一見して海と見紛うほどの広大な湖の側を、二両編成の列車が走っていく。青く澄み渡る秋空の下、線路脇ではコスモスの花たちが風に揺れている。

「はぁー。やっぱり良いねぇ、一畑(いちばた)電車。窓から見える宍道湖(しんじこ)の景色と、尻が浮くぐらい揺れる車体がクセになる」

 ガタゴトと地震並みに揺れる車内で、横長の椅子に身を任せているのは二十代半ばほどの優男だった。薄墨色の着流しに濃紺の羽織。彫りの深い顔立ちに色素の薄い瞳。ほのかに異国の血を思わせるその容姿は、周囲の乗客、特に女性客の注目の的である。

「あっだーん! あの人イケメンだがや」
「モデルさんかね?」
「肌も白いけん、ハーフかね」

 にわかに黄色い声が上がり始めるが、当の本人は特に気にした様子もなく車窓を眺めている。空席が目立つ椅子の上には『しまねっこ』という島根のゆるキャラのぬいぐるみがぽつんと置いてあり、男はその隣に腰を落ち着けてたまに頭を撫でていた。

「お」

 と、不意にスマホが振動して着信を知らせる。男が羽織の袂から取り出して見ると、画面には『璃子(りこ)』の文字が表示されていた。
 さすがにいま出ると周りに迷惑がかかるからな、と正当な理由を掲げて無視を決め込む。しかし拒否ボタンを押してから数秒と経たない内に、再び彼女からかかってくる。

「ちっ。なんだよ。いまは無理だって言ってるだろ」

 男はまたしても拒否ボタンを押す。しかしすぐにまた彼女からかかってくる。
 それから降車するまでの約二十分間、この不毛なやり取りは絶えることなく続いた。やがて目的地である終点の出雲大社前(いずもたいしゃまえ)駅のホームに降りると、男はついに根負けして応答ボタンを押す。

「もしもし? なんだよ。いつにも増してしつこいなぁ」

 せっかくの旅の邪魔をされた不機嫌さを隠そうともせずに言うと、スピーカーの向こうからはいつもの少女の声……ではなく、聞き覚えのある男の声が返ってくる。

「おっっっそいねん、お前!! 早よ出ろや! こっちは急いどんねん!!」

 耳をつんざくような怒号。たまらず男はスマホを取り落としそうになった。

「その品のない声量……兼嗣(かねつぐ)か? なんでお前が。璃子はどうした?」

「璃子ちゃんは今、意識不明や。やから俺が代わりにかけとる」

「意識不明?」

 どういうことだ、と男はスマホを持ち直す。

「璃子に何かあったのか? 怪我か、病気か? それとも……」

 呪いか? という言葉は口にしなくとも、スピーカーの向こうまで伝わったらしい。兼嗣は「まあ、間違いないやろな」と肯定する。

「怪我でも病気でも何でもない。でも目は覚まさへん。眠ったままや。それも璃子ちゃんだけやないで。本家におる人間はほとんど全滅や。親父も太一(たいち)もあかん。ついでに神戸におる俺のオカンもや。この分やと、血縁者のほとんどはアウトやろな」

「全滅? 一体何が起こってる?」

 ただならぬ雰囲気に息を呑む。血縁者のほとんどが一斉に倒れた。こんなことは今まで経験したことがない。

「まだ詳しいことはわからん。けど、一つだけ心当たりはある。お前、いまどこにおるんや?」

「いまは、島根の……出雲大社の辺りだけど」

「おっしゃ。ちょうどええわ。俺も今からそっちに向かう。お前はそこを動くなよ。本家でまだ無事な奴にデータを送らせるから、それでも読んどけ」

「は? いまからこっちに来るのか?」

 本家のある東京から、わざわざ島根まで赴くとは。となれば、彼の言う『心当たり』というのはおそらくこの出雲の地に関係があるのだろう。

永久(ながひさ)家のために、ってのは腹が立つけど、今回だけは俺も一肌脱いだるわ。俺とお前で呪いを返り討ちにするで。覚悟しとけよ、天満(てんま)