小さな体を縮こませて泣いている姿はあまりにも不憫で、兼嗣は思わず彼の元へ駆け寄り、その場に片膝をつく。

「陽翔。しっかりせえや」

 もはや『くん』付けで呼ぶのも忘れ、少年の細い両肩を力強く掴む。

「たかが椅子に願い事をしただけで、お前が死ぬわけないやろ。人はそんな簡単に死なん!」

「で、でも。あいつがそう願ったんや。……いつもそうや。いつも、あいつの思い通りになる。周りのみんなも、誰もあいつに逆らわん」

 彼の言う『あいつ』とは、先ほどの映像に出てきたリーダー格の男児のことだろう。少女たちが言っていた意地悪な男子というのも、おそらくは同じ人物に違いない。

「あの生意気なクソガキのことか? あんな奴の言うことなんか放っとけばええやろ。お前が生きたいって願ってんのに、なんでお前の願いは叶わんと思うねん」

「だって。その椅子が殺しに来るんや。ぼくのこと、ここに閉じ込めて……!」

 彼は悲鳴にも似た声を上げながら、震える右手で兼嗣の背後を指差す。示された場所にはサターンの椅子。部屋の中央に一脚だけ残されたそれは、再び赤い光を発してその姿形を変える。

「こいつは……」

 兼嗣は息を呑む。
 直前までサターンの椅子だったものは立ちどころに全身を黒く変色させ、細長い四肢とともに巨大な頭を生えさせる。かろうじて人型に見えるその姿は、頭部だけが不釣り合いに大きな怪物だった。さながらマコンデ族の彫刻を巨大化させたようでもある。
 陽翔は今度こそ悲鳴を上げた。おそらくはこの怪物こそが彼にとっての『悪魔』のイメージなのだろう。半狂乱になる彼を目掛けて、怪物は鋭い爪を持った腕を振り下ろす。

「危ない、陽翔!」

 咄嗟に兼嗣が彼を抱き寄せ、己の背中で庇う。だが、さらにそこへ駆けつけた天満が二人の体を突き飛ばした。

「天満!」

 陽翔とともに床へ転がった兼嗣は、即座に上体を起こしてその名を呼ぶ。もはや偽名のことなど頭になかった。
 しかしその目に飛び込んできたのは、怪物の爪によって引き裂かれた天満の体だった。顔面と胸元を抉られ、血飛沫が舞う。そのまま勢いよく床へと引き倒された彼は、その後ぴくりとも動かなかった。

「あ……あ……」

 目の前で起こった惨劇に、陽翔は口をぱくぱくとさせている。このままじゃまずい、と兼嗣は慌てた。『呪詛返し』を行うためには、呪いを生み出した本人に呪いの正体を自覚させなければならない。

「おい陽翔。しっかりせえ。お前もこんな場所で終わりたくはないやろ?」

「で、でも。あの悪魔が。サターンが……!」

「あれはサターンなんかやない! サターンは悪魔やなくて、別の優しい神様や。サターンの椅子は、お前を殺そうとするわけないんや」

「でも今あいつは、あの人を殺したやんか!」

「陽翔!」

 もはやパニックになっている少年の肩を掴み、兼嗣は一度深呼吸をしてみせた。大人の焦りは子どもにも伝わる。自分が取り乱していては示しがつかない。

「なあ、陽翔。願い事って、誰もがみんな叶えられるもんやと思うか?」