「ねね、これとこれさ、どっちがいいと思う?」
「どっちでもいいんじゃない?」
「そうやっていつも真琴は適当だよね」
「だって俺、関係ないし」
学校へ登校する途中、俺がそう言うと、幼馴染で腐れ縁の鈴木玲は、あからさまに俺の隣で頬を膨らませた。
今日の朝の議題は、玲が手に大事そうに持っているスマートフォンの画面に映る二つの筆箱のうち、どちらがいいか。
俺にとってはどうでもよくて。
玲にとっては、どうやらどうでもよくないことだったよう。
「なぁ、遅いよ、置いてくぞ」
そんな玲をいちいち気にするのは面倒い。
歩くペースが一段と遅くなった玲を急かした。
玲のことだから、学校に着いて友達と話せば調子はすぐ戻るだろう。
そんな都合のいい性格をしているから、多分高2になった今日までも一緒にいられるのだと思う。
「れーい!」
校門近くまで来たとき、玲のことを元気に呼ぶ声がした。
玲は、「あ、しほだ!」なんて嬉しそうに言いながらブンブン手を振っていた。
ほらみた。
もう機嫌が直った、と思わず苦笑してしまう。
「俺への挨拶はないのかよ」
こっちに向かって走ってきた紫穂にそう言うと、紫穂は「あ、おはよう!」なんて軽く言う。
おまけ扱いを受ける俺。
いつものことだから、もうこれ以上は何も言わない。
紫穂が合流して3人で教室に向かう途中、親友の海が俺を見つけてニヤリと笑った。
「お、真琴!今日もいつものアレやる?」
「ああ、やるやる」
海がアレと言った瞬間、玲と紫穂は半分呆れたような顔で、「私たち先に教室に戻るから」と言い残し、俺たちから離れた。
俺たちは、玲たちとは真逆の方向に進み、足を止めたのは放送室の前。
今は午前8時50分。
HRが9時からだから、大体の生徒はもう学校に来ている。
俺たちは躊躇なく放送室の扉の鍵を、あらかじめ作っておいた合鍵で開けた。
そして、海は慣れた手つきでマイクの電源を入れる。
『……えー、おはようございます。今日もこの学校の人気者が朝の放送をさせていただきます!』
海が慣れた口調で校内放送を始めた。
これが俺たちの毎朝の茶番。
はじめに言っておくが、俺たちは放送委員ではない。
ましてや、先生からこの放送を託されているわけでもない。
これは俺たちが勝手に始めたこと。
だから……。
『今日の朝の小話は、んー、どうしようかなあ……そうだ、真琴の小さい頃の話。あ、玲提供のやつだから信頼できるよ!そのお話を……』
________ドンドンドン。
「小山!立花!開けろ!お前たち、今度こそ捕まえて、みっちり説教してやるからな!」
強く扉を叩く音とともに聞こえる声の主は、生活指導の鬼教師。
愛称として、俺たち生徒は鬼ちゃんと呼んでいる。
今日はいつもよりも鬼ちゃんの到着が早かった。
俺は逃走準備を始め、海は『予定より早い来客のため、続きは次回!』なんて、ちゃっかり締めの言葉を言い残し、マイクの電源を切った。
俺たちはそのまま窓から逃走。
学校外にある螺旋階段を一気に駆け上がり、屋上へと上がった。
これがいつもの逃走ルート。
螺旋階段は、腐敗がひどいため、立ち入り禁止となっている。
しかし、実は生徒がここを登って屋上へ行かないための建前であるということは、俺たちは知っている。
その理由は_________。
「あーあ、本当に懲りない奴らだな」
息の上がっている俺たちを見て、鼻で笑いながらタバコを優雅に吹かしているのは、俺たちの担任、長谷川だった。
懲りずにいたずらし続け、毎回鬼ちゃんに怒られている俺たちを見た長谷川は、逃げ道として、このルートを使えばいいと教えてくれた。
よしかかっているフェンスがギシギシと長谷川の体重で鳴っている。
こんな暇つぶしのいたずらで、長谷川は怒ることはしない。
笑って見過ごすことがほとんど。
「先生、いいんですか?HR始まりますよ?」
俺がそう言うと、長谷川は、浅くため息をついた。
「現実を突きつけてくれるな。ほら、お前らも行くぞ……。ったく、いたずらするのはいいがもう少し俺の負担にならないいたずらにしろよな?あとで、生活指導の先生に叱られるのはお前らの代わりに担任の俺なんだから」
そう言って、長谷川は目で「早く来い」と付け加えるように言ってくる。
これだけ好き勝手やっても、特に大きな処罰もなく、こうして今の学生生活を横臥できているのは、間違いなく裏で長谷川が働いてくれているからだって、俺らは分かっている。
俺らは、長谷川のあとを「はーい」なんて適当な返事を返しながらついていく。
階段を3人で降りる音だけが、校舎に響く。
長谷川の後ろを降りる俺らには、長谷川の吸ったたばこのにおいがかすかに鼻につく。
長谷川は教師なのに口ひげを生やし、髪はゴムでひとつ結びにまとめてある。
古着屋にでもいそうな装いの、少し変わった俺等の先生。
だが、一部女子にはハマる装いらしい。バレンタインの日にチョコをもらっているところ何度かを見たことがある。
性格もこんな感じだから、俺らをはじめとした男子生徒にも人気がある。
紫穂なんか、高校卒業したら長谷川に告白しに行くから、俺等に長谷川の好きなタイプを聞いてこいだのなんだの言ってくる。
「てか、海。お前、今日の放送はの何を暴露する予定だったんだ?」
俺の隣でだるそうに頭をかいている海に、長谷川はそんな質問を投げかける。
そういえば、鬼ちゃんから逃げることで頭がいっぱいだったからすっかり忘れていた。今日の放送内容は、俺に関係することだった。
海は、「あぁ」と、口をぽかんとあけてから、俺に白い歯を見せてくるように笑う。
「今日のネタは、玲提供によるとっておきのネタだったんっすよ」
「へー、玲は何をお前に言ったんだよ」
長谷川が、面白半分にそう聞く。
「え、聞きたいですかー?」
海は、なんだかうれしそうに俺の隣で揺れる
女子かよ、なんて思いながら、俺は「何?」と聞いてみる。
「お前が、小学生の低学年だったころ、スイカの種飛ばしを玲と競ったことがあっただろ?その時、玲に全敗だったお前は悔しくて隠れてスイカの種飛ばしの練習をしてたら、スイカの食べ過ぎで、おなか壊しちゃったっていうことを話そうと……」
「ははっ、真琴。だからお前、いつも玲には頭が上がらないんだな」
長谷川は、大きく声を出して笑う。
そんなことはない、といいたいところだが、長谷川の言っていることは事実で。俺は玲の言うことには逆らえない。
今回に限っては放送妨害をしてくれた鬼ちゃんに、俺は心の底から感謝をした。
そんな話をしている間に、俺らは教室の前に到着。
長谷川は、教室の前から、俺らは後ろから入り、いつもの朝のHRが始まった
目が合ったクラスメイトから「惜しかったな」「次は頑張れよ」なんて言われながら俺等は教室に入っていく。
席に着くと、隣の席の玲がセミロングの髪を揺らしながら、ニヤリと笑って俺を見てくる。
俺の今日の朝の態度に対して、仕返しをしてやったといわんばかりだ。
俺の日常は、いつもこうして始まる。
表面上は真面目だが、本当は俺に劣らずのいたずら好きで、姉御肌な俺の幼馴染でもある玲。
玲の親友である末っ子気質な紫穂。
ムードメーカーの海。
そして、俺。
俺の高校生はこの4人でいることが多い。
きっとこの4人でいることが好きで、4人でいるときの自分が好きなんだと思う。
_________その日常を俺が崩すなんて、この時は思ってもみなかった。