璃空の言った場所に着く頃にはもう空は真っ暗になっていた。
蒼衣は璃空のように怨嗟を感じる力は強くないので、視える彩で判断している。
暗闇の中、ぼんやりと焔色が浮かぶ。炎の色だ。
宵の焔色は災いが潜む証拠。
確かに。ここには何かいる。弱々しいと思うのは怪火となってあちこちに飛んで行ったから?
「大丈夫?蒼衣」
璃空が声をかけた。
彼の存在は心強い。
「大丈夫。死霊はまだ呑み込まれてない」
災いの増幅は悪霊や妖を呼び寄せる。死霊ごと乗っ取られたら清めも祓いも難しくなる。
「視えるか?埋まってるやつの彩」
蒼衣は頷き、息を吸うと言霊を響かせた。
「あかくれない……。アカネ、浅緋、真朱……彩ノ霊よ、ここに集え……」
───そして厄彩となりし人の魂色を清め給え。
彩ノ霊の真名と言霊。その力と共に蒼衣が放つ彩は焔を包むと丸く凝縮していった。
「珍しくおとなしい厄彩だな。怪火で力を使いすぎて弱ってんのか?」
こう言って璃空はテニスボールほどの大きさになった緋色の塊を掴んだ。───そして、
「集エ、……漆黒」
璃空の一声で、手の中にあった塊は黒く色を変えた途端、一瞬にして消え失せた。
まるで最初からなにもなかったように、辺りは暗闇に戻った。
後日、茶臼山に連絡をして空き家の調査を行ってもらうと、敷地内の庭から殺害された女性の遺体が見つかった。
火災の被害で亡くなった数名と殺害された女性の関係性など明らかになった部分もあるようだが、蒼衣も璃空もそういった情報に興味がないので詳細は知らないままだ。
厄彩が祓えればそれでいい。
人の中には純粋な色彩がある。
本来ならそれが穢れてしまう前に、厄彩となる前に見つけて祓えたらよかったのだが。
蒼衣は少し残念に思った。
♢♢♢
───悪いものは祓ったので。もう原因不明の火災は起きません。
蒼衣から連絡があったのは顔合わせをしてから三日後。
その前に空き家を調査してほしいという連絡があり、事件は意外な方向へと進んだ。
「でもなんで連絡が茶臼山さんにいくんですか。あのファイル作ったの俺なのに。LINE交換もしたのに」
平日午前のファミレスで、岸本は不満げに言った。
「なんだ、蒼衣ちゃんと連絡とりたいならミントにでも誘えばいいだろう。番犬が一緒でもよければだがな」
番犬とは、あのとても中学生には見えない彼のことだろう。番犬というより化け猫と言った方が似合う。
思い出すだけで背筋が寒くなる。なんだろう、この感覚は。
「しかし今回は早く解決したな」
「珍しいんですか?」
「そうだなぁ。こっちに見落としがあったわりにはな」
物置が燃えただけのボヤ騒ぎで済ませていた空き家の火災。
放火したのは殺害され埋められた女性の恋人だったという話だが、当人は今回の連続火災に巻き込まれ既に死亡している。
そしてこれまでの火災は殺された女性の怨念によるものだと蒼衣から茶臼山に連絡があった。
そしてあれほど毎日起きていた大きな火事はピタリとおさまった。
不思議なことって本当にあるんだな。
岸本がしみじみと感じ入っていると。
「怪異も解決したことだし、このまえおまえが食べてた『冬の特別フルーツパフェ』でも食べてみるか」
茶臼山は店員を呼ぶベルを鳴らした。
「茶臼山さんって……」
実は意外と甘党?
「あ?なんか言ったか」
「いえ、俺も同じパフェで」
「岸本、おまえ甘党なんだな」
茶臼山さんもでしょ。と心の中で呟いて、岸本は苦笑した。
〈第1話・終〉