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「さっき言うてたデータ、そっちに届いてるやろ。ちゃんと目ぇ通してるか? 観光にかまけて放ったらかしにしてへんやろな?」
スマホのスピーカーの向こうから、兼嗣の疑わしげな声が届く。
「いちいちうるさいなぁ。言われなくても読んでるって。永久時治。ひい爺ちゃんの弟だろ。むかし本家から出て行って、今は絶縁状態にある」
夕焼け色に染まる砂浜を、天満はスマホを片手に歩く。視線の先では遠浅の海に太陽が沈んでいく。
夕日スポットとして知られるここは稲佐の浜といって、出雲大社からまっすぐ西へ行った所にあった。波打ち際には弁天島と呼ばれる大岩があり、そのてっぺん付近には鳥居と祠とが建つ。
「せや。その永久時治や。あのジジイ、家を出ていく前もほんまに厄介な奴やったからな。今回の騒動を引き起こしたんも、あいつの仕業やって思ったら納得やわ」
兼嗣は現在JR出雲市駅に着いたところで、これから一畑電車へ乗り換えるという。その待ち時間を利用して電話をかけてきたのだ。
「厄介者ねえ。俺はあんまり覚えてないなぁ。絶縁したのだって、まだ右京さんがいた頃じゃないか? 二十年以上前?」
「いや。ちょうど右京さんと獅堂がいなくなった直後やったな。わざわざ呪詛返しの人手が足らんって時に、あいつは本家を出て行きよったんや。確信犯やで」
曽祖叔父に余程の恨みがあるのか、兼嗣は吐き捨てるように言う。
「でもさ。どっちにしたって、その当時から爺さんはもう高齢だったんだろ? 呪詛返しの旅に出られるような体じゃなかったんじゃないのか?」
データで確認したところ、永久時治の年齢は現在九十二歳。絶縁したのが二十年ほど前だとしても、その時点ですでに七十歳は超えている。
「七十だろうが何だろうが、動ける人間は総動員するのがお前ら永久家の体質やろ。現に俺らの祖父の兄弟はまだ現役やんか」
「うーん……。それを聞くと、時治の爺さんが家を出て行ったのも無理はない気がするんだけどなぁ」
老体に鞭を打つような本家の考え方に、天満は辟易する。見方によっては永久時治も実は被害者なのでは、と思ってしまう。
「何にせよ、今こうして本家の人間に呪いをかけてるのがあいつやとしたら、文字通りの『問題児』や。同情の余地はあらへん」
「時治の爺さんが犯人だって確証はあるのか?」
話を聞く限り、兼嗣は永久時治を犯人だと一方的に決めつけているように見える。何か根拠があるのかもしれないが、当の本人とあまり面識のなかった天満にはピンと来ない。
「まだ証拠を掴んだわけやない。けど……今回みたいなことが出来るんは、あいつぐらいしかおらん。呪いを自在に操るなんて芸当、そんじょそこらの人間には無理や。悔しいけど、あいつの力は本物や。呪詛返しの威力もずば抜けとった。それに——」
と、そこでスピーカーの向こうで駅構内のアナウンスが響くのが聞こえた。
「電車が来よったわ。一旦切るで」
天満の返事も待たずに、兼嗣は通話を切る。静かになったスマホを見つめる天満の背後で、赤い夕日が水平線の向こう側へと完全に姿を眩ました。