、そう問うことができれば、相手の歩幅を理解できる。
 合わせることだってできる。そこから相手の見てきたものを視線を合わせ、見方の幅を広げることにつなげることができる。
 海とはそれができる。
 
 この先は、見ている景色がどんどん広がっていく。
 その中で、これからもお互い見てきたものを楽しく語りながら、足跡を伸ばしていければいいいと、そうふと思った。





 *





 「____おうおう、きたきた」


 この世界に来て1日。
 朝のHR前、俺は屋上に上がった。
 そこに彼がいると知っていたから。

 
 「なんか、顔すっきりしたな」


 長谷川が、かすかに笑みを浮かべて俺にそう言った。
 

 「そのセリフに、その態度。なんか悪役みたいだね、先生」

 「おお、言うねえ」


 長谷川は、変わらずフェンスによりかかったまま、俺から視線は外さない。


 「今から俺を説得してくれるのかな」

 「うん、そのつもりで来た」


 俺はそういって長谷川に近づき、真正面に立つ。


 「俺さ、ちゃんとはっきりと言うよ。自分の気持ち」

 「ふーん。それで、立花、お前はどんな結果になっても納得するのか?言っておくが、本当にこれがラストになるからな」

 「納得するかはわからない。だけど、このまま言わない方が、俺はずっと後悔し続けると思うから。だから俺は、言うよ」


 ちゃんと伝える。
 自分が、玲をどう思っていて、玲にはどうしてほしいのか。
 もうかっこつけることだけはやめる。
 ____もう、自分を守ることだけはやめる。

 本当は怖かった。
 自分の正直な気持ちを伝えて、俺を頼ってほしいと伝えて、差し伸べた手を振り払われることが怖かった。
 玲はそんなことしないと、頭ではわかっていても、万が一そうなったらどうしようと思ってしまう自分がどこかにいて。
 だから言わなかった。
 玲のためといいながら、結局俺は傷つくことを恐れていた。
 ずっと、ずっと、怖かった。


 「なんか、あったか?」


 そう言った長谷川の顔は、今まで見たどんな長谷川の顔よりも穏やかで、優しかった。
 きっと、担任なりに生徒の成長でも感じたのだろうか。


 「うん、あった」


 自分にちゃんと向き合えた。
 それは、海が否応なしに俺に切り込んできてくれたから。
 気づかせてくれた。自分の本当の気持ちに。

 
 「そっか。なんか、凛としたよ、顔つきがな。まあ、俺に並ぶのはまだまだ先だけど」


 そう言って長谷川は、その長い腕を伸ばし、俺の頭をさっと撫でた。


 「じゃあ、行くか」


 そして、それは唐突だった。
 俺の頭に置かれた手は、そのまま肩に降りてきて、しっかりと俺の肩をつかむ。
 そして_____。


 「20XX年5月23日午前10時」


 そのままそう、長谷川はつぶやくようにそういった。


 「え、ちょっとまっ!」


 まずは、スキルの譲渡をするのは先なんじゃ____。
 
 そう思うのもつかの間。
 俺の視界はそのまま暗転。
 穴に落ちたかのような浮遊感が急に俺を襲ってきた。