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 公園沿いの道を、二人はゆっくりと駅に向かって戻っていた。傍らの低木にはアジサイの花がぽつりぽつりと彩りを添えている。太陽はいつのまにか西へと傾いて、淡い夕焼けの色を滲ませていた。

「東雲さんは最初から、私が呪われてると知っとって話しかけてきたんですか」

 棘を含んだ弥生の問いに、天満は「すみません」と苦笑する。

「騙す気はなかったのですが。しかし、面識のない相手にいきなり『あなたは呪われている』なんて言ったところで、信じてもらうのは難しいでしょう」

「正直、今も鵜呑みにはしとらんですよ。呪いなんて。私は霊感もないですし」

「けれどあなたは実際に、何度も不可解な現象に見舞われている。これらが呪いによって引き起こされたものだと考えれば、しっくりくるのではありませんか?」

 弥生の顔にはまだ戸惑いの色が浮かんでいる。隣を歩くこの男を信じていいのかどうか、まだ迷っている様子だった。

「東雲さんは探偵やなくて、霊媒師やったんですか?」

「いえいえ、私はれっきとした私立探偵ですよ。ただ仕事上、今回のようなケースに遭遇する機会も多くて。こういったスピリチュアルな事柄への対処にも慣れているんです」

「私の他にも、同じような目に遭った人がおるってことですか?」

 弥生の声色が変わった。驚きの中に、わずかに期待が込もったような声だった。彼女が少しずつこちらを信用し始めている様子に、天満は胸中でほくそ笑む。

「ええ、いらっしゃいますよ。呪いは人の心から生まれるものです。そして人間は感情の生き物です。いつ誰が同じ目に遭ってもおかしくない。呪いとは、それほど身近なものなのです」

 そして、と天満は続ける。ここからが特に重要だった。

「呪いの発生には必ず理由があり、その決定打となったものさえ特定すれば、呪いをおさめることは可能です。だから私が知りたいのは、呪いの発生原因です。あなたがなぜ呪いを生み出してしまったのか、その謎を解きたいのです」

 やがて駅前の方までやってくると、カラクリ時計の周りには十数人ほどの人だかりが出来ていた。時刻は午後六時前。あと数分もすれば時計の仕掛けが動き出す。
 良いタイミングで戻ってきたな、と内心ガッツポーズをする天満の隣で、弥生は呟くように言った。

「私を呪い殺そうとしたのが私自身やとしたら、私は……自殺願望があるってことですよね」

 蚊の鳴くようなその声は、ともすれば周りの観光客の声に掻き消されてしまいそうだった。

「でも私、死にたくなんかありません。死にたいと思ったことなんて、一度もありません」

「では、こう考えてはみませんか? あなたは自分が『死ななければならない』と考えている。そうしなければならないという強迫観念に駆られている。心当たりはありませんか?」

 弥生は不可解そうに天満を見上げ、またすぐに視線を落として考え込んでしまう。

「呪いというのは、ほんのわずかな心の隙間からでも生まれるものです。何かのきっかけで、あなたが無意識のうちにでも『死』を意識すれば、呪いはそこからじわじわと心に根を張るように広がっていきます」

「私は……」

 そのとき、周囲の人々がささやかな歓声を上げた。釣られて天満たちが顔を上げると、午後六時を指したカラクリ時計がゆっくりと動き出したところだった。