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「えーっと。永久右京さまは二十年前に亡くなっていますが、いま現在、天満さまの隣におられる……。ということは、そこにいらっしゃる右京さまは本物ではなく、天満さまの生み出した呪いなのではありませんか?」

 スピーカー越しに、璃子はいま現在の天満の身に起こっている状況を推理する。

「まあ、そうだろうねぇ。姿形は完全に右京さんだけど、彼女がここに存在するはずはない。それに周りの人間には彼女の姿は見えていないようだからねぇ」

 天満の言う通り、辺りを行き交う観光客たちは誰一人として右京の存在に気づいていなかった。もしも彼女の姿が見えていたなら、男性はもちろん女性でさえ、彼女の中性的な美しさに思わず視線を向けてしまうはずである。

「そんな能天気なことを言っている場合ですか。呪いが生み出されたということは、あなたの精神に異常が発生している証拠でしょう。早く呪詛返しを行わないと危険です。何を呑気に放置しているんですか」

「そうだなぁ。呪詛返しをするためには、呪いを生み出したきっかけを探す必要がある。というわけで璃子。今回はお前が探偵役になってみろ」

「はっ?」

 突然の提案に、璃子は()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

「いつもは俺を無理やり探偵に仕立て上げて、問題児を押し付けてくるだろ。今回は俺自身が問題児なんだから、第三者の視点としてお前がこの謎を解いてみせろ。題して、『永久天満はなぜ呪いを生み出してしまったのか?』だ」

「いやいやいやいや。急にそんなことを言われても困りますよ。第一私、右京さまの情報は何一つ持ってませんからね。右京さまが亡くなったのは私が生まれる前のことですし、あなたとどのような間柄だったのかもわかりませんし」

「情報を集めるのは得意だろ。親類縁者の情報網を侮るなって、お前がいつも言っているじゃないか」

「それにしたって、なんでわざわざそんな回りくどいことをしなきゃいけないんですか。あなたが呪いを生み出したことはあなた自身が自覚しているのですから、その解決法だってあなたが誰よりも理解しているでしょう。それに、本当に私に謎を解いてほしいというのなら、せめてあなたが今いる場所ぐらい教えてくれたって——」

 璃子が捲し立てる中、天満のすぐ隣を女子大生らしき四人組が談笑しながら通りがかる。

「お土産どうする?」
八ツ橋(やつはし)でいいんじゃない?」
(なま)八ツ橋のが美味しいよ。絶対」
「帰りに京都駅で買っていこっか」

 キャッキャッと声を弾ませる四人のガールズトークは、見事にスマホのスピーカーを通り抜けていった。

「八ツ橋ということは、京都ですね」

「ああ。ちなみに今は清水寺(きよみずでら)に移動したところだ」

 言いながら、天満は満足げに辺りに目をやった。寺があるのは山の中腹。青々と生い茂る木々の群れを上から見下ろし、遠くには京都の街並みが見渡せる。国宝である寺の本堂から崖に張り出す形になっているそこは、いわゆる『清水(きよみず)の舞台』だった。

「天満」

 と、不意に右京の姿をした呪いが彼を呼んだ。天満が見ると、白い顔に微笑を浮かべた彼女は舞台の(ふち)にある手すりに手をかけて言った。

「ここから一緒に飛び降りないか?」

 それは心中のお誘いだった。清水の舞台の高さは約十三メートル。およそ四階建てのビルの高さに匹敵する。ここから飛び降りれば命の保証はない。天満の呪いが具現化した存在である彼女は、隙あらば彼を死の(ふち)へと(いざな)う。

「天満さま? どうかしたんですか?」

 急に黙り込んだ天満の様子を、璃子が訝しむ。その声で我に返った彼は「ああ」と応じた。

「右京さんが、一緒に清水の舞台から飛び降りないかって」

「は? 清水の舞台からって……それ、比喩じゃなくてリアルにやるつもりですか!?」

 なに考えてるんですか! と璃子の叱責が飛ぶ。

「リアルに清水の舞台から飛び降りたりなんかしたら、あなた死にますよ!?」

「そうだなぁ。冗談を抜きにしても死ぬかもしれない。だから俺を助けたければ、お前が今回の謎を解くんだな。璃子」

「悪ノリも程々にしてくださいよ。早く呪詛返しをしないと、あなた、本当に死にますよ?」

「そうだねぇ」

 天満は舞台の淵で待つ彼女に向き直り、その美しい立ち姿に目を細める。

「右京さんと一緒なら、死んでもいいかな」

「はあ!?」