彼女と二人で、永遠の時を過ごせる。
 なんて甘い響きなのだろうと、天満はその未来を想像する。

「右京さんと、一緒に……」

「そうだ。お前もそろそろ疲れただろう? 永久家の呪いは、その血が絶えない限り未来永劫続いていく。いくら呪詛返しを行ってその場を凌いだところで、根本的な解決にはならない。馬鹿馬鹿しいとは思わないか? ここにいれば、そんな面倒なことはしなくていいんだ。だから天満。私と一緒に、ここに留まらないか?」

 右京は細い両腕を天満の背中に回して、優しく、けれど力強く抱きしめる。
 あたたかい、彼女の温もり。
 このままずっとこうしていたい、と思う。けれど、現実はそれほど甘いものではないということを天満は知っている。

「……あーあ。これが本物の右京さんだったらどんなに良かったか。でもまあ、あの人がこんなこと言うわけないしねぇ」

 はぁ、と溜息を吐きながら、天満は苦笑して彼女の両肩を掴み、ぐいと引き剥がす。

「天満? どうしたんだ?」

 無理やり抱擁を解かれて、右京は目を丸くする。

「一瞬でも騙された自分が恥ずかしいよ。本物の右京さんはそんなこと言わない。呪詛返しの旅が馬鹿馬鹿しいとか、血縁者の人生そのものを否定するようなこと、あの人が言うはずないもんな」

 掴んでいた肩を軽く突き飛ばすと、彼女はバランスを崩して後ろへよろける。そうして固い石畳の上へ倒れ込もうとした瞬間、まるで水が蒸発するようにして姿を消してしまった。

「やはりお前には効かないか」

 どこからともなく、しわがれた声が届く。天満が辺りを見回すと、先ほど通ってきた鳥居の下に一人の老人が立っていた。
 焦茶色の着物に身を包み、杖を突いた禿頭の男性。伸び放題の顎髭は白く、深いシワの刻まれた口元はへの字に曲がっている。
 その顔を見て、天満はにやりと笑みを浮かべた。

「やっと顔を見せたな、爺さん」

 永久時治。(いかめ)しく眉根を寄せた鋭い眼光の奥には、本家特有の色素の薄い瞳が覗く。

「三男坊の天満、か。お前は強い子だと、右京も言っていたな」

「さっきの右京さんの幻は、あんたが創り出したのか?」

 天満が物怖じせずに聞くと、老人は手にした杖を突きながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

「左様。あれしきの幻を見破れぬようなら、生かしておく価値もないと思ったが」

「ほんと趣味が悪いねえ。さすがは一族全員で心中しようなんて考える頭の持ち主だ。それで、兼嗣や他のみんなの魂はどこへやったんだ?」

 老人は天満の数メートル手前で歩みを止めると、懐から何やら白い物体を取り出してみせた。手のひらサイズの、ボールのようなもの。つるりとした表面は光沢を持っている。

「皆の魂はこの玉の中に封じ込めてある。解放したくば、(わし)の呪いの源を探し当てることだな」

「呪いの源……。呪いの発生原因を突き止めろってことか」

 いつもの呪詛返しの流れである。『問題児』が呪いを生み出した決定打を見極めることができれば、あの玉に閉じ込められている血縁者の魂を救うことができる。

「やってやろうじゃないか。あんたがなぜ一族全員に呪いをかけたのか、その謎を必ず暴いてやる」

「ふん。何も知らない小童(こわっぱ)が、生意気なことを言いよる。これだからあの娘も……右京も所詮は無駄死にだったというのだ」

 その発言に、天満はぷつりと自分の中で何かが切れるのを感じた。

「……無駄死にだと?」

 無意識のうちに、顔から表情が消える。

「まことに哀れな娘よ。一族がそろって無知であるがゆえに、全く無意味な死を迎えることになろうとは」

「撤回しろ。その言葉、彼女を侮辱しているにも程がある」

「侮辱しているのはどちらだ。何も知らないくせに、知った気になりおって」

 老人はツバを飛ばしながら吐き捨てるように言った。

「冥土の土産に教えてやる。お前たちがどれだけ無知で、盲目で、仮初の平穏に生きてきたか。目に見えるものだけが、この世の全てだと思うな。その思い上がりを、あの世で恥じるがいい」