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兼嗣と合流する頃には、すでに辺りは真っ暗になっていた。昼間は活気づいていた大通りも今はほぼ全ての店がシャッターを下ろしており、観光客はおろか地元民の姿も見当たらない。
「ほんま店閉まるの早いよな、ここ。晩酌もできんやんけ」
いつものチャコールグレーのスーツを着こなした兼嗣は、精悍な顔に不機嫌さを滲ませていた。
時刻はまだ十八時を過ぎたところだったが、居酒屋どころか食事処も見つからない。おそらく観光客のほとんどが夕方頃には撤収してしまうため、店側もそのサイクルに合わせて営業しているのだろう。
「まあええわ。飯は全部やること済ませてからやな」
兼嗣はそう言って口寂しそうにガムを噛む。その隣で「ああ」と天満が同意すると、途端に苛立ちを含んだ視線が飛んでくる。
「お前はどうせギリギリまで何か食べとったやろ。ご当地名物には目がないもんな」
「さあ。どうかねえ」
気を抜けばすぐにでもゲップが出そうだったが、天満は笑顔で耐えた。
「で、今日はどうするんだ? まさかとは思うけど、こんな時間から爺さんの家に押しかけるのか?」
「当たり前やろ。こっちは大勢が呪われて意識が戻らんのや。俺らかて、いつ倒れてもおかしくないんやで。一刻も早く決着つけたらな」
言い終えるが早いか、彼は暗い大通りを北へ向かってずんずん進む。慌ててその後を追う天満はふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば、なんで俺たちは無事なんだ? 爺さんがわざと俺たちに呪いをかけてるなら、まずは呪詛返しに長けてる俺とお前を真っ先に狙うはずじゃないか?」
「んなもん、俺が知るか。たぶん呪いの精度もそこまで高くないんやろ。なんせ、呪いを少しでも操れた時点で他の血縁者とは格が違うからな」
いくら本家の血筋とはいえ、呪いを自分の意思で利用できる者の話など天満も聞いたことがない。
「なるほどねえ。なら手当たり次第に血縁者を襲ってるってことか? お互い二十年も関わりを持たなかったくせに、なんで今さらそんなことするんだろうな」
「どうせ自分の寿命が近づいてきたから、最後に嫌がらせしたろとか思ったんやろ。あの底意地の悪いジジイの考えそうなことや」
二人は出雲大社の前を左へ曲がると、まっすぐ西へ進んで稲佐の浜の方へ出る。さらにそこから北上していった先に、目的の屋敷は見えてきた。
「あれやな。さすがに俺も初めて来たけど」
兼嗣は手元のスマホで何度も情報を確認しながら言った。
二人の前に現れたのは、およそ一〇〇〇坪ほどある土地に建てられた古い日本家屋だった。もとは旅館として使われていたそうだが、今は廃業して個人邸宅となっているらしい。
「一人暮らしにしてはでかすぎるな。誰かと一緒に住んでるのか?」
「二十年前に出て行ったときは、本家の人間も何人かついていったらしいわ。あんなクソジジイと一緒に住むとか、酔狂な奴もおったもんやで」
兼嗣は当時のことを思い出したのか、忌々しそうに言う。
「お前、本当にその爺さんのことが嫌いなんだなぁ」
天満はしみじみと呟いた。