「私こういう者でして」
天満が恭しく名刺を差し出すと、受け取った少女——速水弥生は、小首を傾げながらそれを読み上げる。
「東雲探偵事務所……。東雲悠人?」
無論、偽名である。『問題児』と接触する際には、けしてこちらの正体を悟られてはならない。
「探偵さんなんですか? なんで私のこと」
「実は、あなたのお身内の方からご依頼がありまして。最近のあなたの行動には不審な点があり、調査をしてほしいと」
「な、なんです、それ。身内って誰です? 私、不審な行動なんて何もしとらんですけど」
つい今しがた奇行を繰り広げたばかりの人間の言葉とは思えなかった。が、天満はあえて言及しない。そわそわと落ち着きを無くした彼女の様子が、全てを物語っている。精神的に不安定で、先ほどの自分の行動も覚えていないらしいが、そういったことは今回が初めてではないのだろう。
「きゅ、急にやって来て、いきなりそんな訳のわからんこと言うあなたの方こそ不審者じゃないですか? この名刺も本物って証拠あります? 実は探偵でも何でもなくて、別の目的があって私に近づいて……」
そこまで言ったとき、ハッと彼女はこちらの顔を見て固まった。何かに思い当たった様子で、驚愕に揺れる瞳を向けてくる。
(……あれ。さっそくバレたか?)
内心ひやりとしたものの、しかし弥生の反応は予想とは全く異なるものだった。
「あなたが犯人やったんですね。私をここへ連れて来たのも。今まで何度も、私を殺そうとしとったのも」
「はい?」
見当違いの濡れ衣を着せられて、天満は呆気に取られる。
「わ、私が何をしたって言うんですか。そりゃ、今まで生きてきて一度も悪いことしとらんなんて言いませんよ。でも、殺すほどですか? 私、あなたと会った覚えもないのに」
言いながら、彼女はその綺麗な形の両目からぼろぼろと大粒の涙を零す。
「え、ちょっと。弥生さん落ち着いて」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、華奢な両手で涙を拭う。
「いやいや、誤解ですよ。私はあなたの味方ですから。殺したりなんかしません。むしろあなたを助けたいと思っています」
「本当ですか?」
縋るような声は今にも事切れてしまいそうで、彼女の心がいかに追い詰められているのかが伝わってくる。
(これは重症だな)
人を信用できないくせに、誰かに助けを求めたがっている。何者かに殺意を向けられているらしいが、相手の正体や理由はわからず、ただ逃げ惑うしかない。
呪いだ、と思った。彼女は確実に、呪いをつくりだしている。
「とにかく一度、あなたの身に起こっていることを整理したいです。どこかゆっくりできる場所で話しましょう。私を信じてくれるなら」
すでに疲弊している彼女は、こくんと力なく頷く。きっと思考もうまく働いていないのだろう。こんな状態の女子高生を連れ回すのは気が引けるが、『責務』を全うするためには仕方がない。
さてどこへ向かおうか、と頭を悩ませていると、そこへ弥生が助け舟を出す。
「あの……それなら道後公園に行きませんか? ここから歩いてすぐなんで。広い公園ですし、ベンチもありますから」