いつもの頭痛が俺を襲い、視界がまた暗転する。

 3回目にもなると、だいぶこの酔いになれたといいたいところだが、毎回胃酸がのどまでせりあがってくるのをぐっと抑え込むコツを覚えることだけで精いっぱいだった。

 瞼の裏が明るくなる。
 遠くから、聞きなれたキミの声が聞こえた。


 「……こと、……真琴ってば!」


 激しく、肩を揺らされ、気持ち悪さが最大限に増してくる。
 俺はそこでようやく目を開けた。
 そしてすぐそこまで上がってきたものを外へ出さないよう、口元に手を当て、あおむけで寝ていた体を横にひねった。


 「……ちょ、タンマ……ゔっ」


 ゆっくり呼吸をして、上がってきたものをゆっくりと下げていく。
 玲は緊急事態と悟ったのか、それ以上は俺を揺らさず、何も聞かず、ただただ見守っているようだった。

 
 「……わるい、心配かけた」


 まともに話せるようになってきたところで、ゆっくりと俺は自分の身体を起こし、改めて玲のほうを見ると____。


 「鬼……いや、先生……!」


 玲の横にいたのは、放送室でいたずらした後にいつも俺らを追いかけているあの鬼ちゃんだった。
 すぐさま玲のほうに視線をやると、玲はわざとらしく俺から目をそらす。


 「おお、立花。やっと授業外であえたな。お前はいつもここにいたんだな」


 鬼ちゃんの口角が、不自然にゆっくりと上がったのがわかった。
 こうなることが分かっていたのであれば、もう少し前に戻ればよかったと思うが、もうそれは後の祭りだった。


 「はは……先生、ちょっとやっぱり俺具合悪いんでこのまま保健室行きますわ」


 気持ち悪さもだいぶ落ち着いてきたところで、俺は素早く立ち上がり、そのまま玲の手を引き走り出す。


 「ちょ、真琴!?」


 玲は、俺に手を引かれながらも、戸惑う様子を見せる。
 
 「説明は後!」

 俺はそう、後ろにいる玲に言い放つ。
 
 後ろから、「おい、立花!」と、すでに鬼の形相の鬼ちゃんからまず今は逃げることが今の俺の第一優先事項だった。

 屋上を出る扉を勢いよく開けた時だった。


 「え、真琴?お前、大丈夫なのかよ」

  
 そこには海と紫穂がちょうど立っていた。
 俺を俺を見るなり2人とも驚いた顔をして、海はそういった。
  
 そんな2人に構わず、2人を間をすり抜け、俺はそのまま屋上から降りる階段を勢いよく下っていく。

 海は、俺の背後にいるものを見たのだろう。
 
 
 「うわ、まじかよ。まじ勘弁っ!」
  

 そんな海の声が聞こえたと思ったら、海と紫穂、2人分の足音が、俺の後ろをついてくるのが分かった。

 気が付けば、俺はそのまま校舎を飛び出していた。
 そして正門を抜けて、そして____近くの川原まできていた。


 「はあ、はあ、真琴……。手!」


 俺が足を止めたところで、玲は俺がつかんでいた方の手を揺らす。


 「ああ、わりわり」


 玲が怒りだす前に、俺は玲をつかんでいた手を離した。


 「ったく、はあ……はあ……。本当に体調大丈夫なの?」


 俺より10センチほど身長の低い玲が、俺の顔を覗き込んで来ようとする。
 反射的に顔をそらしてしまう俺。
 そこでちょうど海が俺らに追い付いてきた。


 「はあ、はあ……。おいおい、玲から真琴が倒れたって言われたから様子見に行ったら……元気じゃねえか!」


 海はそういって俺の方に手を置いて肩で息をする。
 全速力で俺らを追いかけてきたのだろう。
 短距離では海のほうが俺よりも早いが、筋肉質な故、長距離は俺のほうがいつも早かった。
 少し遠くに紫穂がもう倒れそうなんじゃないかと思うくらいに、フラフラになりながら、こちらに向かってくるのが見える。


 「あーあ、これ帰ったら私たちまで鬼ちゃんに怒られるじゃんか。最悪」


 玲はそういいながらも、学校に戻ろうとはせずに、川辺に座り込む。


 「とか言いながら、玲抵抗せずについてきたじゃん」


 俺も玲の隣に座り込んだ。


 「抵抗してその場に残ったら、私だけ鬼ちゃんに怒られるじゃない。それは不公平」


 玲はそういって、俺から視線をそらし、地面にある草を触りながらそう答える。


 「玲は、優等生だもんな。先生の前では」


 海もいつの間にか俺の隣に座り込み、それを仰ぎながらそう答える。


 「最後の一言余計じゃない?私はいつでも優等生よ」

 「どうだか」


 海も、玲もいつもの調子で俺を挟んで言い合いを始める。
 前まではうるさいから他でやってほしいと思っていた会話も、今の俺にとっては愛しいものだった。


 「はあ、はあ、ったく……何なの、真琴!!」


 そして頭に衝撃が走ったかと思えば、紫穂はいつの間にか到着していた。
 軽く俺の頭をぶったようだった。
 紫穂は玲の隣にそのまま座り込み、息を整えている。


 「玲から真琴が倒れたって連絡が入ったと思って、急いで授業抜けて行ってみたら、ちょうど二人逃げるようにして出てくるし。なんでか屋上に鬼ちゃん仁王立ちしているし……。まじ、なんなのっ!」


 紫穂はイライラしているようで、息を整えながらもそう前のめりで俺にのほうに顔を突き出してくる。
 俺も俺でこの状況をどう説明すればいいのか悩んでいた。


 「ごめん、紫穂。私の勘違いだったみたい……」


 そこですかさず、玲が苦笑しながらそう話し始めた。


 「勘違い?」

 「うん、そう。勘違い。真琴もともと貧血もちなのは知ってたんだけど、久しぶりに目の前でふらつき始めたから、私が早とちりして何か重大な病気なんじゃないかって大騒ぎしちゃったの。それで屋上降りてすぐいた鬼ちゃんを捕まえて屋上連れてきちゃったってわけ」

 「……ってことは結局倒れたのは貧血だったの?」


 紫穂は、間にいる玲を超えて俺のほうにそう顔を出しながら聞いてくる。

 貧血なんて、そんなこと今までなったことはない。
 しかし、玲なりに気を使ってくれたのだろう。


 「ああ、そう。悪かったな」

 「……。まあ、倒れたのが本当に単なる貧血ならいいけど。ちゃんと病院行きなよ……」


 紫穂はそういって大きく息を吐いた時だった。


 「あ……。ってか、お前らなんで屋上居たわけ?」


 先ほどまで黙っていた海が、思ついたようにそう口を開いた。

 そうだよな。
 この状況でそれを聞かない方がおかしい。
 いくら幼馴染の俺とは言えど、その点は気になってしまうのは玲に好意を寄せている海であれば自然なことだった。


 「あー……。それは私のせい」


 言い訳を考えている間に、先ほどまで鋭い目をしていた紫穂が、そう声に出した。


 「紫穂が?」

 「うん。私が2人を呼び出したの。屋上に」

 「これまたなんで」

 「長谷川先生に彼女本当にいないのか、2人に確かめてほしくて」

 「なんで授業中に……?しかもなんでこのまた2人に……?」

 「もー。質問が多いな!休み時間だと先生ほかの生徒につかまっててゆっくり聞けないじゃない。本当は真琴だけにお願いしようとしたんだけど、心配だから玲にも一緒についていってほしいってお願いしたの。結局先生は屋上に来てなかったみたいだけどっ!」


 紫穂はそういって俺にしかわからないようにウィンクをしてくる。
 なんのウィンクなのか意味不明だし、俺は海になんだか後ろめたいし……と思いながらも今はいったん紫穂に助けてもらったのほうが丸く収まるようなそんな気がした。


 「……なんか解せないけどいいや!お前が大事に至らなくて」


 そういって、海は俺をぐっと自分に寄せる。
 俺はそんな海の気持ちを_____今はうまく受け取ることができなかった。





 *





 夕暮れの空に、夕暮れに染まった町。
 昼間の暑さも、さすがに太陽が傾けば少しばかりは和らぐ。

 
 「……あのさ、真琴」


 同じ歩幅で隣を歩いていた玲が、少しこちらの様子をうかがいながら、そう口を開くのが分かった。


 「ん……?」


 俺はなんだか玲のほうを見ることが怖くて、前を向いたままそう返事をする。


 「変なこと聞くようなんだけどさ……。ここ最近、真琴なんか変わったことあった」

 「どういうこと」

 「言語化するのがすごく難しいんだけど……なんていうか……。急に真琴が別人になったように感じた瞬間がいくつかあって」


 自分の心臓が大きく跳ねるのが分かった。

 長谷川から以前言われた言葉がふと脳裏をよぎる。


 _____『タイムループしていることを、タイプループ中に俺以外の人間には悟られないように。交代した後のAIはその部分の対応についてプログラムされていない。万が一、誰かにお前がタイムリープしていることがばれて、AIがバレたことに対しての問題解決を図ろうとした場合エラーが生じる可能性が高い。その後のことは俺もどうなるのか知らない』


 「だけど、なにがとか、どこがとか言われると難しいんだよねー」


 俺が焦っていると、玲はつゆ知らないのだろう。

 最初は少しこちらの様子をうかがっているように見えたが、口を開いてしまえば昨日の夕飯何だったのかくらいのテンポ感で聞いてくる。


 「気のせいじゃね?」


 そう返すしかないと思った。


 「……そっか、そうだね。ごめん変なこと聞いて」


 玲はそういい、夕焼けの空を仰ぐ。玲が口角をくっと、無理やり上げるのが分かった。昔から玲の癖だった。納得していないときに出る表情。言い訳するにしても、これ以上俺がその話題を触ることが危険であることは明白だった。
 何か話題を変えようと頭の中を逡巡していた時だった。


 「あ、そうだ。今日の鬼ちゃんに注意された件。明日のお昼代、真琴のおごりだからね」


 玲がそう思いついたように、口を開く。

 俺らはあの川原に集まった後、まじめな玲は学校に戻ろうと言い出した。
 俺と、そして俺の同志である海もこのままサボることを提案し続けたのだが、玲に「逃げるとかダサい」と言われた瞬間、海は玲のほうへ、いとも簡単に寝返った。紫穂に関しては端から玲の味方であるため、多数決で俺も渋々3人に引きずられるように学校へ戻った。
 案の定、学校に戻ると、鬼ちゃんが玄関で待ち構えており、こっぴどく特に俺とそして海も叱られた。
 玲と紫穂はあくまで俺と海の被害者という扱いになり、注意程度ですぐに教室に返された。
 海はあの後、裏切りにあったとか言って、玲に迫ったが玲は「日ごろの行い」と海を一蹴するのを俺は聞いた。


 「え、そもそもあそこで玲が鬼ちゃん呼んだのが原因じゃ……」

 「そんなことないよー、急にあそこで人が倒れちゃ、誰もが鬼の手でも借りたくなるから。あ、なんか真琴困ってたからあの場ではあんな感じで私言っちゃったけどさ……。紫穂の言う通り早めに病院は行きなよ」

 「あー、わかってるって。あと、それに玲は叱られてはないじゃん」

 「叱られてないけど、注意はされたし。鬼ちゃんに目をつけられたのは明白だし」

 「俺らといる時点で目をつけられているとは思いますが」

 「そうかなー」


 とぼけたように、そう俺の隣で玲は笑う。


 「いいじゃん。数百円くらいじゃん」

 「玲」

 「ん?」

 「カツアゲっぽい」


 そういった瞬間、玲は肩にかけていたスクールバックで俺の背中をたたく。
 やり返そうと、スクールバックを俺も方から外した時、隣にいた玲は俺の前を駆けていく。
 玲の、白いワイシャツが夕暮れの色に染まり、少し茶のかかった髪が揺れるたび太陽の光で煌めく。


 「じゃあ、また明日ねー」


 そう一瞬振り返って、笑いながらそう言って、彼女は俺の前をそのまま駆けていく。

 心臓がぐっと締め付けられ、少し自分の体温が上がるのを感じる。
 今、口に出すことは憚られるが、もう俺はこの感情の名前を知っている。

 追いかけることを、俺はもうしなかった。
 その代わりに、ただひたすらに願った。


 _____どうか、彼女を俺から奪わないで、そして、彼女から明日を奪わないで、と。





 *





 翌日。
 20XX年5月23日。

 玲がいつも通り俺を迎えに来て、俺らはそのまま登校をする。


 「今日のお昼何食べようかなー」


 当たり前だが、玲はいつも通りの様子で俺の隣を歩く。
 いつもと様子が違う点は、今日の昼ごはんは俺のおごりだと持っているから若干テンションは高めであることくらい。


 「あんまり食べると太るぞ」

 「それは余計なお世話」


 何もかもがいつも通り。
 このいつも通りを今後も当たり前にしていくためには、このあとの俺の行動にかかっている。
 これが、玲を救うラストチャンス。



 「玲」

 「ん?」


 できるだけ平静を保ちながら、言葉を紡ぐ。
 昨日、玲にどうやって何を伝えようか考えてきた。


 「今日の昼好きなもの食べていいよ。常識の範囲内でだけどおごってやるから。その代わりお願いがあるんだけど」

 「え、やった。何?それによっては明日のお昼もお願いしようかなー」


 いつもの玲の様子に、「貪欲女」と口に出そうになったが、俺がその言葉をぐっと飲みこんだ。


 「わかったわかった。じゃあ、今から言う2つ。俺からのお願い」

 「聞くかどうかは、内容によるからね」

 「わかったって。まず1つ目、これからお願いすることの意図に関して、色々思うところがあると思うけど、なにも俺に聞かないでほしい。俺の口からあとでちゃんと説明するから。それまでは待っててほしい」


 玲は、少し驚いたように俺の顔を覗き込む。
 だけど、俺はそれに対して何も反応しないようにした。
 玲は口角をきゅっと上げるようなしぐさをしてから「わかった」と、そう言った。
 玲なりに飲み込んだのだろう。


 「校内で過ごすも登下校中も例外なく、この先何があっても海か俺と一緒にいてほしい」

 「は?」


 考える前に、玲はそう言葉が出てしまったようであった。
 自身でそのことについて「あ、ごめん」とつぶやく。
 
 驚くのも無理ないと思っていた。
 だけど、もうこれしか方法がないように俺は思えていた。 
 あとはもう、玲を信じるほかなかった。


 「……なんでか聞いちゃいけないんだよね……」

 「うん、ごめん」


 玲は、戸惑いながらもそう俺に問いかける。
 そのまま歩きながら、5月下旬の青空を仰ぎ、「んー」と考え込む玲。
 
 少しばかり玲の歩くスピードが遅くなる。
 俺はそれに何も言わずに合わせる。


 「あの雲さ……、クロワッサンみたいだね」


 玲は空を仰ぎながらそうつぶやく。
 俺も、空を仰ぎ、空に浮かぶクロワッサンを探す。


 「……どこ?」

 「えー、わかんないの?ほら、あれだよあれー。あ、なんか形変わってきた」

 「……あー、あの山のところの……?」

 「そうそう」

 「コッペパンにしか見えないけど」

 「だから形変わったんだって。コッペパンもいいね、おいしそう。今日のお昼はそれにしよう」


 玲はそういって足を止め、俺のほうをまっすぐ見る。
 俺も、それに気づき足を止め少し俺の後ろで止まった玲を振り返った。


 「真琴のお願い聞き入れる代わりに、今日明日の私のお昼は任せたからね」


 玲は口角をくっと上げて笑う。
 わかりやすい奴だなと思いながら、俺は「さんきゅ」と短く言葉をかけた。










 昨日の夜。
 俺は、自身のスマホである人の連絡先を探していた。
 見つけるや否や、通話ボタンをタップし、耳元にスマホを当てる。
 3コール待たずに、相手の人物は電話に出た。


 「ああ、真琴ー。珍しいじゃん、電話なんて。どうした?」


 海はいつものテンションでそう話す。
 
 
 「悪い急に。今いい?」

 「ああ、いいけど。何?……あ、朝の委員会のこと?」

 
 海はおそらく、自分の好きな人が俺にばれたことを言っているのだろう。


 「若干関係しているけど、まあ、メインじゃない」

 「おいおい、言い方なー」


 そう言って海はいつもの感じでふざけたように言い返す。


 「海、気づいていたかわからないけど。玲と紫穂、迫田友華からいじめられてるの知ってた……?」

 「……は?え、あの、美人で有名なあの迫田先輩?」

 「そう」

 「……え、まじ?」


 海の声のトーンが落ち着いていくのが分かる。
 さすがに好きなやつがいじめられているとなれば、そうなるのも無理はない。


 「……玲から相談受けた感じ?」


 海が一息置いて、そう俺に確認する。


 「いや、玲からは何も相談受けてない」

 「じゃあなんで?」

 「前、焼きそばパン買いに行くの断った時あっただろ?……あの時迫田先輩にもあったんだけど、玲と紫穂迫田先輩見てあからさまに避けたし、なんだか、嫌な感じ受けた」

 「……証拠があるわけじゃないと」


 珍しく海が論理的に会話をし始めたものだから、少し俺としては焦っていた。
 海のことだから、好きなやつがいじめられているかもしれないといえば、そのまま乗ってくれると思っていた。
 俺の親友は思っていたほど、感情的に動くような奴ではなかったらしい。


 「海の言うとおり。証拠は今はない」


 おそらく、玲や紫穂に行って彼女たちが持っているSNSアカウントのDMでも調べれば一発なのであろうが、今それをここでいうことはできない。
 迫田先輩の天才しか言いようのない、徹底した証拠管理のおかげで、外野からは尻尾を積むことは現状困難だった。


 「……でも、お前は思ってるんだよな、2人がいじめられてるって」


 海をどうやったらうまい具合に巻き込めるか、考えている間にも、海は会話を進めていく。


 「ああ、思ってる」

 「……お前がそう思うならきっとそうなんだろうな……。そういうところ、真琴鋭いし。んで、どうする?」


 しかし、やはり海は海だった。
 感情的な感じで動くことがないという点は俺にとっても盲点だったが、俺の言ったことに関してはまず信じるところから始めてくれる点は変わらなかった。


 「迫田友華から紫穂と玲を守らなきゃいけない。その方法について相談したいんだけどさ、その前に海。今日お前に俺言わないといけないことあるんだけど」


 海に言わなきゃいけないこと。
 俺が今まで気づかなかったこと、いや気づかないようにしていたことを彼にまず初めに話すと、電話を掛けた時点で心に決めていた。


 「俺も、玲のこと好きだわ」


 脈が速くなるのを全身で感じた。
 本人に直接告白をしたわけではないのに、一音一音吐き出すのがこんなに怖いと思ったのは初めてだった。


 「え……、ちょっと待って。ごめん」


 さっきまで頼もしかった海の声に、急に動揺という感情が乗ったようだった。
 そうなるのも無理ないと思った。


 「あのさ」


 海は、言葉を選びながら、ゆっくりとそう話すのが分かった。
 そのあとに続く言葉が待ち遠しくもあり、永遠に来なければいい。
 そうも思った。


 「悪いんだけど……気づいてた」


 だけど、俺が想定していたどの返答でもなくて。
 イエスでもノーでもなくて。
 まさかの斜め上からの返答に、俺もこの後どう返せばいいかわからなくて_____言葉を失うというのはこういうことかと痛感した。


 「え、ちょっとまって。まさか、お前、自分の気持ちに今気づいたとか……?」


 海に俺を煽る気はないとわかっている。
 わかってはいるが、そのタイミングでその言葉、俺には煽っているとしか感じなかった。


 「そのまさか」


 俺としてはこれ以外の返答方法は思いつかなかった。
 海は電話の向こうで、もうこらえくれなくなってしまったのだろう。
 ケラケラと、隠すようなことはせずに腹の底から笑っている。
 俺はといえば、そんな海に怒りなどはなく、ただただ、自分自身が情けなかった。

 自分が気付いていないだけで、俺が玲のことが好きなことはバレバレだったということなのだから。


 「あー、久しぶりにこんなに笑ったわ。まあ、俺も人のこと言えないけどな、お前にはばれていたわけだし」


 海は、俺をフォローしてるのか、けなしているのかわからないそんな言葉をかける。
 自分自身が情けなくなり、これ以上の話しは明日学校に行ったときにしようと思った、その時だった。


 「ごめんな、こんな笑っちまって。でも、さんきゅうな、お前の口から聞けて良かったわ」


 海のいいところはこういうところだった。
 まっすぐで、自分の気持ちを包み隠さずに(だから、玲のこともバレバレだったんだが)素直に周りに伝えることができる。
 改めて、海のストレングスに救われる。


 「で、えっと、なんだっけ。玲と紫穂をあの女王様から守るんだよな」


 海のほうから話を切り替えだす。
 今回電話を掛けた本当の目的はここにあった。


 
 「ああ、そう。……女王様って……?」

 「迫田先輩。隠語みたいでよくね?しかもぴったり」

 「お前、見た目タイプって言ってたろ」

 「それはそれ、これはこれ」


 いつものお調子者を発揮しだす海。
 これくらいのテンションのほうが、俺のしても進めやすかった。


 「なんか、真琴の中でプランあるわけ?」

 「ん-。プランねー」

 「まさか、お前、ノープランで相談したわけ?」

 「海と話せばいい案浮かぶかなと思って」

 「あー、なんだよ。……ってかさ、要は何だっけ。玲と紫穂をあの女王様に近づけなきゃいいんだよな」

 「ああ、そうそう」

 「そんなの、俺と真琴がずっと一緒にいればいいんじゃね。玲ならお前登下校一緒だし今とそれほど変わらないだろ」

 「まあ、それが一番確実だけど、イレギュラーに弱い。どちらかが風邪ひいたときにどうしても一人になる」

 「それもそうだな……。んー、長谷川頼るか?2人いじめられてるって」

 「陰湿ないじめ過ぎて、長谷川だけの対応じゃ難しいんだよな。一応長谷川も先生だし、立場上確証ないと動けないだろうしな」

 「なるほどなー。確かに、俺もお前に言われるまでは知らなかったしな」

  
 正直八方ふさがりだった。
 だから、海に電話をかけて協力要請したところもある。
 海のことだから、突飛なアイデアが出てくること期待して、この件を持ち掛けた。


 「あのさ」


 沈黙が数分続いた後。
 海が恐る恐る、そう口を開くのが分かった。


 「ん?」


 何かアイデアが浮かんだのだろうか。
 しかし、海はなかなかそれを口に出さない。

 
 「そもそもなんだけど、玲と紫穂を迫田先輩がいじめる理由って何?……まあ理由なきいじめも存在するわけなんだけどさ、なんか理由があるのであれば、そこが解決の糸口なんかじゃないかって……思っちゃったりして……」

 「俺と迫田先輩付き合いたいらしい」


 一瞬言うことを躊躇しようとしたが、ここまで来てしまえば隠し置くのもなんだか違う気がした。
 うまいいいわけも思いつかないわけで、俺は知っている事実をそのまま吐き出した。


 「……はあ?」


 海は案の定の反応。
 そして。


 「俺じゃないかい!」


 と、のんきに突っ込みをしている。
 まあ、これが愛すべきキャラクターなのだが。


 「真琴ばっかりずるいよなー、って、お前よくそこまで知ってるよな。どこから仕入れてくるんだか」


 海は俺の情報の出所を気にしているようではあったが、俺が言った内容についてはそのまま信じてくれたようだった。


 「んー、それならいい方法俺思いついたわ」


 そして、海はそのまま俺に作戦名を伝えてくれる。


 「……海、お前こういうこと考えることは天才だよな」

 「まあな。ただ、玲の了承あってこそだけどな」

 「ああ、それは俺が何とかする」

 「おっけ、そこは任せるわ。じゃあ、明日学校でな」

 「おう」


 俺らは、そう軽くあいさつを交わして、海との通話を切った。
 そのままイスに深くもたれこみ、そのまま天井を仰ぐ。

 このまま夜を明かして数時間後には俺は元の世界に戻ることになる。
 これが俺に残された最後のタイムリープ中に過ごす夜だった。

 あとはなるようにしかならない。
 自分にそういいきかせて、俺はそのままベットのほうに足を向けた。





 *





 校門近くまで来たとき。

 
 「れーい!」


 いつものように、紫穂が玲を見つけ手を振る。
 玲も紫穂にこたえるように手を振り返すが、あの時のようにすぐに駆け寄ろうとはしなかった。
 先ほどした約束を守ってくれているのだと思う。
 約束をしておいてなんだが、なんだか束縛の強い彼氏みたいに思えてしまって、若干の罪悪感を覚える。

 すると、紫穂の後ろから、見覚えのある人影がまたやってきて


 「まーくん!」


 と、紫穂の真似をしてこちらに手を振る。
 誰かなんて、その呼び方を聞けばわかる。
 恥ずかしいから本当にやめてほしい。

 
 「いつも思うけど、海って底抜けに元気だよね」


 玲が隣で、手を振る海を見ながらそう笑った。


 「恥ずかしいから、やめてほしいんだけどなー」


 そう言っている俺も、玲と同じように笑いが漏れる。
 何度も海のそう言うキャラクターに救われてきた。
 俺らが彼らのところにつくまでの間、紫穂は「やめてよ!真似しないで」と言いながら海とじゃれているのが見えた。
 海は海でそんな紫穂をまた真似して、余計に紫穂を怒らせている。
 紫穂で遊ぶのはやめろなんて、後で玲に怒られるところまで俺は想像がついた。


 「ちょっと海。また紫穂で遊んでたでしょ」


 海と紫穂のところへ到着すると、玲は俺の予想した通りの行動をする。


 「遊んではない。からかってた」

 「それを遊んでるっていうんだけど」

 
 玲という盾を得た紫穂は、玲のほうにすぐさますりより「そうだそうだ!」なんて、小動物かのように玲に加勢する。


 「はいはい、わるいわるい」


 海は、頭を搔きながらそう答え、一瞬目線を俺に合わせてくる。
 俺は、海にしかわからないように、うなづく。
 海の口角が少し上がるのが分かった。

 
 「さて、じゃあ、玲、紫穂。お前らにも俺らの楽園に招待してやるよ」


 海はその口角を上げたまま、そう紫穂と玲に意気揚々と宣言する。
 2人は何が何だかといったような様子で、そのまま首を横に倒した。

 そんな2人の前に、海は、シルバーのカギを取り出して見せびらかす。

 これから始まるのは海が立てた作戦。
 どこかの有名ドラマのパロディーみたいな感じであまり大声では言いたくないのだが、それを堂々と言えてしまうのが海だ。


 「ではまーくん。始めるとしましょうか。題して『告白大作戦!』」_____。











 タイムリープし始めて初めて入る放送室。
 そこは、あの時と何も変わていなくて。
 無機質なその空間が今の俺にとっては非常に懐かしかった。


 「ちょっと、やるなら2人でやりなよー」


 そんな空間に、いつもなら海と2人でいるのだが、今回は初めて紫穂も玲も一緒だった。
 紫穂は、この後鬼ちゃんが追いかけてくることが分かっているため、この空間から出たくて仕方がないよう。
 玲の隣で、不満げな顔を包み隠さずそう俺らに抗議する。

 
 「いやいや、これ、お前らもいないと成立しないから」

 
 海は慣れた様子で放送の準備をしながら、そう返答する。
 
 紫穂が不満げな顔をしているのに対し、玲は俺のほうにずっと視線を向けているのに俺は気づいている。
 怖すぎて、まともにその顔を見られたもんじゃないが、絶対に怒ってる。
 俺にも、そしてこんな約束をOKしてしまった自分自身にも。

 いつもの放送室のハラハラドキドキした緊張感とはまた違う。
 今は、いろんな意味でハラハラそしてドキドキした恐怖の要素が少し多めな緊張感が走っていた。

 そんなこんなしている間、放送時間がやってくる。


 「よし、できた。真琴、お前ここな。紫穂と玲は後ろに座ってて。鬼ちゃん来たらいつでも逃げられるようには準備しといて」


 海はそういってマイクの前に座り、俺を自分の隣に座らせる。
 紫穂と玲はもうすでにあきらめたように、海に言われるがまま後ろのベンチにおとなしく腰を下ろした。


 「真琴、準備いいか」


 海は、俺にしか聞こえないような声で俺にそう話しかけてくる。


 「ああ、いいよ」


 そう言いながら、自分のこぶしに少し力が入ったのが分かった。
 海は、そのままマイクの音量部分のつまみをゆっくりと上にあげた。


 『皆さん、おはようございます。今日もこの学校の人気者が朝の放送をさせていただきます!』


 そういって、海は、余裕があるときにいつもかけるBGMを自身のスマートフォンから流し始める。
 その方がなんからラジオっぽくてよくない?と海が持ち込んだ案だった。

 
 『では今日なんですけれども、すぐに本題のほうへ入りたいと思います』


 海はそういってマイクを俺のほうへ向けてきた。
 俺は、マイクに入らないように咳ばらいをし、海からのバトンを受け取る。


 『皆さんおはようございます。立花真琴です』


 いつもは海に合わせてお茶らけた感じで行くのだが、今日はそういうつもりでこの場にいるのではなかった。
 俺にとってはこの放送が最後の頼み綱だった。


 『この場を借りて、ある人に俺は、気持ちを伝えたいと思います』


 一音一音、丁寧に言葉を解き放っていく。
 こんなにも自分の話し言葉に意識を向けたのは生れてはじめてだと思う。


 『俺には、好きな人がいます。そのことに気づいたのはごくごく最近なんだけれども、とても大切にしたい、そんな人がいます』

 
 隣にいる海が、固唾をのみながら見守ってくれているのが伝わってくる。


 『彼女にはまだ直接自分の気持ちを伝えていなくて、これからゆっくり伝えていこうと、そう思っています。なぜこんなことをこの場で言いたかったのか。それは、彼女から直接助けてと言われたわけではないし、余計なお世話だって思われる可能性は十分にあるけれど、俺は彼女が最近陰ながらに傷ついていることを知っているから。そんな彼女を俺は今の俺なりに守りたいと、そう思ったから。だから、俺はここで宣言します』


 俺は、マイクから少し身体を放し、ゆっくり呼吸を整えた。
 そして、もう一度、身体をマイクのほうへ近づける。


 『俺の大切にしている友達、そして俺が思いを寄せている子に対し、傷つけるようなことをする奴がいれば、俺はどんな美人であろうと許さない。そんな奴を、俺は心の底から軽蔑します』


 俺はそういって、マイクをそのまま海に返す。

 その時だった。


 ________ドンドンドン。


 放送室の扉を強くたたく音が聞こえてくる。
 

 「小山!立花!」


 それと同時に、いつもの鬼ちゃんの元気な声が聞こえてくる。
 海は、その声を聴いてにやりと笑った。


 『では、特別ゲストが来たようなので、このままゲストのほうにバトンを渡したいと思いますー。それではまたどこかでお会いしましょう。それでは皆さんよい1日を』


 海はいつも通り、なれた口調でその場を締める。
 俺は俺で、いつもの逃走ルートである、放送室の窓に2人を誘導する。

 玲も、紫穂も何か言いたげであったがそれを口にすることなく、俺に従順に従う。
 二人が螺旋階段を上り始めたのを見て俺も窓から降りる。
 海は、そのまま放送室のマイクのスイッチを切り、俺のあとに続いた。
 その瞬間、鬼ちゃんが放送室の扉を突破。
   

 「立花ー!小山ー!」


 鬼ちゃんの怒号が、放送室いっぱいに響き渡たる。
 それを遮るようにして海は放送室の扉を閉めて俺後ろを追いかけてくる。

 そして俺ら二人も、紫穂と玲を追いかけるようにして、螺旋階段を駆け上がった。

 屋上まで駆け上がると、そこには紫穂と玲の姿はなくその代わりに、煙草を優雅に呑む長谷川の姿があった。

 長谷川は俺らに塔屋の上へ目線を送る。
 その間、鬼ちゃんだろうか。
 螺旋階段を上ってくるもう一人の足音が聞こえた。
 
 俺らは急いで塔屋へ続く梯子を上っていく。
 案の定、そこには玲と紫穂がいた
 彼女らはばれないように寝そべって屋上の様子をうかがっていたため俺らもそれに倣う。

 ちょうどその時、鬼ちゃんが、螺旋階段を上り終えたようだった。


 「あー、鬼塚先生(鬼ちゃん)。珍しいですね、ここにいらっしゃるの」


 長谷川は、何事もなかったようにそう疲れ果てた鬼ちゃんに言い放つ。
 こういうのを見ると、本当に長谷川だけは敵にしたくないと思う。


 「はあ、はあ、長谷川。お前ここに生徒2人来なかったか?」


 鬼ちゃんは行き途切れ途切れにそう、長谷川に確認をする。


 「いや……?来てないですね」

 「知ってるぞ、お前が生徒かくまってるの」

 「生徒というのは?」

 「立花と小山。お前の生徒だろ」

 「まあ確かにそうですが。仮に二人がここにのぼってきたとしても、ここは私にとっては安息の場所なのですぐ追い返しますよ。邪魔されたくないですし、ほら、煙草は生徒の身体には悪いですからね」

 「……ッチ、それもそうだな。悪かったな邪魔して。だけど、自分のクラスの生徒なんだからちゃんといっとけよ。こうも好き勝手やられると困る」

 「いやー、すみません。先生のお手を煩わせているようで。しっかり俺からも言っておきますんで」


 長谷川のその声を最後に、塔屋にある扉が開いてそして閉まる音が聞こえた。
 そして階段を下っていく音が聞こえる。


 「ったくー。ほら、おりてこーい」


 長谷川は気の抜けたような声で、俺らを呼ぶ。
 俺らは長谷川に言われるがまま、そのまま塔屋を下りる。


 「おうおう、今回は真琴と海、お前らだけじゃなかったんだな」


 長谷川は煙草を片手に持ったまま俺ら4人が下りてきたのを見て、そうつぶやいた。


 「まあ、ちょっと事情があって」


 俺はそう、長谷川に返す。
 
 
 「まあいいけど。お前らほら、教室戻れ。俺がかくまってるんじゃないかってただでさえ疑われてるんだからなー」


 長谷川はそういって、煙を青空に吐きだした。
 

 「ご迷惑おかけしてすみませんでした」


 玲は、律儀に長谷川に頭を下げる。
 長谷川は少し気持ちがよくなっているようで「いいってことよー」と軽く返す。

 俺らはそのまま鬼ちゃんがさっき開けた塔屋の扉を開き、階段を下りていく。
 そうしようとした時だった。

  
 「いや、ちょっと待って」


 玲が、足を止める。
 その瞬間、長谷川もHRに備えて、俺らの後ろについた時だった。


 「先生、申し訳ないんですが、少し真琴と話してもいいですか」


 玲が、長谷川にそう振り返って言う。
 長谷川は少し口角を上げ、玲に対してうなづいた。
 そして、足を止めた俺らを通り過ぎて階段を下りていく。
 俺を通り過ぎようとしたとき、一瞬長谷川は足を止めた。


 「できたじゃん」


 そう、短く一言。
 長谷川が俺に耳打ちをするのが分かった。

 海も俺の背中を押すように、肩を2回ほどたたいて長谷川に続いて階段を下りていく。
 紫穂もそれに倣うように、海の背中を追いかけていった。

 残された玲と俺。


 「ここじゃなんだし……。屋上戻る?」


 俺がそう言うと、玲はゆっくりうなづき、俺らは来た道を戻った。

 先ほどの高揚した気分とはまた違って、いまは別の意味で気分が波立っていた。
 玲は屋上にでて、先ほど長谷川はもたれていたフェンスに自身の身体をもたれかかけさせる。
 俺もそれに倣うようにして、玲の隣に並んだ。


 「あのさ、今日の朝の約束については聞かないけど。今日の放送については聞いてもいよね」

 
 玲は、屋上から見える校門へ目を向けたまま、つぶやくようにそういった。


 「ああ、うん」


 気の抜けた返事をする俺。
 正直、放送後のことなんてなにもかんがえていなかった。
 冷静に考えれば、玲から何か言われることは明白だったのに。


 「私の思い違いだったら本当に申し訳ないんだけど……。あれって私のこと?」


 玲も馬鹿じゃない。
 というか、頭は俺よりも海よりも全然いい。
 そのため、その結論に至ることはごくごく自然だった。


 「ああ、そう」


 人生初めての告白はこれでいいのかと思いながら、俺はそのまま頭を垂れた。
 せっかくなら、もう少し男らしく堂々と言いたかった。
 だけどそんなこと今になっては後の祭りだった。


 「……ははっ!そっか、真琴にはばれてないと思ってたけど、バレバレだったのか」


 玲は、そう言いながら無理やりにでも笑おうとしているのが分かった。


 「……玲?」


 表情は笑っているように見えて、俺には玲が泣いているようにみえた。


 「ごめん、真琴。そこまで気を使わせて」


 何のことを言っているのかわからなかった。


 「何が?」


 お前よりも頭の出来が違うから、俺にわかるように説明してほしい。
 そう思った。


 「真琴はさ、真琴なりに聞いてくれてたんだよね。私がその……迫田先輩からされていることに関して」


 玲はそういって、俺のほうを見てまた笑った。
 悲しそうなそんな笑みだった。
 確かにこれまで、何度か回りくどく詮索を入れたことは事実だった。
 だけど、玲はそのどの場面でも弱みなんて見せなかった。


 「ごめん、俺不器用だからさ」

 「うんん、いいの。言わなかった私が悪いんだから。うん、私が悪いの」


 玲は、そう言ってまた校門のほうに目をやる。

 そして、玲は何かを決意したように口元を強く結び、そしてそのあとの言葉を紡いだ。


 「真琴、今日の朝の約束。なかったことにさせて」


 いつの間にか玲はまっすぐ俺のほうを見ていて。
 そこには何ら笑みはなく、もう決めたといった意思が前面に出ていた。
 こうなっては、周りがどんなことを言っても聞かないことを俺は知っていた。
 
 まさかのどんでん返しに正直焦りしかなかった。


 「は、え、どういう……?」


 我ながら情けない声が出たと思う。


 「私は真琴の自由まで奪うつもりはないし、これは私の課題だから。だから、真琴にはちゃんと自分が好きな人と一緒になってほしい。私が強いこと真琴は知ってるでしょう」


 ああ、伝わっていない。
 そう思った。
 玲は、自分を迫田先輩から守るために俺があんな放送をしたと思っている。
 まあ、間違いではないが、あの言葉が嘘ではない。

 まだ間に合う。
 今から訂正すればいい。

 そう思った、その時だった。
 
 ズキンと頭が石で殴られたように痛みが襲ってくる。
 まて、今何時だと思い、スマホを取り出し時計を見た。
 時刻は_____午前9時59分。
  
 もう、タイムリミットだった。
 このままだと、同じことを繰り返す。

 初めてのタイムリープ時見た、階段から落ちた後の玲の姿がフラシュバックする。
 ____これが最後なんて、そんなのいくら何でも残酷すぎる。

 身体がいうことを聞かない。
 そのまま膝から崩れるようにして身体が倒れていくのが分かった。

 玲がこちらに駆け寄ってくる。
 ああ、この光景2度目だなんて、お気楽な考えが浮かぶ。


 「真琴、ねえ、しっかりして!」


 玲が、俺を抱きかかえるようにして身体をゆする。
 お前が死なないのであれば、俺はこのままいなくなってもいいのに。
 こういう最後なら、俺は何の後悔もなくそのまま成仏できるのに。

 _____なあ、玲。お願いだからさ_____。


 「生きて____」


 その言葉が玲に伝わったのか、伝わっいないのかわからない。

 そのまま俺の視界は暗転。
 この世界からの俺は、いったん離脱した_____。