「お前も会って喋ってみればわかるわ。あいつがそういうことを言うような人間やってな」

 言いながら、兼嗣は門の引き手に手を伸ばす。つい先刻まで彼を止めようとしていた天満も、今はただその成り行きを見守っていた。永久時治という人物が一体どういう人間なのか、この目で早く確認したいという気持ちが勝ってしまう。
 だが、

「ん?」

 門に触れようとしていた彼の手が、不意に止まった。

「どうした、金ヅル」

 後ろから天満が聞く。

「いや、なんか……。視線を感じる気がして」

 もはや『金ヅル』という呼び名を否定するのも忘れて、兼嗣は辺りを見回した。
 誰かの視線を感じる。さすがにこの状況でそんなことを言われると、天満も気味が悪くなる。自然と体に緊張が走り、辺りへ忙しなく視線を動かす。
 すると、「うわっ!」と兼嗣が急に声を上げて後ずさった。

「どうした!?」

 すかさず天満も彼のともへ駆け寄る。そうして門の前に立ち、兼嗣が凝視する先へ目を向けて、ひゅっと息を呑んだ。
 格子状になっている木造の門。その隙間から、こちらを見つめる人間の瞳があった。暗くてよく見えないが、おそらく一人ではない。複数の人間の目が、至近距離からこちらを見上げている。

「本家の方でございますか?」

 か細く高い声が、その場に響く。

「へっ? あ、ああ」

 兼嗣は面食らった様子で、その問いかけに答える。平静を装おうとしているが、動揺は隠せていなかった。

「お、俺は武藤(むとう)家の人間やけど、隣のこいつは本家の三男坊や。あんたらは、俺らのことがわかるんか?」

「三男坊……。永久家の天満さまと、武藤家の兼嗣さまですね」

 そう口にしたのは、声から察するに初老の女性だった。他の面々もおそらくは似たり寄ったりの年齢だろう。
 どうやらこちらの素性はしっかりと把握しているらしい。ならば話は早い、と兼嗣は一歩前に踏み出す。

「俺らがここに来た理由はわかっとるんやろ。さっさとこの門を開けてもらおか。時治の爺さんにはたっぷり礼をさせてもらわなあかんからな」

 まるでヤクザのようなセリフを口にする兼嗣。これではどちらが悪役なのかわからないな、と天満は他人事のように思う。
 しかしこんな問答だけでそう易々と門を開けてもらえるわけがない。さてどうやってここを突破するか、と考えていた二人の目の前で、カラカラと滑らかな音を立てて門がスライドしていった。

「え」

 女性は無言のまま門を開けていく。どうやら鍵もかかっていなかったようで、天満と兼嗣は思わず間抜けな声を漏らした。

「なんや。普通に開けてくれるんか?」

「待て、兼嗣。罠かもしれない」

 警戒する二人には構わず、女性は足を踏み出して門の外側まで体を進ませた。門灯に照らされて、それまで暗闇で見えなかった全身が露わになる。
 二人が予想した通り、女性は四十代から五十代くらいで、痩せた体に深緑の着物を纏っていた。清潔な髪は頭の後ろで纏められており、こういった姿は本家の中でもよく見られる。
 おそらくは二十年前、時治とともに本家を出た人間の一人だろう——と考えを巡らせる二人の前で、彼女は再び口を開いた。

「……助けてください」

「は?」