「子ども……?」

 天満はぽかんとしたまま少女を見つめる。
 背格好からすると、中学生くらいだろうか。華奢な体に、黒地に花柄の甚平(じんべい)を纏っている。髪はショートカットで、目元がぱっちりとした愛らしい顔をしている。
 彼女は細い両腕を胸の前で組み、仁王立ちをして言った。

「永久家の人間は、みんな嘘つきばっかり。お爺ちゃんの気も知らないで」

「お爺ちゃん? って、時治の爺さんのことか?」

 まさか孫? と天満は予想したが、それにしては年が離れている気もする。

「なんや。こんな若い子もおったんか。誰かの子どもか?」

 隣で兼嗣が首を傾げていると、斜め後ろに控えていた女性が補足する。

「この方は、御琴(みこと)さま。時治さまの一人娘です」

「はあ!? 娘!?」

 天満と兼嗣が同時に叫ぶ。

「養子ですので、血は繋がっておりません。ですから永久家の呪いの影響も受けません」

「養子? ああ、なんやそうか。それを早く言ってくれや。年の差がどえらいことになるやんけ」

 兼嗣はどこかホッとした様子で言った。

「それで、さっきの『嘘つき』というのは?」

 天満は少女——御琴をまっすぐに見て尋ねる。彼女は腕組みをしたまま、こちらを見下すような目をして言った。

「そのままの意味だよ。ここにいるみんなは嘘をついてる。本当は全部知ってるのに、知らないフリをしてる」

「御琴さま!」

 女性たちは慌てて彼女の元へ駆け寄り、その小さな口を無理やりに塞ぐ。

「どういうことや? 俺らを騙してるってことか?」

「なーんか、きな臭くなってきたねぇ」

 怪しむ二人に、女性の一人が慌てて弁解した。

「御琴さまは、動揺しておられるだけです。時治さまのことを誰よりも心配しておられたので……この現状に戸惑っておられるのです」

「ほおー。あんなクソジジイのことを慕うような人間もおったんやなぁ」

「お爺ちゃんのことを悪く言わないで!」

 御琴は力ずくで口元の手を振り払うと、噛みつくような勢いで言った。女性たちは再び黙らせようとしたが、天満がそれを制する。

「御琴ちゃんの話が聞きたい。周りはちょっと離れててくれるか?」

 その一声で、女性たちは渋々後ろへと下がる。そうして解放された少女は、改めて天満たちの顔を見上げた。

「あんたたち、仮にも探偵の真似事をしてるんでしょ」

「探偵の真似事、ねぇ」

「実際は探偵のフリをしてるだけの、ただの呪われた人間やけどな」

 自嘲気味に言う二人には構わず、御琴は続ける。

「仮にも探偵なら、ちゃんと真実を見極めてよ。お爺ちゃんが一体どういう思いで、何のために呪いを生み出したのか」

 天満と兼嗣はちらりと互いの視線を交差させ、再び少女を見下ろす。

「俺らを道連れにする以外に、何や理由があるってことか?」

「だからそれを見極めてって言ってるの」

「キミの口からは説明できないってこと?」

 御琴は肯定する代わりに、背後にあった部屋の入り口を開けた。左右に開かれた(ふすま)の先には、三十畳ほどの座敷が広がっていた。
 うっすらと暖色の照明が灯る部屋の奥に、布団が敷かれている。その上に横たえられていたのは、白い顎髭(あごひげ)を伸ばした禿頭(とくとう)の老人だった。

「あれが、永久時治か」

「えらい老け込んだなぁ。まあ九十の爺さんならこんなもんか」

 御琴の後に続いて、天満と兼嗣も部屋に足を踏み入れる。
 老人は呼吸こそ安定していたが、瞳は閉じたまま。そこから起き上がる様子など想像もできないほどに痩せ細っていた。

「……お爺ちゃんは、『だいこくさま』なの」

「え?」

 少女の呟きを、天満はかろうじて耳で拾う。彼女は布団の脇に膝をつき、天満の目をまっすぐに見上げて言った。

「本家の人間なら、黄泉の国へ行っても帰って来られるんでしょ。だからお願い。お爺ちゃんと会って、ちゃんと話を聞いてあげて」