なんて? と思わず聞き返そうとした兼嗣の胸に、女性は今にも泣きそうな顔で縋り付いた。

「お願いです。助けてください。このままでは……私たちは全員、時治さまに殺されてしまいます!」

「えぇ?」

 思わぬ展開に、兼嗣は声を裏返らせる。

「ちょ、ちょっと待て。あんたらは爺さんの味方やないんか? 殺されるって、一体どういうことやねん」

 とりあえず女性に落ち着いてもらおうと、兼嗣は彼女の両肩に手を置いて宥める。女性は未だ取り乱してはいるものの、なんとか会話は出来る状態だった。

「時治さまは、私たちを道連れにするおつもりなのです。永久家と血の繋がりのある者すべてを、黄泉の国へと連れていこうとしているのです」

 その証言に、天満と兼嗣は互いの顔を見合わせる。そうして「ほらな」と言わんばかりに兼嗣は目元を歪ませた。

「時治さまは、現在危篤の状態です。ここ数ヶ月はずっと病床に伏せっておられましたが、昨晩いよいよという段になって、呪いを生み出してしまったのです。家の者も、すでに数名の意識がありません。早く呪詛返しを行わないと、このままでは私たちもいずれ——」

 そこまで言ったとき、女性は急に黙り込んだ。不安げに眉根を寄せ、どこかぼんやりと虚空を見つめている。

「ん? どうした。どうかしたんか?」

 様子のおかしい彼女に、兼嗣は両肩を掴んだまま問いかける。だが彼女はそのままゆっくりと項垂れて地面に膝をついたかと思うと、ふつりと糸が切れたように脱力した。危うく倒れかけた体を、兼嗣が慌てて支える。

「お、おい。しっかりせえ!」

 女性は目を閉じたまま反応しない。気を失っているのか。だらりと四肢を投げ出したその様子に、周囲は息を呑む。

「姉さま!」

 門の向こうに控えていた一人の女性が、半ば悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。他の面々も恐る恐るといった様子でこちらを見つめていた。

「まさか、連れていかれたのか?」

 天満が言って、兼嗣は頷く。

「間違いない。璃子ちゃんたちが倒れたときと同じや。ジジイの呪いに連れていかれたんや」

 ああ、と門の向こうから嘆きの声が届く。

「右京さんの時も同じやった。あの人もこうして眠ったまま、二度と目を覚まさんかった。そんでそのまま、息を引き取ったんや」

 その言葉で、天満の脳裏には二十年前の光景が蘇る。
 彼女が倒れたと聞いたのは、いつものように本家の屋敷で座学を受けているときのことだった。傍目にはただ眠っているようにしか見えなかった彼女は、それからしばらく昏睡状態が続き、やがて大晦日の夜に亡くなってしまったのだ。

「……おい、待てよ。ジジイは危篤やって言うてたな。ってことは、もう時間がないやんけ」

 兼嗣はハッと気づいたように言った。その声で天満も我に返る。

「時間がない?」

「せや。呪いを生み出してるのがジジイなら、ジジイが死んだ時点で、巻き込まれた人間を助けられんくなる」

 ざわ、と門の辺りでも動揺が広がる。倒れた女性に駆け寄ってきた別の女性は、目尻に涙を浮かべながら兼嗣を見上げた。

「は、早くなんとかしてください! 本家の方なら、この状況をどうにかする力があるのでしょう!?」

「あぁ? お前らな、自分からあのジジイと一緒に家を出ておいて、今さら本家に縋るんか」

 顔面に嫌悪感を丸出しにした兼嗣を、後ろから天満が宥める。

「兼嗣。気持ちはわかるが、今は時間がない」

「ちっ。永久家の血縁者ってのは、どいつもこいつも厚顔無恥な連中ばっかりやな」

 倒れた女性を隣の妹分に託し、兼嗣はのっそりとその場に立ち上がる。

「お前らのことは知らんけど、こっちは身内を人質に取られてるからな。ジジイがくたばる前に、さっさと片付けさせてもらうで」