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天満の古い記憶の中で、永久右京が本家へ顔を出すのは数週間に一度だけだった。連絡も前触れも何もなく、突然ひょっこりと帰ってくる。呪詛返しの旅で忙しいというのもあったが、もう半分は、無類の観光好きで旅先からなかなか戻らない、という理由もあったようだ。
——右京さん、今日はもう来ないのかなぁ。
座学を受ける間、幼い天満の頭の中は右京のことでいっぱいだった。彼女とは数週間に一度しか会えない。それもあちらが自ら会いに来てくれるときだけ。こちらから会いに行くことはけして叶わない。
ただ、天満がどうしても会いたい、と強く願ったときだけ、彼女はまるでその思いを汲み取ったかのように唐突に家の門を叩く。
寂しいとき。何か辛いことがあったとき。泣きたいとき。独りでは抱えきれない思いを胸に仕舞い込んでいるときだけは、必ずといっていいほど、彼女は天満の前に姿を現した。
——右京さんって、おれの考えてることがわかるのかなぁ?
座学の途中。勉強そっちのけで、天満はぼんやりと呟いた。まるで学ぶ姿勢のない彼の態度に、教師役の親類は眉間に深いシワを寄せる。だがこれも良い機会かと、一つ咳払いして彼の疑問に答える。
——永久家の歴史の中で、心が読める人間がいたという話は聞いたことがありません。ただ……。
——ただ?
——右京さまには『未来視』の力があるのではないか、と。噂している者は少なからずおります。
未来視。
未来を予見し、備える力。
三百年前より呪われた永久家の血を引く者の中には、その力を持つ人間が歴代で数人ほど存在した、ともいわれている。
しかしそれ自体はほぼ噂レベルのものであり、右京にいたっても確たる証拠はない。何より、当の本人がその能力の存在を否定しているらしい。
——右京さんが違うって言ってるなら、違うんじゃないかなぁ。
当時の天満にとっては、そんな能力のことなんてどうでもよかった。たとえ右京が未来視の力を持っていたとしても、あるいはそうでなかったとしても、彼女が天満の気持ちを汲み取ってくれるのは、彼女の心根が優しいからに他ならない。
あと何日か我慢すれば、彼女はまた必ず天満のもとへ帰ってきてくれる。その希望さえあれば、たとえ遠く離れていても、天満は安心して彼女を待つことができる。
彼女はいつだって、天満の一番欲しいものをくれる。優しい微笑を浮かべて、あのあたたかな手で頭を撫でてくれる。
彼女にまつわる全ての記憶が、幼い天満の胸に確かな熱を感じさせていた。
思えば彼はこのときすでに、生まれて初めての恋をしていたのかもしれない。