門の陰に身を潜めていた者たちをぞろぞろと引き連れて、天満と兼嗣は暗い庭を進み、玄関扉を潜った。建物は旅館をやっていた当時のままなのか、入ってすぐの所は広いロビーになっている。
「時治さまのお部屋は、二階の一番奥にあります」
案内に従って廊下を進む途中、天満はずっと気になっていた疑問を口にした。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。あんたたちは、時治の爺さんのことをどう思ってるんだ?」
「どう、と仰いますと」
「この二十年間、ずっと一緒に暮らしてきたんだろ。本家を出る時だって、わざわざ爺さんについて行ったってことは、それなりに信頼関係があったんじゃないのか?」
「もちろん、時治さまには大変お世話になりましたし、そのご恩を忘れることはけして……」
そこまで言いかけた女性の隣から、別の女性が「ちょっと」と嗜める。すると、途端にそれまでの発言を撤回するように、
「あ、いえ……。本当は、ずっと怖かったんです。あの方には逆らえなくて。ですから、今も怖いです。このまま黄泉の国まで一緒に連れて行かれてしまうのかと思うと」
語尾を萎ませながら、彼女は着物の合わせをギュッと握る。その様子を、天満は無言のまま見つめる。
「やっぱりそうやったんやな。あんな性悪ジジイについていくなんて、正気の沙汰やないと思ってたんや」
天満の前を歩く兼嗣が話に割って入る。
「あのジジイ、自分が長男やなくて家を継がれへんからって、本家のことを相当嫌ってたからな。獅堂の奴と同じや。あいつも自分が次男で、どうせ長男の予備やからって不貞腐れてた。その苛立ちを、自分よりも立場の弱い人間にぶつけてたんや。特に俺みたいなんは格好の餌食やったな」
当時のことを思い出しているのか、彼は苦虫を噛み潰したような顔で言った。彼が獅堂から嫌がらせを受けているところは、天満も何度も見たことがある。
「じゃあ、時治の爺さんは本家の存在を根本的に恨んでいて、復讐のために一族を滅ぼそうとしている。それで呪いを生み出してしまった、と。ここにいる全員がそう解釈していると考えていいのか?」
天満は周りにいる者たちの顔を確認して聞く。誰もが無言のまま、こくりと頷く。
「なんや、天満。何か物言いたげやな」
兼嗣が目ざとく指摘して、天満は「まあねぇ」と白状する。
「爺さんは呪いを自在に操れるくらいの能力者だったんだろ。なら、その気になればいつだって本家を潰すことはできたはずだ。それこそ二十年前に家を出た時にでも滅ぼせば良かったのに、なぜ今になって、というのが気になってる。みんなも不思議じゃないのか?」
聞かれて、周りの面々はどこか気まずそうに目を逸らす。しかしただ一人、兼嗣だけははっきりと反論を口にする。
「やから、さっきも言うたやろ。自分が死ぬってわかって、なら全員道連れにしたろって思ったんやろ。実際、ジジイは危篤に陥ってから呪いを生み出したやんか」
「そんな単純なものか? 呪いを生み出した原因をしっかり見極めないと、呪詛返しは成功しないぞ」
「何にしたって、ジジイ自身が呪いの正体に気づいてるんやから問題はないやろ。『問題児』が呪いを自覚してるなら、呪詛返しはできるはずや」
なぁ、と兼嗣は周りに同意を求める。女性たちはそれぞれ気まずそうに目を泳がせていたが、そのうちの一人がおずおずと口を開く。
「わ、私たちには、詳しいことはわかりません。この二十年間、時治さまのお世話はしてきましたが、本家のことや呪いのことはあまり聞かされていませんでしたので——」
「嘘つき」
と、聞き慣れない声が届いたのはそのときだった。まだ幼さの残る、鈴を転がすような声。
見ると、天満たちの進む廊下の先、永久時治が眠っているという部屋の前に、一人の少女がこちらを向いて立っていた。