「で、今回も偽名を使うのか? それとも本名でいくのか?」
「今さら偽名を使ったところで意味ないやろ。ジジイがこっちを呪ってるんなら、その報復に俺らがやってくるのは予想してるはずやからな」
正々堂々真正面から行くで、と兼嗣は邸宅の門へと近づいていく。武家屋敷さながらの入口は瓦屋根のある和風門で、格子状になっている隙間から庭の様子がうっすらと確認できる。
兼嗣は門のそばに備え付けられたインターホンを鳴らした。しかし待てど暮らせど返事はない。
「さすがに正攻法じゃ無理なんじゃないか? わざわざ自分の陣地に敵を招き入れることなんてしないだろ」
「なら強行突破しかないな。力ずくで門をぶち破るで」
「待て待て。セキュリティに引っ掛かったら面倒だぞ。警察が来る可能性もある」
やけに喧嘩腰な兼嗣の態度に、さすがの天満も待ったをかける。
「どうしたんだよ、金ヅル。普段からガサツな奴だとは思ってたけど、今日は輪をかけて脳筋思考じゃないか」
「誰が脳筋や。それに金ヅルちゃうわ。兼嗣や! お前の方こそ、なんでそんな落ち着き払ってられんねん。璃子ちゃんたちのことが心配やないんか?」
「心配してないわけじゃないけどさ。呪いに振り回されるのなんて今に始まったことじゃないだろ。いつもみたいに呪詛返しをすればそれでいいじゃないか。何をそんなに焦ってるんだよ」
三百年前から祟られている永久家にとって、呪いの発生など日常茶飯事である。しかし今日の兼嗣はやけに余裕がないように見える。
「わからんか? 今の状況……右京さんの時と同じやで」
「右京さん?」
そのワードに、天満は眉を顰める。なぜ彼女の名前がここで出てくるのか。
「覚えてへんか? 二十年前、獅堂の奴が黄泉の国に迷い込んで、右京さんを巻き添えにした。それで二人とも命を落とした。今回は規模が違うだけで、やってることは同じや。おそらく全員、黄泉の国に連れていかれとる。あのジジイ、俺らと一緒に心中するつもりなんや」
「なんだって?」
右京を死に追いやった呪いと同じ。そして、一族すべての人間を巻き込んだ心中。どうやら想像していた以上の事態が起きているのだと、天満は理解する。
「ジジイは昔から、事あるごとに本家と対立しとった。呪詛返しの旅にも否定的で、なんなら呪詛返しそのものにも意味がないとか言うとった。やから右京さんが亡くなった時も……所詮は無駄死にやったって言うてたんや」
ギリ、と拳を握り込む兼嗣。最後の方は声が掠れていた。絶対に許さない、という気迫が彼の全身から滲み出る。
「右京さんが無駄死にだったって……本当にその爺さんが言ったのか?」
天満も天満で、胸の奥がざわめき立つ。
永久時治が一体どういう意図を持ってその言葉を発したのかはわからない。だが、右京の死が無駄だったという指摘は、天満にとってこれ以上にない地雷である。