二人が建物の外に出ると、辺りは相変わらず深い霧に包まれていた。

「で、どうやって帰るんだよ? 方法は知ってるんだよな?」

 再び河原へ戻ってきたところで天満が尋ねた。兼嗣はやっと足を止めたかと思うと、

「天満」

 と、珍しく正しい名前で呼ぶ。おや、と思った天満の方へ、彼はやけに真面目な顔をして振り向いた。そして、

「ここでお前を殺す」

「…………は?」

 予想外のセリフが飛んできて、天満は思わず間抜けな声を漏らした。

「俺を殺す? なに言ってんだよ、お前。冗談も大概に……」

 兼嗣は冷めた目でこちらを睨みつけたまま、じりじりと詰め寄ってくる。その様子に、どうやら冗談ではないらしいと理解する。

「お、おいおいおい。本気で言ってるのか? ちょっと待てって。今までお前のことを心の底から馬鹿にしてたのは謝る。だから落ち着けって!」

「アホ。本気で殺すつもりとちゃうわ」

「は?」

 心底呆れた様子で溜息を吐く兼嗣。天満は意味がわからず、逃げ腰で両拳を構えたまま固まっている。

「現世に帰るための儀式や。陽翔は呪詛の力で黄泉の国(こっち)に来たから、呪詛返しをしたことで現世(あっち)に帰れたけど、俺らは違う。元の世界へ帰るためには、この世界で一度死ななあかんねや」

「一度、死ぬ?」

 なんて野蛮な方法だ、と天満は耳を疑った。

「ただ死ぬだけじゃあかんで。一人きりでの自殺は無効や。一人で自殺したら、それこそ元の世界には二度と帰られん。自殺は大罪やからな。無事に生還するためには、自分以外の誰かに殺してもらうか、あるいは二人以上で心中するしかないんや」

「なんだよそれ。どういうルールだよ。ていうか心中って……もしかしてお前と二人でか? なんか嫌だなぁ」

 せめて綺麗なお姉さんとがいい、と拗ねる天満に、「俺かて嫌やわ」と吐き捨てる兼嗣。

「二人でここに来たんはそのためや。わかったらさっさとやるで」

「うへぇ」

 未だ納得していない天満には構わず、兼嗣は一度目を閉じて何かを念じ始める。それから数秒もしないうちに、辺りの景色はぐにゃりと歪み、目の前には見覚えのある場所が広がった。
 夜の波止場だった。コの字型に海へ突き出た突堤のあちこちに、電飾が煌々と輝く建造物が目立つ。神戸のシンボルであるポートタワー、青い光を放つ海洋博物館、七色に輝く大観覧車。それらを見て、天満はここが神戸の港にある『ハーバーランド』だと理解する。

「うまく死なれへんかったら、生きて帰られんからな。誤って片方だけが生き残ったりせんように、一緒にここから海に飛び込むで。底まで沈めば、どうあがいても窒息死できる」

 物騒なワードばかり口走る兼嗣の隣で、天満は諦めたように溜息を吐いた。

「わかったよ。やればいいんだろ。でも窒息死って苦しいから、できれば別の方法がいいんだけど」

「そんなのんびりしてる場合とちゃうやろ。俺はこの方法で何度も帰ってきたんや。お前もそのうち慣れるわ。できるだけ短く済ませたいんやったら、海の中でお互いの首を絞め合えばええ」

 俺は右京さんともやったことあるんや、と自慢げに言った彼に、天満はムッとした。なんだか負けたような気がして、張り合うようにして一歩海の方へ出る。

「時間がないんだろ。さっさとやるぞ」

「だからさっきからそう言うとるやろが」

 二人は隣り合って波止場の淵に立ち、互いの体が離れないように肩を組む。

「思いっきりやれよ。中途半端になったら、長いこと苦しむからな」

「そっちこそ」

 静かに揺れる黒い水面。その先にある暗闇へと、彼らはどちらともなく身を投げた。