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駅の南側に位置する中華街、南京町。それを抜けた先に、『問題児』の住むマンションは建っている。
「なあ。桃まんだけ買ってってもいいか?」
「やめとけ。ニオイするやろ。今から人ん家に上がるんやぞ」
道の両脇に並ぶ屋台や中華飯店を、天満は物欲しそうな目で眺めている。しかし兼嗣の言う通り、これから他人——血縁者ではあるが——の自宅に上がり込むことを考えると、あまり香りの強い食べ物を口にするのは憚られる。
「なら、お前もガムは口から出しとけよ。クチャクチャ音立ててたら失礼だろ」
「わかっとるわ」
兼嗣は苛々した様子でガムを取り出して紙に包む。やはり口は寂しいようで、この分だと禁煙はおそらくまだ順調とは言えないのだろう。
「ほら、見えてきたで。あそこや」
二人が進む先には、二十階ほどある縦長のマンションがあった。どうやらここに件の少年がいるらしい。
そこでふと、天満が気づく。
「そういえば、今日は平日なのに家にいるのか? まだ小学生なんだろ。学校は?」
「お前なあ。何も聞かされてへんのか? 『問題児』は今、昏睡状態で入院しとんのや。やから俺らが今から会うのはその家族や。二歳の妹がおるから、母親はその世話で家におるやろ」
「昏睡状態?」
予想外の言葉に、天満の顔色が変わる。
「二週間前かららしいわ。朝起こそうとしたら全然起きんくて、そのまま意識が戻らんねんて。病院で検査しても悪い所は見つからん。医者もお手上げらしいわ」
「なるほどねぇ」
体に異常はない。しかし意識は一向に戻らず、目ぼしい原因も見当たらない。
そして、少年は永久家の遠縁に当たる。
「昏睡状態に陥った原因が本人の呪詛だとすれば、一体何がきっかけで呪いを生み出したのか。その謎を解き明かせってことだな」
二人はマンションのエントランスに入ると、兼嗣がインターホンで部屋番号を押した。
「あ、どうもー。私、先日ご紹介いただきました『岡部薫』と申します」
お笑い芸人さながらの営業トークで兼嗣が言った。『岡部薫』というのが彼の偽名らしい。スピーカーの向こうからは部屋主の女性の声が返ってくる。
「ああ、岡部さん。お待ちしておりました。いま鍵を開けますので、そのまま入ってきてください」
安堵と焦りとが 綯い交ぜになったような声だった。すぐにオートロックが解除され、入口の扉が開く。
どうやらすでに根回しは済んでいるらしい。こういう段取りの良さだけは無駄にスキルが高いんだよな、と天満は内心悪態をつく。
「にしても、『岡部薫』か。……くくっ」
エレベーターで上階へと向かう途中、天満は堪え切れないといった様子で肩を震わせた。
「なんや。何がおかしいねん」
「いや、別に? 思ったより可愛らしい名前にしたんだなーと思って。本名が渋いから、その反動かなーって」
「『東雲悠人』も大概やろ。ええか。部屋に入ったら俺は岡部、お前は東雲。間違っても本名で呼ぶなよ。怪しまれたら後々面倒やからな」