少女たちはどちらも陽翔少年のクラスメイトだといった。学校の授業を終えたその足でお見舞いに来てくれたらしい。
兼嗣は自分たちのことを陽翔の知り合いだと名乗り、至極優しげな声で少女たちに問う。
「二人とも、陽翔くんとは仲がええんか?」
少女らは互いの顔を見合わせて、少しだけ恥ずかしそうに笑った。どうやら満更でもなさそうだ。
男友達を差し置いて女の子が二人も見舞いに来るとは、陽翔少年も隅に置けない男である。事実、永久家の血縁者には美形が多く、彼もまた例外ではない。三百年前に祟られたご先祖様も、それはそれは絶世の美男子だったと聞く。金も地位もあり容姿に恵まれた一族。たった一つ、呪いさえなければどんなに良かったか。
「それで、陽翔くんは学校ではいつもどんな感じの子なんや? 他の子とも仲良うしとるんか?」
少女たちは「うーん」と体を揺らしながら悩んだ末、斜めに首を傾げた。どこか遠慮がちなその反応に、天満は一抹の不安を覚える。もしかすると、男友達とはあまり良い関係を築けていないのかもしれない。
「いじめられたりはしてないんか?」
直球で尋ねる兼嗣に、さすがの天満も慌てて口を挟む。
「お、おい。かねつ……」
兼嗣、と言いかけてハッと我に返る。危ない危ない。今の彼は『兼嗣』ではなく『岡部』。探偵・岡部薫なのだ。
「おい岡部。そういうデリケートなこと、あんまりストレートに聞くなよ」
「しゃあないやろ。ここで聞けんかったらあとはどこで聞くねん。早よ解決したらな、長引いた分だけ事態は悪化していくねんで」
少々手荒いやり方ではあるが、兼嗣の言うことにも一理ある。ここで彼女たちから情報を聞き出さねば、他にアテはないのだ。
少女たちは不思議そうにこちらを眺めている。兼嗣は「ごめんごめん。気にせんといてな」と笑って、再び学校での話題に戻った。
彼女たちから話を聞く限り、陽翔少年は明確にいじめられているというわけではなさそうだった。クラスでは五人組の男子グループに所属し、休み時間や放課後はいつもそのメンバーで遊んでいるという。
「でも一人だけ、渡くんに意地悪する男子がおる」
その発言に、天満たちは目を光らせる。
「グループの中におる男子か?」
少女二人は同時に頷く。グループの中に一人だけ、陽翔少年に対して風当たりの強い人物がいる。クラスメイトの女子からも見抜かれているということは、当の男子グループの他のメンバーたちも気づいていないわけはない。
「他の男子たちは、陽翔くんを庇ったりせんの?」
少女たちは躊躇いがちに頷く。その反応から、周りのメンバーも黙認、あるいは同調していたことが窺える。
おそらく陽翔少年は、グループの中で浮いている。明確に仲間外れにはされていないが、不安定な立ち位置にいる。その状況に本人がストレスを抱えていた可能性はある。
一人だけ意地悪をしていたという男子の存在が怪しい。だが、それだけではまだ呪いの発生原因を特定することはできない。
「最近、そのグループの中で何か変わったこととかはなかったか? 大きなケンカがあったとか」
少女たちはうんうん唸りながら記憶を掘り起こして口にする。しかし陽翔少年への仕打ちは日常的なことのようで、呪詛のきっかけとなるような決定的なものは見当たらない。
「じゃあ、最近何か学校行事とかはなかった? 運動会とか遠足とか」
一度視点を変え、人間関係以外の環境面からも探ってみる。学校で何か大きなイベントがあれば、それが引き金となった可能性はある。
少女たちは少しだけ考えてから、
「このあいだ、社会科見学に行った」
と、片方の子が言った。その言葉に天満が食いつく。
「いつ?」
「えっと……前の週の、前の週の、その前の週ぐらい?」
三週間前ならば、陽翔少年も同行しているはずである。
「どこまで行ったの?」
少女たちは声を合わせて「異人館!」と嬉しそうに言った。
異人館とは、かつて日本が鎖国を撤廃した頃、欧米人たちが住むために建てられた洋風建築のことである。神戸では『北野異人館』が観光スポットとして有名で、学校行事などで訪れる学生も多い。
「異人館か。一度行って確かめてみる価値はあるかもねえ」
社会科見学というイベントの中で、陽翔少年の身に普段とは違う何かが起こった可能性がある。
「お前、観光したいだけとちゃうやろなあ?」
兼嗣の鋭い指摘に、天満は「そ、そんなわけないだろ」と目を逸らす。
「まあええわ。異人館の営業は確か夕方の五時までや。急ぐで」