_____私、迫田友華にとって、誰かに選ばれないことほど、屈辱的なことはなかった。
いつだって、私は両親にとって自慢の娘で、友達にとっては憧れの対象だった。
だったからだろうか。
いつの間にか周りが私に対して勝手に「迫田友華はこうあるべき」という像を作り上げるのが分かった。
百合のように嫋やかに。
いつ何時も美しく。
両親にとっては物わかりのいい淑女であれと。
昔から、人の気持ちに過敏だった私は、勝手に察して勝手にその枠組みの中に納まっていった。
その方が、可愛がられると思ったから。
その方が、私にとっては都合がいいと思ったから。
高校2年生になった時、立花真琴のことを知った。
最初は顔がタイプだなと思っていた。
それだけだった。
だけど、彼のことを知っていくうちに、初めて人のことをうらやましいと思った。
私にないものを彼は持っていた。
自分の思うがまま、好き勝手暴れて、だけどみんなに好かれていて。
私は、周りが作った温室で大事に大事に育てられていて。
温室から出ることは許されなくて。
だけど、彼は翼をもっていて。
自由に空を飛んでいける。
私もなりたいと思った、
彼と近づけば、彼と一緒にいれば連れ出してくれるんじゃないか。
そう思った。
彼の視線の先には、いつも彼女がいた。
温室育ちの私には届かない。
あの燦々と照りつける陽の下で、強く逞しく自由に咲く彼女。
そんな彼女が、羨ましかった。
「___おいおい、そんな警戒するなよ」
立花真琴と鈴木玲たちの担任。
長谷川陸が私の前で堂々と紙煙草を吸っている。
一応風下で吸ってくれているみたいだけど、教師としてどうなのかと思う。
フェンスによしかかりながら、私にそう声をかけてくる。
もうとっくに授業は始まっていて。
生徒に授業をサボらせるのもどうかと思う。
不思議な先生だと思ったけど、まったく彼の思考が読めない。
「生徒と先生、建前なしにちゃんと話そうと思って」
先生はそういって、近くにあったたばこの吸い殻入れに煙草を入れて、私のほうをしっかりと見てきた。
「迫田」
そして、そうはっきりと私の名前を呼んだ先生。
「……はい」
「単刀直入に言うけど。お前は……今が生きづらいのか?」
「え?」
思わぬ質問に、そのまま心の声が漏れる。
「人をいじめる奴なんて、根本的にいじめ自体が楽しくてやる奴とそうじゃない奴がる。お前は後者だと思った。後者のやつは大体何かしらの葛藤を抱えているからな。お前は……どうしたい?何に困ってる?」
先生が、ずかずかと私の心の中に入ってこようとしているのが分かる。
ずっとずっと閉じていた部分をこじ開けようとしているのが分かる。
「……っ!葛藤って……」
「話しづらいか」
先生はどこまでも芯をついてくる。
授業で一部習っているところがあるとはいえ、面と向かって話すことは今回が初めてだった。
だから、どうしても躊躇してしまう。
ここから話す私の話は、みんなに見せている綺麗な私ではないから。
「迫田から見て、俺ってどんなイメージ?」
先生の表情が少し柔らかくなる。
私が話しやすいように配慮してくれているのだろうか。
「え、最初は変わった先生だなって思った」
「うん、それで?」
「学校で人気の先生」
「うん」
「授業はわかりやすけど、サボりぐせがある」
「おお、よくわかってるね」
「生徒想いな先生」
「うれしいね、ほかには?」
「……ヘビースモーカー」
「うん、正解。正直だねー」
「え、だって」
先生の作る独特のテンポにまんまと乗せられる。
戸惑う私を見て、先生は砕けたように笑った。
「迫田、お前はそれくらい肩の力抜いたくらいがちょうどいいよ」
「……肩の力を抜く?」
「俺は数回しかお前のクラスの授業出ていないから、詳しいことはわからないけど、正直迫田の評判は先生内でも非常にいい。あ、変な意味じゃなくて、授業態度とかそういうやつな」
「まあ、そういう風に気を付けてるから」
「お前、家でもそうだろ?」
ぐっと、心臓に矢が刺さったようなそんな感覚になった。
急に核心をついてくるの本当にやめてほしい。
「そんな他人の作った虚像なんてぶっ壊してやれ」
先生はそういって、口角を上げる。
「ぶっ壊す……?」
「ああ、ガツンとな。何でもかんでもため込むのって精神衛生上よくないんだよなー」
「そんな、急に言われても……」
今までこれが私の思っていた中での生きやすさであって。
それを壊して生きていくなんて。
そんなの____。
「___怖いんだろ?」
まただ。またこの人はずかずかと。
「だから、立花の力借りようと思ったんだろ?」
だけど、何も言えない。
先生の言っていることは事実だったから。
「そんなひねくれた『助けて』じゃ、誰も助けてくれないさ」
「……っ!」
「口に出さなきゃ、周りはどうすればいいかわからない。どう手を差し伸べていいのかわからない。察してほしい、気づいてほしいはただのエゴなんだよ。迫田、お前はちゃんと自分の気持ち気づける奴だってわかったから、改めて聞くけどさ____何に困ってる?」
先生はそう目をそらさずに私のほうを向いて話しかける。
ずっとたまっていた何かがあふれるように、熱いものがどんどんこみあげてきて、気づけばその場で涙を流していた。
「もう……いい子ちゃんは疲れたの」
言葉にして初めて気が付く。
そうだったんだ。
私疲れていたんだと。
「うん」
先生は私の話をせかすことなく、頷いて話を聞いてくれる。
「わがままなんて言えなくて。この先の進路とかも親が全部決めてて。本当は私やりたいことあるのに」
「うん、何になりたい?」
「……モデルに……なりたいの私」
「うん」
「だけど、誰にも言えなくて」
「じゃあ、言う練習から行きますか」
先生は、一歩一歩私のほうに近づいてきて、私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「いやー、知らなかったよ。やっぱり口に出さないとわかんないもんだな」
そう言って子供っぽく笑う先生。
思わず、私も少し笑ってしまう。
「先生、一緒に考えてくれる……?」
「ああ、いいよ。じゃあまずはお前の担任にそのことを伝えることからだなー。って担任って……」
「鬼塚先生……」
「……まあ、俺にはあの先生厳しいけど生徒には優しいから。お前から言えよ」
そう言って先生は、苦笑いをしながら屋上を出ていこうとする。
その背中を追いかける私。
先生が生徒から人気な理由が今日、なんとなくわかった。
ちゃんと逃げずに、真正面から向き合ってくれる。
他人に本心を伝えて受け入れられることが、こんなにも心強いなんて知らなかった_____。
*
いつだって、私は両親にとって自慢の娘で、友達にとっては憧れの対象だった。
だったからだろうか。
いつの間にか周りが私に対して勝手に「迫田友華はこうあるべき」という像を作り上げるのが分かった。
百合のように嫋やかに。
いつ何時も美しく。
両親にとっては物わかりのいい淑女であれと。
昔から、人の気持ちに過敏だった私は、勝手に察して勝手にその枠組みの中に納まっていった。
その方が、可愛がられると思ったから。
その方が、私にとっては都合がいいと思ったから。
高校2年生になった時、立花真琴のことを知った。
最初は顔がタイプだなと思っていた。
それだけだった。
だけど、彼のことを知っていくうちに、初めて人のことをうらやましいと思った。
私にないものを彼は持っていた。
自分の思うがまま、好き勝手暴れて、だけどみんなに好かれていて。
私は、周りが作った温室で大事に大事に育てられていて。
温室から出ることは許されなくて。
だけど、彼は翼をもっていて。
自由に空を飛んでいける。
私もなりたいと思った、
彼と近づけば、彼と一緒にいれば連れ出してくれるんじゃないか。
そう思った。
彼の視線の先には、いつも彼女がいた。
温室育ちの私には届かない。
あの燦々と照りつける陽の下で、強く逞しく自由に咲く彼女。
そんな彼女が、羨ましかった。
「___おいおい、そんな警戒するなよ」
立花真琴と鈴木玲たちの担任。
長谷川陸が私の前で堂々と紙煙草を吸っている。
一応風下で吸ってくれているみたいだけど、教師としてどうなのかと思う。
フェンスによしかかりながら、私にそう声をかけてくる。
もうとっくに授業は始まっていて。
生徒に授業をサボらせるのもどうかと思う。
不思議な先生だと思ったけど、まったく彼の思考が読めない。
「生徒と先生、建前なしにちゃんと話そうと思って」
先生はそういって、近くにあったたばこの吸い殻入れに煙草を入れて、私のほうをしっかりと見てきた。
「迫田」
そして、そうはっきりと私の名前を呼んだ先生。
「……はい」
「単刀直入に言うけど。お前は……今が生きづらいのか?」
「え?」
思わぬ質問に、そのまま心の声が漏れる。
「人をいじめる奴なんて、根本的にいじめ自体が楽しくてやる奴とそうじゃない奴がる。お前は後者だと思った。後者のやつは大体何かしらの葛藤を抱えているからな。お前は……どうしたい?何に困ってる?」
先生が、ずかずかと私の心の中に入ってこようとしているのが分かる。
ずっとずっと閉じていた部分をこじ開けようとしているのが分かる。
「……っ!葛藤って……」
「話しづらいか」
先生はどこまでも芯をついてくる。
授業で一部習っているところがあるとはいえ、面と向かって話すことは今回が初めてだった。
だから、どうしても躊躇してしまう。
ここから話す私の話は、みんなに見せている綺麗な私ではないから。
「迫田から見て、俺ってどんなイメージ?」
先生の表情が少し柔らかくなる。
私が話しやすいように配慮してくれているのだろうか。
「え、最初は変わった先生だなって思った」
「うん、それで?」
「学校で人気の先生」
「うん」
「授業はわかりやすけど、サボりぐせがある」
「おお、よくわかってるね」
「生徒想いな先生」
「うれしいね、ほかには?」
「……ヘビースモーカー」
「うん、正解。正直だねー」
「え、だって」
先生の作る独特のテンポにまんまと乗せられる。
戸惑う私を見て、先生は砕けたように笑った。
「迫田、お前はそれくらい肩の力抜いたくらいがちょうどいいよ」
「……肩の力を抜く?」
「俺は数回しかお前のクラスの授業出ていないから、詳しいことはわからないけど、正直迫田の評判は先生内でも非常にいい。あ、変な意味じゃなくて、授業態度とかそういうやつな」
「まあ、そういう風に気を付けてるから」
「お前、家でもそうだろ?」
ぐっと、心臓に矢が刺さったようなそんな感覚になった。
急に核心をついてくるの本当にやめてほしい。
「そんな他人の作った虚像なんてぶっ壊してやれ」
先生はそういって、口角を上げる。
「ぶっ壊す……?」
「ああ、ガツンとな。何でもかんでもため込むのって精神衛生上よくないんだよなー」
「そんな、急に言われても……」
今までこれが私の思っていた中での生きやすさであって。
それを壊して生きていくなんて。
そんなの____。
「___怖いんだろ?」
まただ。またこの人はずかずかと。
「だから、立花の力借りようと思ったんだろ?」
だけど、何も言えない。
先生の言っていることは事実だったから。
「そんなひねくれた『助けて』じゃ、誰も助けてくれないさ」
「……っ!」
「口に出さなきゃ、周りはどうすればいいかわからない。どう手を差し伸べていいのかわからない。察してほしい、気づいてほしいはただのエゴなんだよ。迫田、お前はちゃんと自分の気持ち気づける奴だってわかったから、改めて聞くけどさ____何に困ってる?」
先生はそう目をそらさずに私のほうを向いて話しかける。
ずっとたまっていた何かがあふれるように、熱いものがどんどんこみあげてきて、気づけばその場で涙を流していた。
「もう……いい子ちゃんは疲れたの」
言葉にして初めて気が付く。
そうだったんだ。
私疲れていたんだと。
「うん」
先生は私の話をせかすことなく、頷いて話を聞いてくれる。
「わがままなんて言えなくて。この先の進路とかも親が全部決めてて。本当は私やりたいことあるのに」
「うん、何になりたい?」
「……モデルに……なりたいの私」
「うん」
「だけど、誰にも言えなくて」
「じゃあ、言う練習から行きますか」
先生は、一歩一歩私のほうに近づいてきて、私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「いやー、知らなかったよ。やっぱり口に出さないとわかんないもんだな」
そう言って子供っぽく笑う先生。
思わず、私も少し笑ってしまう。
「先生、一緒に考えてくれる……?」
「ああ、いいよ。じゃあまずはお前の担任にそのことを伝えることからだなー。って担任って……」
「鬼塚先生……」
「……まあ、俺にはあの先生厳しいけど生徒には優しいから。お前から言えよ」
そう言って先生は、苦笑いをしながら屋上を出ていこうとする。
その背中を追いかける私。
先生が生徒から人気な理由が今日、なんとなくわかった。
ちゃんと逃げずに、真正面から向き合ってくれる。
他人に本心を伝えて受け入れられることが、こんなにも心強いなんて知らなかった_____。
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