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 そういえば、カラクリ時計の仕掛けを見損ねたな——と天満が後悔した頃には、二人は道後公園にたどり着いていた。
 道後温泉駅から歩いて五分とかからない。堀に囲まれ、小高い丘のようになっている広い公園だった。もとは城が建っていたようで、当時の地形がまだ残っているのだろう。

「それで、東雲さん。あなたに調査を依頼したのって誰なんです?」

 手頃なベンチに腰掛けたところで弥生が聞いた。

「まあまあ。それはまた後ほど」

 天満は笑顔で流す。
 依頼人は彼女の身内、というのは真っ赤な嘘とまでは言わないが、正解というわけでもない。そもそも東雲悠人という探偵自体が架空の人物なので、あまり深く詮索されては困る。
 話題を逸らすため、一度席を立って飲み物を買う。幸い近くに自動販売機があったので事なきを得た。どうやら喋るタイプのようで、お金を入れると「今日は暑いぞな~」、ボタンを押すと「だんだん」と昔ながらの伊予(いよ)弁で礼を言ってくれる。

「よければこちらもどうぞ。さっき商店街で買ってきました」

 駄目押しで手持ちの菓子も勧めてみる。坊っちゃん団子に一六タルト、温州みかんのちゅうちゅうゼリー、じゃこ天、母恵夢(ポエム)……。羽織の袂から次々に出していくと、

「どんだけ入ってるんです、その袖」

「ふふふ」

 なんとか弥生の注意を逸らせたところで、改めて本題に入る。

「弥生さん。先程あなたは、誰かが自分を殺そうとしていると言っていましたね」

 その言葉で、彼女の顔には再び陰がかかる。

「これまでにあったことを詳しく聞かせていただけますか。できれば時系列で。あなたが命の危険を感じた、その時の状況を」

 彼女は戸惑うように視線を泳がせながらも、最終的には「はい……」と小さく頷いた。

「最初に異変に気づいたのは確か、先月の初め頃でした。ちょうど私の誕生日だったんで、五月三日の……夜でしたね。お風呂に入ってたら窓の外で音がしよったんです。それで覗いてみたら、裏口に誰か立ってて。私怖くなって、すぐ上がったんです。その日は、それだけでしたけど」

「その日よりも前は、何もなかったんですね?」

「たぶん……」

「その日の朝からお風呂に入る時間までに、何か特別なことをしましたか?」

「誕生日やったけん、友達にお祝いしてもらいました。祝日で学校はなくて、私の家でプチパーティーみたいなんして」

「ご友人とは仲が良いんですね?」

「仲良くないと、パーティーなんかしません。そりゃあ、クラスの中には苦手な子もおりますけど。その日に集まったのは仲のええ子ばっかりで、私を殺そうとするような子はおりません」

 友人との確執はない。彼女の表情を見る限り、嘘を吐いている様子もない。

「わかりました。では、ご両親とは仲が良いですか?」

「親は……父しかおりませんが、特別仲が悪いとは思いません」

「お父上だけ? 失礼ですが、お母上は」

「母は私が小さい頃に亡くなりました。……車に、轢かれて」

 その時、弥生の目に一際暗い陰がかかったのを、天満は見逃さなかった。