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「だっはっはっは! そんでな、そいつ何て言うたと思う? 『善処します』やって。それしかないんかい! だっはっはっは!」
酒に飲まれて首まで真っ赤にした兼嗣は、かれこれ二時間近くこの有様だった。空腹に負けて食事を共にしてしまった天満はとっくに後悔している。
無事に現世へ帰還し、なんとか病院を抜け出した後。神戸牛の旨い店があるという誘い文句につい釣られてしまった。兼嗣の酒癖の悪さは知っていたのに、どうしてこうなった。
こんなことなら一人でぶらぶらと食べ歩いた方がどれだけマシだったか、と数時間前の己を恨んでいると、テーブルに置いてあったスマホが着信を知らせた。画面には例のごとく『璃子』の文字がある。普段なら無視を決め込みたいところだが、酔っ払いの相手をするよりかはまだマシか、と通話に応じる。
「もしもし?」
「電話に出られたということは、呪詛返しは終わったということですね。終了報告はしてくださいっていつも言っているでしょう!」
ぴしゃりと怒号が飛んでくる。相変わらずの高圧的な態度に、天満はげんなりした。
「あのなぁ。こっちは今日も大変だったんだぞ。ただでさえ金ヅルの野郎に一日中付き合わされて……」
「帰ったら全部報告書に書いてください。とりあえず無事に終わったのが確認できたので今日はもういいです。明後日には佐賀まで行ってもらいますので、明日は必ず東京に帰ってきてくださいね」
絶対ですよ! と釘を刺されてから通話は切られた。一方的な弾丸トークを浴びただけだった天満は、小さく溜息を吐きながらスマホを置く。
と、再び正面に目をやれば、いつのまにか酔っ払いはテーブルに突っ伏して眠っていた。むにゃむにゃと寝言を漏らしながらニヤついている。よっぽど良い夢でも見ているのだろうか。
「おい。起きろ金ヅル。こんなところで寝るなよ。明日は仕事なんだろ!?」
さすがにこんな場所で爆睡されてはたまらない。しかし酔っ払いは「ふひひ。さーせん……」などとうわ言ばかり溢している。
これは参ったな、と天満は椅子の背もたれに背を預けた。さてどうしたものかと腕を組み、しげしげと赤い顔の男を眺めていると、
「へへ。右京さん……」
と、酒臭い口元から、幸せそうにその名が紡がれる。
天満の脳裏に過ったのは、先ほど黄泉の国で兼嗣が口にした言葉だった。
——俺は右京さんともやったことがあるんや。
『右京さん』と一緒に黄泉の国めぐりをして、二人きりで心中した。その事実だけで、天満はつい嫉妬してしまう。
「いいよなぁ……お前は」
幸せそうに眠る腹違いの兄を見つめながら、天満の呟いたその声は、酒場の喧騒の中に溶けていった。