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兼嗣の狙い通り、母親は二歳の娘に付きっきりで部屋にいた。ちょうど昼食が済んだところで、そろそろ息子のいる病院へ向かおうとしていたところだという。
しかし詳しいことは家の中で話したいという母親の希望で、天満と兼嗣はリビングへと通された。二人は『親戚筋から紹介された探偵、兼、何でも屋』という位置付けらしい。
「それで、陽翔くんの容態にお変わりはないですか」
さっそく兼嗣が切り込む。
渡陽翔。それが今回の問題児の名前である。現在小学二年生。持病は特になく、昏睡状態に陥る前は至って健康的な生活を送っていたという。
「ええ。意識を失った日から、何も変わりはありません。お医者さんに診てもらっても、何もわからんので。困ってたところ、仲良うしてくれてる身内からあなた方のことを紹介されたんです。探偵さんやと聞いてますので、専門外かもしれませんが……。こちらは藁をも掴む思いと言いますか、少しでも可能性があるならぜひ協力していただきたくて」
「心中お察しします。我々も出来る限りのことはしますんで」
兼嗣の営業トークは流暢で洗練されていた。普段からふらふらと出歩いてばかりの天満とは違い、彼は企業勤めのサラリーマンである。この分だと、必要ないのは自分の方だったのでは? と天満は不安になる。
「ところで、陽翔くんが意識を失う前のことなんですが。何かいつもと変わった言動なんかは見られませんでしたか?」
どんな些細なことでも構いません、と兼嗣。呪いが生まれる直前には、当事者は精神的に不安定になることが多い。
「前日まではご飯もしっかり食べてましたし、体のどっかを痛めてるような素振りもなかったんです。たまに学校でケガした言うても、擦り傷ぐらいで」
「そうですか。では、体の健康面以外で何か気になることはありませんでしたか? 何かに悩んでいそうな節があったとか」
「悩み事ですか? 特に具体的には。ただちょっと、たまに元気がないな思う時はありましたね。言うても、それほど深刻な感じではなかったです。もっと小さい頃は、感情の起伏が激しくて、よう泣く子でしたけど。妹が生まれてからは、お兄ちゃんとしての自覚が芽生えたんか、あんまり泣かんようになって、しっかりしてきたんで」
兼嗣の眉がぴくりと動く。天満も同時に、母親の言葉に意識を集中させる。
「妹さんが生まれてからは、あまり感情を表に出さなくなったということですね」
これは天満の言葉だった。それまで隣で黙っていた彼も、思わず口を挟んでいた。
妹が生まれてから感情を表に出さなくなり、心の声を胸に仕舞い込むようになった——ということは、それだけ本人の感情が抑圧されていた可能性がある。母親も知らない、本人だけが抱えている悩みもあったかもしれない。
(これは、学校での様子も調べた方がいいかもな)
どうやら面倒なことになりそうだと、天満と兼嗣の二人は無言で互いの目を見合わせた。