灯籠流しは死者の魂を弔うためのもの。その一つ一つの灯火(ともしび)が、誰かが誰かを悼んでいる証だった。

 ——天満。一つだけ頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるか?

 空は夜の色に染まり、多くの人が灯籠流しを見ようと川の周りへ集まってきた頃。右京はぽつりと呟くように言った。

 ——たのみたいこと?

 未だ河川敷に腰を下ろしたままだった天満は、やっと普段の調子を取り戻した声で聞く。

 ——私が死んだら、そのときは……私のために灯籠を流してほしい。

 天満は一度川から目を離して、隣に立つ彼女を見上げた。彼女は川を流れていく灯籠をまっすぐに見つめたままだった。

 ——右京さんが、しぬ? ……そんな先のこと、おれ覚えてられないよ。

 彼女が死ぬ時のことなど、考えたくもなかった。たとえいつかその時が訪れるとしても、それはずっと先の未来のことだと思っていた。

 ——人はいつ死んだっておかしくない。私だって、明日明後日にでも何かの拍子に命を落とす可能性はある。

 ——だめだよ、そんなの。

 天満は勢いよくその場に立ち上がって、背伸びをしながら右京の顔を覗き込んだ。

 ——右京さんはずっとずっと長生きするんだ。おれよりもずっと。

 ——それは無理だな。私は天満よりも二十も年上なんだぞ。

 やっとこちらに視線を下ろした彼女は、困ったように苦笑する。

 ——ムリじゃないよ。おれだっていつ死ぬかわからないじゃないか。

 ——それは困るな。天満にはこれから、永久家の血縁者たちを守ってもらわないといけないからな。

 彼女のあたたかな手が、くしゃりと天満の頭を撫でる。

 ——天満は強い子だ。私がいなくても、必ず私たちの家を守ってくれる。だから天満には、私よりもずっと長生きしてほしいんだ。

 ——なら、右京さんも長生きしてよ。おれ、右京さんと同じだけ長生きするからさ。

 天満がそう言った瞬間、周囲はささやかな歓声に包まれた。
 釣られて顔を上げると、遠くの山で火が燃えているのが見えた。赤々と燃え盛る炎が、大文字の形に浮かび上がっている。

 ——始まったな。五山送り火だ。

 ご先祖様の霊を、あの世へと送り出すための篝火。それを見た右京は急に天満の小さな手を握ったかと思うと、人の波に紛れて歩き出した。

 ——渡月橋の上まで行こう。あそこからの眺めが一番よく見えるんだ。

 彼女の大きな手が、人混みで溺れそうになる天満を力強く導いてくれる。
 夏の匂い。屋台の光。人々の楽しげな笑い声。それらの真ん中に、彼女がいた。
 これが、天満にとって最初で最後の彼女との旅。

 その年の暮れに、彼女は帰らぬ人となった。