ミントを出てから、蒼衣と璃空は駅前のバス停にいた。

「プリン、食べたかったの?」

「いいの。いつでも来れるから。今度は璃空くん一緒に行こう。プリンアラモードが人気なんだって」

「天気のいいときな。あと客が少ない日」

 蒼衣は頷いて考えた。悪天候の平日なら大丈夫かしらと。

「気分どう? バス来るまでまだ少し時間あるから温かいものでも飲む?買ってこようか」

「いらない。もうそんなに悪くない。蒼衣の手、あったかいし」

 璃空はこう言って繋いでいる蒼衣の手にきゅっと力を込めた。

 昼間は穏やかに晴れていた空も少しずつ色を変え暮れていく。

 冷たい風が吹きはじめて、背中まである蒼衣の髪が舞い上がった途端、璃空が動いた。盾になるように。風から守るみたいに。

(璃空くん、ほんとに大きくなったなぁ。出逢ったばかりの頃は私の方が身長高かったのに)

「どうしたの?」

 見上げてじっと見つめる蒼衣を、璃空は不思議そうに見下ろして訊く。

「絶不調だったのに来てくれてありがとう」

 微笑むと璃空は目を細め顔を近付け、蒼衣の右耳に鼻先で触れた。

 身体は成長しても、こんなふうに猫みたいにスリスリしたり、晴天と人混みが苦手で、人嫌いで人見知りなところは昔と変わらない。

(でも鼻スリスリの頻度は最近かなり高いかも)

 いまのところバス停に立つのは自分たちだけなので、恥ずかしがる理由はないのだけれど。


「俺はただ、蒼衣が心配なだけ。蒼衣は冬に不調になることが多いだろ」

 冬は日差しも弱く、自然界の天然色は薄れ、少なくなる。

 都会は特に人工の色や灯りに溢れているから。

 造りモノの(イロ)は、なんのちからにもならない。

 まやかしでニセモノの彩が溢れている世界で。

 人は惑わされるのだ。簡単に騙されるのだ。

 怪異はマヤカシや偽物を好んで潜む。

 そして色は厄彩(ヤクサイ)となる。


「私は大丈夫よ」

「捜査とか、ほんとはどうでもいい」

 璃空の顔がゆっくりと離れた。

「俺には蒼衣だけ。蒼衣がそばにいてくれればなにもいらない」

 こう言って彼が見せるのは、蒼衣だけが知っている柔らかな微笑み。

 こんな笑顔ができる璃空のことを自分以外のひとにも知ってほしいと望んでいたはずなのに。このままずっと独り占めしていたいとも思ってしまう瞬間だ。

「ずるい璃空くん。その笑顔、反則」

「は? どういう意味。──ほら、バスが来たぞ」

 到着したしたバスは駅で降りる客がほとんどで、前の座席に二人しか乗客がいなかった。

 蒼衣と璃空は最後部の横長に空いた座席に腰を下ろした。

「茶臼山のおっさんが持ってきた話、どうせ火事の件だろ」

「うん、よく判るね。ファイル読んでないのに」

「毎日どこかのビルが燃えて、大きな火災が続いて死人も出て。あんなに騒がれてるのに放火犯も捕まらないだろ。どうせ怪異扱いになると思ってた。最近、火鳥をよく見るようになったから」

「ひどり?」

「そう。あやかしの類いだな。『火事のときに飛んで、飛んだ周囲だけが焼ける』って。でも連続火災の原因じゃない。始まりはもっと小さかった。ほら、去年の暮れに俺の通ってる学校の近くで火事があったろ。空き家で燃えたのは物置だけだったけど。たぶん、問題の連続火災は怪火で。あそこの不審火からはじまる。未だにあの近く通るだけで怨嗟を感じるから。家ん中か庭の土の下とか死体が埋まってるだろうな」

「えっ。それって……じゃあ怪火はその怨念によるもの?」

「だろうな。あれ以降に起きてる大きな火災現場は埋められてる奴と何か関係している場所かもしれない。火事で亡くなった奴等も何か恨まれてたのかもしれない。でもそっちは俺たちが調べることじゃない」

「そうだね。怨念が怪火を起こしたのなら、私たちはそれを鎮めて清めないと」

 そして祓う。

 これ以上、怪火を、被害者を出さないためにも。

「じゃあこれから行こう、蒼衣」

「え、これから?」

「ちょうど暗くなるし。さっさと祓っちまおうぜ」

「………いいけど。でもファイルは少しでも読んでおかないと」

 蒼衣は預かったファイルを鞄から出して開いた。

「空き家の不審火、記載がなければ警察の見落としだな」

「でも冬は火事が多いし物置が燃えただけで、まさか敷地内に死体があるなんて誰も考えないと思うな。璃空くんの言う通り見落としてるようなら岸本さんに話すね」

「岸本?」

「さっきお店で同じテーブルにいた人。茶臼山さんの新しい補佐役だって。そういえば私、岸本さんの中に在る色が視えて。……鮮やかで綺麗な彩だったわ」

「俺はあいつ、なんかヤな感じした。他人の色なんてどうでもいい」

「でも璃空くんはもっとほかの彩も知ったほうがいいと思うな」

 闇色だけでは危険なのだから。

「俺は蒼衣の彩が一番好きなんだから。それだけでいいの」

 拗ねたように言って、璃空は蒼衣の肩に頭を乗せ目を閉じた。